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07


 その日以降、午前はフィオネと並んでトリシアから授業を受け、午後は中庭のベンチで唯香と会話をする日々が続いた。

 話す内容のほとんどは、好きな食べ物や嫌いな教科、この世界での不便なことなど、取り留めのないものばかりだ。


 折角技術の進んだ世界から来たのだ、不便があるなら自分たちが改善すればいいのではないか。

 そう話すシルヴィアであったが、それは唯香に止められた。

 過去に召喚された者たちの内で定めたルールとして、この世界にない技術を持ち込むのはタブーとされていると。

 かつて紙やガラスといった、この世界には存在しない技術を持ち込んだ者が居た。

 だがその人物は、国から有用と判断され、長く軟禁に近い不自由な生活を強いられていたそうであった。

 部屋に張られたガラスや、棚の本はその人物が持ち込んだ技術によるものであるようだ。


 唯香は「知識チートもできないとかぶざけんな」と不満を漏らす。

 だが直後には、考えてみれば自身の知識など、ほとんど役に立たないと乾いた笑いを浮かべていた。

 その点に関しては、シルヴィアもまた同じであった。



 唯香はここ数日、自ら髭を剃ろうとしてはいなかった。

 諦めてその身体を受け入れた訳ではなさそうだが、怪我をしてまで無理に無くそうとはしていない。

 せいぜいが、過度に長く伸びた部分を軽くナイフで切り落とすくらいであろうか。

 表情も少しずつではあるが、感情の動きを見せるようになってきている。

 極端に不機嫌そうな顔をすることもなければ、破顔して笑うこともない。

 だがようやく少女らしい、喜怒哀楽が表に出るようにはなってきた。



「私、あれ好きだなんだよね」


「あれっていうと?」


「花。あの紫のヤツ」



 唯香の言葉に花壇へと視線を向けると、いまだ蕾のままである、色とりどりの花々。

 その中で紫色をしているというと……。



「えっと……あれはスミレに見えるけど?」


「そうそれ、スミレ」



 あちらに在るものと同じかどうか、だがそれは確かにスミレとよく似た花。

 トリシアが探ろうとしていた好きな花は、思わぬところで唯香自身の口から語られた。



「道のコンクリとかに生えてるじゃん。私ああいうのが好き」


「ああ、いいよね。私もどちらかっていうと、花屋で売ってるのよりも道端に生えてるようなのが……」


「おばあちゃんは時々天ぷらにしてたけど」


「え……スミレって食べれるの?」


「なんか種類によっては食べれるんだって、一応。私はあんま好きじゃないけどさ。見てるだけのがいい」



 懐かしそうに遠い目をし、紫の花を眺める。

 今話に出た祖母との思い出なのであろう、唯香にとってそれは特別なものであるようだ。



「スミレの天ぷらは嫌いだったけど、おばあちゃんの料理は好きだったなぁ」


「おばあさん、料理が得意だったんだね」


「うん、お母さんがあんまり得意じゃなかったから。……病気で死んじゃったけど」



 思い出に残る祖母は故人であったようだ。

 例え元の世界に戻れたとしても、もう食べられない味であることが、余計に郷愁を誘うのか。

 「もう一度食べたい」と呟く唯香は、やはり寂しそうであった。

 少しでもその気持ちを紛らわしてあげられればと考え、シルヴィアは不意に頭へと浮かんだ案を口にする。



「そうだ! あれを使って使って天ぷら作っちゃおう!」


「えぇ? ……大丈夫なのそれ?」


「特別な技術はダメだけど、料理くらいなら別にいいんじゃないかな? 作りろうよ、おばあさんの天ぷら」


「でもさ、これってあのメイドさんが育ててるんでしょ? 大丈夫かな……」



 唯香の口にした疑問に、シルヴィアはハッとする。

 思いついた途端に妙案に思えたものであったが、考えてみればこの花壇に植えられているのは、トリシアが大切に育てている花々だ。

 果たしてそのような理由で抜くのを許してくれるであろうか。



「ダメ……かな?」


「ダメじゃない? あのメイドさん怒ると案外怖そうだし」


「流石に無理か……抜かった」



 唯香に冷静な口調で諭されてしまう。

 思いつきが過ぎたのであろう、トリシアが怒りそうであるという点までは気が回っていなかったのだ。



「ねえユウキ。貴女ってさ、結構お節介だって言われない?」


「いや、あまりそういったことは……」


「そうなんだ? じゃあ……それは私にだけ?」



 一瞬機嫌を損ねてしまったであろうかと考えたが、唯香の表情は穏やかだ。

 気を悪くした訳ではないらしい。



「そう……かも?」


「ふーん。そうなんだ」



 そう言い唯香はクスリと小さく笑うと、すぐさま表情を真剣なものへと変える。

 シルヴィアの隣に座ったままで視線だけを送り、どこか神妙な様子で問う。



「じゃあさ……私にだけお節介なシルヴィアは、私の話を聞いてくれるのかな?」


「勿論聞くよ。話して」



 真摯に向き合わなければならない内容なのだろう。

 唯香が真面目に何かを話そうとしている様子に、自然とその背筋は伸びる。



「私、小学校からずっと仲のいい子が居たんだ。四年生で同じクラスになってからずっと。オタ友ってやつ? アニメとか漫画の趣味が合ってさ。中学でも仲良くって、一緒の高校行こうねって言いあってたりして」



「でもその頃ってさ、アニメとか見てるの隠したりカッコつけたがったりするじゃん。だから無理してあんま興味ないファッションの雑誌とか買って、他の子の話に混ざったりさ。進学先選ぶときだってもっと上狙えたのに、他の子たちと一緒になって制服のデザインだけで高校選んで。仲良かった子には止められたんだけど、結局約束破って違う高校」



「それ以来その子とはあんま連絡しなくなって……。一緒に進学した子たちはなんか私以外でグループ組んじゃって、入り辛いったらないんだよね。元々無理して付き合ってたんだから当然だろうけど。高校で新しく友達作ろうとしたけどなんか空気が合わなくて。最近はあんま行ってなかったんだ……学校」



 これは唯香が内へと溜め込んだまま、これまで吐き出す先のなかった後悔の念なのであろう。

 親友との約束を破ったことや、自分に正直でいられなかったことへの後悔だ。



「おばあちゃんが居なくなってから、親ともずっと喧嘩してさ、家に帰らないで夜はずっとゲーセンとかネカフェ。まぁ何回か……交番でおまわりさんに怒られたりしたけど」



「だからさ、この世界も今の身体も嫌いだけど……こっちに逃げてこれて、ちょっと安心してんのかも。たぶん手首切ったのも……誰かに心配してもらいたかったから」



 人からの注目や心配を求め、自傷行為を繰り返す人の話は耳に覚えがあった。

 本気で死を選ぶつもりなどなく、ただただ誰かに優しくしてもらいたかったが故に。

 唯香は疎遠となってしまった親友や、喧嘩の絶えない両親との関係に、寂しさを覚えていたのかもしれない。



「ムカつく世界だけどさ、アンタと話せたのだけは良かったかも」



 共に中庭のベンチで過ごした数日は、決して無駄ではなかった。

 胸の内を吐き出した唯香の表情は、徐々に晴れつつある。

 自身のやっていることが独善ではなく、確かに唯香の助けになっていると言われたように思え、シルヴィアは密かに安堵するのであった。


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