01
「なんで……なんで私じゃなくてあんたなのよ!!」
食堂中に響き渡る大きな……野太い男の声。
大きく開かれた扉の前に立っていたのは、ずんぐりとした体形をした男。
背はとても低く、茶色い髪を無造作に伸ばしている。
シルヴィアがイメージするような髭こそ生やしていないものの、その姿からしておそらくはドワーフなのであろう。
その髭の代わりと言ってもよいものか、顔の顎周りには生々しい無数の小さな切り傷。
「ユイカ……」
ハウの呟いた"ユイカ"というのが、あのドワーフの名前であろうか。
とてもドワーフの男性とは思えぬ、日本式の女性的な名前。
となればあのドワーフが、件の男の身体となった少女なのであろう。
「なんで私がドワーフであんたがエルフなのよ!! おかしいでしょ! 私女子高生なのよ!? なんでこんな……」
ユイカと呼ばれたドワーフは、言葉を詰まらせ泣き崩れる。
アウグストは確か、年頃の娘であると言っていた。
だがシルヴィアは高校生ほどの若さであるとは想像もしていない。
確かに、おそらくは人生において最も楽しいであろう時期。
ファッションに関心を向け、着飾り友人たちとの会話を楽しんでいるであろう年頃。
そんな少女がドワーフの男へと姿を変えられてしまったのだ、そのショックは想像するに余りある。
どう声をかけてよいものかわからず、ついシルヴィアは立ち上がり何がしかの慰めをしようと近寄るが、それが彼女の癪に障ったのであろう。
ユイカと呼ばれたドワーフは、涙に溢れた眼でシルヴィアをキッと睨みつけ捲し立てた。
「あんたはいいわよね、そんな可愛くなったんだから。どうせラッキーくらいに思ってんでしょ? 可愛くて細くてずっと若いままのエルフになって。さぞおモテになるんでしょうね? もうこのまま帰らなくてもいいやって思ってんでしょ? 私みたいなドワーフにされなくて良かったって思ってんでしょ?」
一息に放たれる言葉の数々に、シルヴィアは唖然とし立ち尽くす。
「なんで私がこんな姿なのよ! 異世界召喚なのよ、凄い力とかもらって世界を救うんじゃないの? カッコいい男の子たちに囲まれて旅するんじゃないの? 貴族の女の子に産まれて王子様と恋するんじゃないの!? 私主人公なんでしょ! こんなドワーフなんかじゃない!」
「ユイカ……さん?」
「毎日朝起きて鏡見たらブサイクなおっさんの顔で! 昨日剃った髭がまた生えてて、イヤで剃ろうとしたら顔中傷だらけ! 手当してくれるメイドも美人でこの姿とは大違い!」
再び瞳は涙に溢れ、滔々と流し始める。
ユイカは激情のままシルヴィアの方を掴み、次第に声にもならぬ声で、悲痛な願望を口にした。
「もうヤダよ……帰りたい……」
再び顔を落とし泣き崩れる。
今ユイカの言った通り、自身が世界の中心になるような夢の世界が待っていたならば、彼女はこの現状を受け入れていたのであろう。
だが非情にも女子高生であったユイカは、その真逆とも言える男のドワーフという身体に、その精神を宿す破目となってしまった。
男であった雄喜が、エルフの少女という身体を得たのとは反対に。
それは多感な年ごろである少女には、到底受け入れられる事態ではないのであろう。
「その……何と言っていいか……」
「……」
カーペットの上へと崩れ落ちたユイカにかける言葉が見つからず、シルヴィアはただ困惑する。
女性になってまだ数日すら経たっておらず、シルヴィアにはその心情を理解するには到底及ばない。
仮にユイカの気持ちをある程度察することはできたとしても、そこから気を持ち直すだけの言葉は浮かぼうはずもなかった。
。
もっともシルヴィアがどのような言葉をかけようと、今の時点では逆効果にしかならないであろう。
アウグストが碌なことにならないと言っていた意味がよくわかる。
今の彼女には、シルヴィアという存在を受け入れるだけの余裕がない。
それこそ必要なのは、時間の経過ただそれ一つ。
床へ座り込み、延々と泣き続けるユイカの姿を前にし固まるシルヴィア。
そんな状況で、フィオネを部屋へと送り届けたトリシアが戻ってきた。
目の前にある光景に、すぐさま事情を察したのであろう。
そっとユイカを抱きしめると、囁くように何がしかの声をかける。
内容は聞き取れないが、おそらくは優しい慰めの言葉。
数分の間それを続け、ようやく落ち着きを取り戻し始めたユイカを立ち上がらせると、トリシアは背に優しく手を当て食堂からの退出を促す。
ユイカが食堂の扉をくぐるその時、ただその後ろ姿を見つめるしかなかったシルヴィアへと、僅かに視線が向けられる。
涙に赤く腫れたその瞳は、シルヴィアにはまるで激しい怒りを湛えているかのように映っていた。
「ふぅ……」
扉が閉められ、緊張していたシルヴィアはようやく息を吐く。
ショックを受けているであろうと思いはしたものの、よもやあそこまで思い詰められていたとまでは想像していなかった。
「ああいう時、僕たちではなにもしてあげられませんね。情けないことですが」
ハウもまたどう接していいのか苦慮していたようだ。苦々しく語る。
いったいどうすれば正解だったのであろうか。
下手に声をかけようとせず、距離を置いておくべきであったか。
せめてもう少し気を使い、接触を避けるよう行動するべきではなかったのか……と。
自身に責任はないはずであるのに、シルヴィア自身はとてつもなくユイカに対して悪いことをしてしまったかのような感覚に襲われていた。
「彼女はこちらに来てから、1ヶ月弱といったところでしょうか。最初はずっとあの調子だったのですが、しばらくは落ち付いていたので、多少なりと現状を受け入れてくれたのかと思っていました」
「認識が甘かった」と、苦々しい口調でハウは呟く。
おそらくはシルヴィアと対面したことにより、再び不安定な状態に逆戻りしてしまったのであろう。
「いえ、貴女は悪くありませんよ。あえて誰かが悪いとすれば、無理にこちらへ呼び出した人たちです。貴女が背負うことではありません」
シルヴィアが苦悩する様子を察したのか、フォローを入れる。
確かにシルヴィア自身はなにも悪くはなく、むしろユイカと同様に被害を受けている側であった。
しかし……。
「ですけど……もうちょっと俺も気を使うべきだったかもしれません……」




