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 誰が言い出したかは知らないが、甘いものは別腹とはよく言ったものだ。

 とうに満腹となっていたはずのシルヴィアであったが、結局食後のデザートを完食してしまう。


 だがさすがにもう限界。

 美味しかったのは確かであるが、毎日このような食事をしていてはいけないだろう。

 これに慣れ過ぎては外で食事ができないし、なにより体形が気にかかる。


 満腹感から椅子の背に身体を預け、食後に出された香茶へと口をつける。

 すると食事が運ばれてきていた方向にある扉から、一人の紳士がこちらに向かってきているのが見えた。

 彼が例の執事であろうかと、シルヴィアは満腹にダラけた身体に気合を入れ、姿勢を正す。



「お初にお目にかかりますシルヴィア様。私は当屋敷で執事を務めさせていただいておりますブランドンと申します。以後お見知りおきを」



 そう挨拶をする男に対して、シルヴィアが抱いた正直な第一印象は"怖そうな人"であった。

 歳の頃は四十代の後半くらいであろうか。

 身長は高く、引き締まった体に白いシャツと黒のタキシード。

 白く染まりつつある髪をオールバックにし、口髭をたくわえ目つきは鋭い。


 性別の違いというのは確かに有ろうが、ベルナデッタの執事と同じ装いであるにも関わらず、その印象は大きく違う。

 先ほどの絶品と言える料理と、フィオネ用に小さな旗を立てた子供用のメニューを作った人物が、眼前の男と同一であるとはなかなかに想像がつかない。

 その旗は今も、フィオネの小さな手に握られている。



「よ……よろしくお願いします。夕食とても美味しかったです、ありがとうございました」


「いえ、これも私の役割の一つですのでお気になさらず。明日以降、量はもう少し減らした方がよろしいですかな?」



 ニコリともしないうえに、声には起伏がなく平坦。

 これで執事が務まるのかと疑問にも思うシルヴィアであったが、周りの様子を見るにそれなりの信頼の得ている人物なのかもしれない。

 ただフィオネは苦手としているのか、シルヴィアの影に隠れてしまっている。



「そうですね、俺には少し多いかもしれません」


「……俺?」



 ブランドンはシルヴィの口から出た俺という一人称に反応する。

 メイドのトリシアはシルヴィアが本来男性であるという事情を把握していたが、執事には知らされていないのだろうか。

 確か職務上必要な人物は、事情を知っていると聞いたはずであったが。


 執事の眼光がギラリと鋭くなり、シルヴィアは僅かに委縮する。

 事情を説明しようと声を出しかけるが、それは続いて放たれたブランドン自身の言葉に遮られる。



「シルヴィア様、貴女様の事情はアウグスト様より既にお聞きしております。ですが失礼を承知で申し上げますが、仮にも貴族籍におられる女性がそのような口調はいかがかと思われます」



 事情は伝わっていたようだ。

 だがその上で彼は直せと言うのだ、俺という呼び方を。


 貴族籍云々に関しては、食事の最中にアウグストとハウの両名から説明を受けていた。

 この世界へとその精神を召喚された者には、一代限りではあるが子爵という貴族の称号が与えられると。

 これは無理に呼び出したことに対する贖罪として与えられるものであるとの話であった。


 だが実際のところは違うようで、こちらでの生活基盤を確保し、天寿を全うさせるのがその主な目的であるようだ。

 早々に悲観して命を絶ってしまっては、また国民を一人生贄に捧げなくてはならない。

 そういったことを防止するためのものであろう。


 僻地ではあるものの領地も保有し、生活のために必要な費用や雑費、個人が自由に使える金銭はそこの税収から賄われる。

 昼間にアウグストから受け取った金銭も、そこからだされたものであった。

 そして自身の死後、その財産と位は自身の後任にあたる者へと引き継がれていく。


 おそらくではあるが、名を聞いたグレゴールが妙な反応を示したのは、この貴族としての地位が原因であるとシルヴィアは想像していた。



「無礼に当たるのは重々承知しておりますが、その度に申しあげさせていただきます」



 つまりブランドンは、シルヴィアの内面が男性であると知ったうえで、執事としてこう要求しているのだ



「貴族の女性として、恥ずかしくないようにしろ……と?」


「左様でございます。シルヴィア様の今後のためにも今のうちに直されるべきかと」



 密かに、"怖そうな人"という評価を変えなければならないだろうと考える。

 彼は決して怖い人ではない、ただ仕える相手のためを思い、自身の立場を顧みず進言しているのだ。

 彼は"怖い人"ではなく"厳しい人"なのだと、シルヴィアは心の中で訂正をした。




「……なんですか? そんな顔でこっちを見て」


「いや別に? なんでもねえよ」



 その様子を横から見ていたアウグストが、ニヤニヤと愉快そうな顔をする。

 普段はその豪快な性格から自身が小言を言われる場合が多いようで、代わりに被害に遭うシルヴィアが面白く見えているようであった。

 だがその姿が逆に、自身へと矛先を向ける要因となってしまったのかもしれない。

 ブランドンの視線はスィと移り、アウグストへと向けられる。



「アウグスト様も同様です。少しは貴族としての自覚を持っていただかなくては」


「って俺かよ! シルヴィアに説教してたんじゃねえのか!?」


「シルヴィア様はまだ初回です。それにすぐご自分から察していただけました。ですがアウグスト様は長年申し上げていますが未だに……」


「わかった、わかったから勘弁してくれよ」


「そうは参りません、今日こそは日頃の言動を改めていただきます。つい先日も深夜の歓楽街で酒に酔って、ならず者どもと乱闘を――」


「おまっ、なんでそれを知って……」



 シルヴィアへの小言を中断し、説教をしながらアウグストの襟元を掴む。

 いったいどこにそんな力があるのであろうか。

 常人よりも遥かに強い力を持つ竜種であるはずのアウグストを引きずり、食堂から姿を消していく。

 そのままバタンと閉められた扉を見つつ、シルヴィアは沈黙した。



「いつものことです。気にしなくてもいいですよ」



 一切動じぬまま、香茶を飲みながら教えるハウ。

 気にも留めていないのはハウだけでなく、トリシアもまた気にせずに食事の片づけを続ける。

 フィオネは……満腹になったせいであろう、いつの間にかテーブルに突っ伏して眠りこけていた。



「あらあら、こんなところで寝られると風邪を引かれますよ」



 トリシアは軽くフィオネ身体を揺するが、目を覚ます気配はない。

 その様子を確認したトリシアは、ナフキンで口元の汚れとよだれを拭きフィオネを背負う。



「申し訳ありません、私はフィオネ様をお部屋へお連れして参ります」



 そう告げると一礼し、フィオネを背負って食堂から出ていく。

 広い食堂の中央に、シルヴィアとハウだけが残される。

 しばし広い食堂が沈黙に包まれ、響くのはカップとソーサーの音のみ。

 なにを話せばいいのか迷っていると、静かな口調でハウが語りかけた。



「彼女は……フィオネは僕たち以上に不幸かもしれません」


「……え?」


「母親に甘えたい盛りでしょうに、訳もわからぬまま親元から引き離され、故郷に戻る術も奪われたのです。……僕等では保護者を気取る事はできても、おそらく彼女の親にはなれないでしょう。まだ幼いのでこの世界への適応は早いかとは思いますが」



 考えてみれば、そうなのかもしれない。

 フィオネがこの世界へ来てから暫くが経つとはいえ、親元から無理に引き離された状態であるのに変わりはない。

 最初に会った時の警戒は、親から離された不安感から。

 そして直後から今に至る甘え方は、その寂しさを紛らわす行動であると思えていた。

 幼さは彼女に不幸とこの世界へ適応する有利さ、その双方を与えたようだ。



「フィオネは年上の女性に対して甘える傾向があるようです」


「女性にですか?」


「あまり外へ行く機会があるわけではないので確かだとは言えませんが、男性や他の子供に対しては逆に人見知りするようですね。トリシアやベルナデッタに対しても、貴女にしたのと同じように接するのです。母親恋しさの顕れかもしれません」



 手にしたカップをソーサーへと置き、ジッとシルヴィアの眼を見つめる。



「なにも甘やかす必要はありませんが、出来る限り優しく接してあげて下さい。ダークエルフである彼女の長い一生と比べれば、僕にできるのはたかだか数十年と短い期間です。ですが貴方ならば……」


「そうですね……わかりました、可能な限り」


「それで十分です」



 リザードの頭であるためよくはわからぬが、シルヴィアにはその顔が優しく微笑まれたように見えた。

 フィオネをとても大切に想っているのが伝わり、少しだけ……胸が熱くなる。

 再び互いに沈黙し、ただカップへと口をつける。

 だが今はその沈黙も心地よく感じるほどに、その心持は穏やかであった。


 しかし時間は長くは続かない。

 唐突に、悲鳴をあげるかのような声が食堂中に響いたからだ。



「なんで……なんで私じゃなくてあんたなのよ!!」

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