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09


「ここがその連れて行きたい所ですか?」



 広場での軽い食事を終え、アウグストが連れて行くと言っていた場所。

 そこは市街区の住宅街に張り巡らされた、細く入り組んだ路地を奥へ奥へと進んだ先に在った。


 大通りの喧騒は遥か遠く消え去り、この場所は静まり返っている。

 奥へと進むにつれ次第に寂れた気配を漂わせ始めたが、ある所から徐々に整備された地域へと変わっていった。

 足元を見てみれば、上街区ほどに丁寧ではないものの石畳が敷かれ、砂が掃かれた様子が見て取れる。


 建物の壁は統一したアイボリーに塗られ、見える屋根も綺麗に塗装が施されたものが多い。

 ここにたどり着くまでに見た家屋とは違い、どこか真新しい空気さえ感じるので、比較的最近になって整備された地区なのであろう。

 この閑静な雰囲気を漂わせる場所は、市街区において比較的豊かな層が住む地域なのかもしれない。



 辿り着いた目的の場所は、そんな地域においても周囲の家々よりも一際大きな屋敷の前。

 豪邸と言っても差し支えはないであろう。


 アウグストはその豪邸の正門を勝手にくぐると、小さくも手入れされた花壇の前を通り過ぎ、荒々しく掴んだドアノッカーで扉を叩いた。



「おーい、誰か居ないのか!」



 叫びながら住人を呼び、激しく扉を叩いてからしばし。

 開かれた扉の奥から、一人の人物が姿を現した。

 二十代の前半と思わしきその小柄な人物は、白いシャツに真っ黒のパンツ、そして同じく黒いベストとジャケットを着こんでいる。

 シルヴィアの知る典型的な執事の格好からして、この家の使用人なのであろう。

 その人物は扉の前に立っていたアウグストの姿に、若干驚いた様子を浮かべるも、すぐにその表情を正す。



「ロイアー様ではありませんか。急にどうされたのですか? ご連絡いただけましたらお迎えにあがりましたのに」



 凛とした声が響く。

 シルヴィアがおやと思いよく見ると、その執事は女性であった。

 執事と言う職に対する先入観から、男性ではないという可能性を考えもしなかったのだ。



「すまん、急に来ると決めたもんでな。ベルナデッタは居るか?」


「奥様でしたらご在宅です。少々準備にお時間をいただきますので、どうぞ中に入ってお待ちください」



 女性執事に中へと通されると、外観から想像した以上に豪邸の中は広かった。

 当然シルヴィアが住む上街区の屋敷とは比肩しようもないが、一般の家族が住む家とはとても思えない。

 執事が居るくらいだ、それも当然なのであろうが。


 入口からロビーを通り抜け、応接間へと通される。

 そこでシルヴィアらに椅子を勧めた執事は、この豪邸の住人を呼びに行く。

 ゆったりとしたソファーに並んで腰掛け、この豪邸に住む人物が気になったシルヴィアは、アウグストへと問うた。



「ここに住んでる人は、どういった方なんですか?」


「ベルナデッタか。まあ単刀直入に言ってしまえば、俺たちのご同類だな」



 アウグストが同類であると言う。

 それはつまり、シルヴィアたちと同じくこちらの世界へと精神が召喚された者であることを表していた。


 シルヴィアにアウグスト、そしてフィオネとハウで四人。

 未だ名前さえ知らぬ屋敷に住むもう一人を除けば、ベルナデッタという女性を合わせて知る限りで五人目だ。



「ベルナデッタは人種でな、三年くらい前に結婚して以降、屋敷を出てこっちで暮らしてんだ」


「ご結婚されたんですか」


「そういう奴は多いぞ。普通に生きれば、短くとも数十年をこちらで暮らすんだ。そういった相手ができたって別におかしくはない。俺はせんだろうがな」



 そういうものなのだろうか、と思う。

 だが確かにそうだ。この世界で過ごす年月が長くなるにつれこちらへの思い入れも強くなっていく。

 その中で新しい交友関係も築かれ、結婚にまで至る相手が居たとしてもおかしくはない。

 シルヴィアはそう納得すると同時に、精神が男の自分には関係ないだろうとも思った。




 パタパタパタ


 しばし待つ間にアウグストと雑談を交わしていると、廊下を小走りに走る音が聞こえてくる。

 そこからバタンと粗っぽく応接室の扉が開かれ、一人の女性が飛び込んできた。



「久しぶりじゃないのアウグスト!」



 アウグストの言う通り人種。

 二十代の半ばくらいであろうか、顔の彫りこそ異なるものの、日本人的な艶やかな黒髪をセミロングにし、黒い目をしている。

 第一声からして、随分と親しそうだ。



「久しぶりって程でもないだろが。つい2週間前にジジイの葬式で会っただろ」


「でも家に遊びに来たのは三年ぶりくらいでしょ? 私が結婚してすぐ」


「そんなしょっちゅう嫁入り後の女に会いに行けるか! 角が立つだろうが」



 アウグストの返しにカラカラと笑うベルナデッタ。

 入ってきたタイミングで立ち上がりこそしたものの、その親しげな空気にシルヴィアは会話に入るタイミングを計りかねていた。

 そこで当のベルナデッタから声がかかる。



「それで、久しぶりに訪ねて来た理由ってのは、そっちの子のことかな?」



 視線をシルヴィアへと向ける。



「そうだ、こいつが今代のディールランド姓を継ぐことになる」


「へー、この子が。今回はまた可愛らしいのが選ばれたものね。初めまして、ベルナデッタ・クランドルです。ベルナデッタでもベルベルでもベルちゃんでも好きに呼んで」



 ベルナデッタはニカリと笑みを浮かべると、自己紹介しながら右手を差し出した。

 その差し出された右手を握り返し、シルヴィアは困惑しながらも自己紹介を返す。



「は、初めまして。沢……いえ、シルヴィア・ディールランド? です」



 本来の名前を言いそうになる。

 だがこちらでは身内であっても、与えられた名前で通すのがルールであったのを思い出し、途中から訂正した。

 新しい名前にはまだ慣れそうにはない。



「よろしく。最初は間違えて本名言いそうになるよね。ま、そのうち慣れるから大丈夫だって。よろしくねシルヴィー」


「ありがとうございます。……ベルナデッタさん」



 ベルナデッタは名前にさんを付けられたのが若干気になりはしたようだが、苗字ではなく名前で呼ばれ概ね満足したようであった。

 初めて顔を合わせてからまだ数分程度しか経過していないのだが、既にシルヴィアを愛称で呼ぼうとしている。

 たいして略せてもいないのであるから、普通に呼べばよいだろうにとシルヴィアは思いはしたが。


 軽いノリの人物だが、ある種の親しみ易さがあるとも言えるのであろう。

 召喚される直前まで一緒に飲んでいた、旧友の個性と重なる。



「前の人もカッコよかったけどこういう可愛いのもいいよね~。ねえアウグスト、この子あたしに頂戴よ」


「まだこっちでの教育が済んでないから断る。それとお前は自分のガキの面倒を見てろ」



 シルヴィアへと抱き着き、とんでもないことを言い出すベルナデッタ。

 元の世界も含めて実際の年齢はわからないが、本来の自身とそこまで変わらないように見える女性のテンションに、シルヴィアはすっかり翻弄されていた。


 抱き着かれている最中、解放されようと自信が元々男であることを告げるのだが、それにもまったく気にした様子はない。

 むしろ火に油を注いでしまったかのように撫でまわされる破目となる。


 とはいえ一通り騒いで満足したのであろうか、シルヴィアが疲れ始めた頃になってようやく落ち着き始める。

 解放されたシルヴィアは、ソファーへと座り脱力してしまっていた。



「ごめんね~、ついついテンション上がっちゃってさ」


「い……いえ、お気になさらず……」



 少しは気にして欲しいのが本音ではあったが、一応は顔を会わせてすぐの相手だ、そう突っ込んで言うのも憚られた。

 ベルナデッタの側は、これといって気にしはしないであろうが。



 過剰なスキンシップによる挨拶も終わり、出された香茶へと口を付けてようやく人心地つく。

 爽やかな風味が鼻を抜け、一見して緑茶のような見た目だが、ミントのような香りがする不思議な味。

 これはメイドではなく、ベルナデッタ本人が淹れてくれたものであった。



「どうかな? 日本のお茶に近いのを探してさ、ちょっとだけそれっぽいのを見つけたんだ」


「はい、おいしいです」


「無理しなくてもいいんだよ。なんかちょっとミントっぽいでしょ? なかなか同じようなのが見つからなくてさ……」



 ここまでの高いテンションから一変し、ベルナデッタはどこか寂しそうな眼をする。

 ベルナデッタが、どれだけの年月をこちらで過ごしているのかは知らない。

 だが茶という物を通して、遠く手の届かない故郷を懐かしんでいるようではあった。

 アウグストも文句を言わず大人しく飲んでいる。

 やはり彼も故郷が懐かしいのであろうか。


 少し室内がしんみりとした空気になったため、シルヴィアは話題を変えることにした。



「そういえば、ベルナデッタさんはご結婚されていると聞きましたが」


「ええそうよ、三年前にね。知り合ってから十年近く告白し続けてようやくね」


「お子さんもいらっしゃるんですね」


「そうだけど、あたしそれ言ったっけ? ……ああ、さっきアウグストが言ってたか。可愛いわよ、双子の男の子。見る?」



 振る話を誤ったのであろうか。

 我が子について話が及んだベルナデッタのテンションが、急激に上がっていくのを感じた。

 このままではまた翻弄されるであろう光景が目に浮かぶ。



「ま、また次の機会に……。それで、旦那さんはどういった方なんですか?」


「うちの旦那? 普通の人よ。ちょっと年上で口下手だけど優しい人かな。騎士団の人でね、今は師団長かなにかだったっけ?」


「騎士団?」



 シルヴィアの脳裏に浮かんだのは、市街区へと入る時に顔を会わせた兵士であった。

 騎士と聞いてイメージする姿よりは随分と軽装に見えたが、彼がそうなのであろうか。

 そういえば、鍛冶屋の前を通った時に、アウグストがそれらしい名称を口にしていた。

 気になったシルヴィアは、途中会った男を例に出して問う。



「あいつは軍に所属してるやつだな。騎士団は軍とは違って、主に治安維持を担当する組織だ」



 アウグストの説明に納得をする。

 治安維持を行うということは、騎士団というのはあちらの世界における、警察組織に相当するものであるようだ。

 師団長というポストがそこにおいて、どの程度の役職に相当するかはわからないが、それなりに偉い人なのかもしれない。




 コンコンっ


 しばらく歓談していると、応接室の扉がノックされる。

 そこでベルナデッタが扉を開けると、扉の向こうへと立っていたのは先ほどの女性執事。



「奥様、旦那様がお帰りになられました」


「あら、思ったよりも早かったわね? まあいいわ、ここに通して」



 畏まりましたと一礼し、執事はベルナデッタの旦那と呼ばれた人物を呼びに行く。

 どうやら丁度良いタイミングで、件の話しに出た人物が帰ってきたようだ。

 扉を閉めると、ベルナデッタは少し苦笑しながらゴメンねと前置きし、申し訳なさそうに言う。



「あの人は一応騎士団に居るけれど、あたしたちの事を知る立場にはないの。だから……ナイショね」



 召喚に関わる話はタブーであると言い、人差し指を立て口元に当て、パチリとウインクをする。

 シルヴィアはその言葉に対し、頷いて了解の意を示した。

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