08
み……短いっ
先ほどの感情を引きずっているのであろうか。
近くに空いた席を確保し腰を下し、深くため息を衝く。
しかし吐き出されるのは空気ばかり、内に溜まり続ける負の感情までは押し出してはくれないようであった。
順番を待ち手に入れた折角の料理を前にしても、シルヴィアの食欲は一向に上向かない。
いつから自分はこんなに沈み込み易い性格となってしまったのだろうか。
そう思い考えるほどに、吐かれる息はさらに深くなる。
「ちょっと目を離した隙に、なに凹んでんだお前は」
山と盛られた料理と、陶器でできた二つのジョッキを手にしたアウグストが戻ってくる。
テーブルの中央に皿を、そしてジョッキの片方をシルヴィアの側へと置く。
「……奢りですか?」
「奢りだよ。最初は金取るつもりだったが、小娘が俯いてんの見たらその気も失せちまった」
「……いただきます」
ジョッキの取っ手を持ち顔に近づけると、泡の立った液体からは弱い酒精の香り。
口をつけると、ぬるい感覚と共に覚えのある味が舌へと流れ込んでくる。
故郷のものほどに美味いとは感じないものの、その味はまさしくビールそのものだ。
「未成年が飲んで大丈夫なんですかね」
「こっちじゃ十五にもなればみんな飲んでる。それにお前はエルフだろ、とうの昔に超えてるんじゃないのか?」
適当な言葉で返すアウグスト。
だが彼の話を聞く限りでは、そもそもこちらには飲酒に関する法律が存在しない。
せいぜいが子供の頃はあまり飲まない方が良いと認識されている程度であった。
陰鬱な表情を顔に張り付けたまま、ビールの半分ほどを飲み進める。
弱い度数ではあるが、飲むうちにシルヴィアは軽い酩酊感を覚え始めた。
その身はあまり、酒に対する耐性が強い方ではないようだ。
「それで? なんかあったのか」
「……なんでもないですよ、大丈夫」
「そんな酷い顔して、なんでもないってこたねえだろ。独り言だと思って話してみな」
酷い顔とは随分と失礼な物言いではあるが、シルヴィアに対し気を使っているのは確かなのであろう。
アウグストに促され、子供にぶつかられたのをきっかけに、家族を思い出したことなどを徐々に。
自身が抱える、家族に対しての暗い感情まで話すことは避けたが。
当然人目をはばかる話であるため、声は小さく。
「今の今まで、全然家族のことを思い出しもしなかったのが……薄情に思えてしまって」
「俺も最初の数日は似たようなもんだったがな。現実を受け入れるので精一杯で、向こう側まで気に掛ける余裕なんてこれっぽちも無かった」
「アウグストさんは、ご家族は?」
シルヴィアが尋ねるとアウグストは若干声につまり、僅かに視線を手元のジョッキに移し簡潔に答える。
「……嫁さんと娘が一人」
「思い出したりはしないんですか?」
「たまにな。だが今となってはそれも減った。当然だな、それまで生きてきた何倍もの時間がこっちで過ぎてる。嫁さんにゃ怒られるだろうが、正直もう顔も忘れちまったな」
そう言って薄く笑いながら、ビールをグイと煽る。
だが思い出すことも少なく顔も忘れたとは言うものの、実際には家族への想いを抱き続けて生きているだろうことは想像に難くない。
ここまで見てきたアウグストの豪快で明るい姿が、今ではどこか寂しそうにも見える。
「ただ時間が解決してくれるのを待ちな。月日が経ちゃ自然に慣れてくる。それに俺以上に先は長いだろうが、どうせまたいつか会える日が来るんだ。その時に心ん中で謝ってやればいい」
「それでいいんでしょうか……」
「いいんだよ。お前はなにも悪いことはしてないんだ」
同じ目に遭った仲間といえる存在であるがゆえか。
それとも年長者であるのがその理由なのか。
アウグストはシルヴィアに対し、何がしか思う所はあるようであった。
「そうですね、ありがとうございます。すっきり……はしてないですけど」
今まで貯め込み続けたものを、誰かに聞いてもらうだけの効果はあったのか。
シルヴィアの表情は少しだけ晴れていた。
「上等だ。とりあえずさっさと食っちまいな。食ったら連れてくとこがあるからよ」
「まさか……お姉さんがお酌してくれるところじゃないでしょうね?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。あれはもっと日が落ちてから……っと、冗談だぞ?」
日が落ちたら行くつもりであるのかと、シルヴィアは頭の中で密かに追及する。
ただもし本当に行こうとするならば、止めなければならないであろう。
屋敷ではトリシアが、食事の用意をして待っていてくれてるはずなのだから。
そう思い、すっかり伸びてしまった料理へと向かい直した。