07
カンッ! カンッ! カンッ!
通りの喧騒にも負けず、高く大きな音が響く。
その発生源である鍛冶屋の前を通りかかると、シルヴィアの眼には槌を振るう職人の姿。
そのずんぐりとした体形と濃く長い髭から、一見してドワーフであると思われる。
店の軒先には商品であろう、鍛冶師の打った品々が吊り下げられている。
その多くは鉄で作られた鍋やフライパンだ。
店舗の隅に置かれた台には、木鞘に入れられた包丁の類が置かれている。
かろうじて武器と言えそうなものは、せいぜいがナイフの類だけであろうか。
それも戦うためのそれではなく、小さな作業をするためと思われる小振りな物。
身を守るための鎧の類は一切見当たらず、通りの先に見える他の鍛冶屋もまた同様のようであった。
「本当に武器とかは作ってないんだな……」
「そりゃ必要がないからな。軍や騎士団向けの装備品を扱う鍛冶屋もあるにはあるが、そういった所はこんな通りに店を構える必要がない」
アウグストがする説明に、シルヴィアは納得を示す。
かつてシルヴィアが雄喜であった頃。
遊んだゲームや読んでいた小説では、こういった店では武器や防具を手に入れたりその質を強化するような役割が存在した。
だが戦争や脅威となる魔物の居ないこの世界では、街の鍛冶屋は一般市民の日常に根差した存在であるようだ。
店先に並ぶ無骨な鍋が少しだけ気になりはしたが、少なくともあの屋敷で世話になる内は、これらを買い求める機会はないであろう。
僅かに後ろ髪引かれながらも先へと進む。
目に映る街の光景や人々の全てが新鮮。
果物屋の店に並ぶ商品の多くは、見覚えがあったり知る果物によく似てはいる。
だが中にはいくつか、知らないものが混じっていた。
燃料に使うであろう薪束を並べた店では、店主であろう男と客の数人が怒声と間違わんばかりの、激しい値切り交渉を繰り広げている。
見かける店々が何かを、興味津々子供の用にアウグストへ問い続ける。
見た目そのものは少女であるため、然程違和感はないが。
「あれは何の店です?」
「薬屋だな、野草を煎じたりして売ってんだよ。効果はよくわからん」
「それじゃああれは?」
「あれは菓子屋だ。これなんかは昔からこの土地に有る菓子で、黒糖の味がする」
「じゃああれは……なんです?」
「ああ、あれは……なんだあれ?」
通りに隙間なく立ち並ぶ店の数々は、強くシルヴィアの好奇心を刺激し続けた。
動物の頭蓋骨のみ、売り場一面に並べた露店だけは謎であったが、おそらく何がしかの用途をもったものなのであろう。
気になりはするものの、不気味さが際立っていたため近寄るのははばかられる。
「あの前を歩いてる大きい人は……なんの種族です?」
「あれが昨日話したオークだ。ナリはあんなだが、話してみると温厚な連中が多い」
道行く通行人たちも、その種族は多種多様。
その多くは人種であったが、あるがエルフやドワーフ、リザードマンも多く見かける。
アウグストに教えられ、シルヴィアと同じアッシュエルフも極少数見かけたが、その髪は全員が同じく薄灰色であった。
見かけたその多くは、楽器と思わしき物を背負う。
音楽や演劇に関わる者が多いと、昨日アウグストから説明されている。
聞けば小さな劇場や、酒場を周る者たちが多いそうであった。
並んで通りを進んでいくと、広場に行き当たる。
広場のいたる場所にテーブルと椅子が並べられ、その外周を埋め尽くすように立ち並ぶ、食べ物を扱う屋台。
芳ばしい香りが広場中に漂い、足を踏み入れたシルヴィアの鼻をくすぐる。
ここまでくると広場というよりも、巨大なフードコートと言うべきなのかもしれない。
集客を見込んでか、シルヴィアと同族のエルフが数人。広場の中央で竪琴や笛、小さな太鼓を使い演奏している。
そしてその周囲では、大勢の人々が演奏を聴きながら思い思いに食事を楽しみ、置かれた木箱へと小銭を放り込んでいた。
「ここっていつもこうなんですか?」
「今日はいつもより多い気もするが、だいたいこんなもんだな」
この街には想像していた以上に、多くの人たちが住んでいるようであった。
部屋のテラスからは見えなかった多くのものを目にし、連れ出してくれたアウグストへと心の中で感謝する。。
そうでもなければ、なかなか自分からは街に出ようなどと思わなかったかもしれない。
そう思い薄く微笑んだ。
「もうとっくに昼だし、ちょっとなんか食ってくか」
アウグストそう言うと、は返事も待たずフラリと手近な出店へと向かっていく。
その後ろ姿を眺めながら、自由な人だと思う。
釣られてかほんの少しだけ空腹感を覚え、預かった金銭で自身も何か手に入れるべく、シルヴィアも物色を始めた。
悩みながら店々を巡るうち、どこかで見たような薄黄色をした麺料理を扱う屋台を見つける。
既に十人ほどの列が出来てはいるが、あちらの世界で見たのとよく似た料理に好奇心をそそられ、シルヴィアはその最後尾へと並んだ。
屋台から漂う芳ばしい香りが鼻をくすぐり、胃を刺激する。
朝食をあれほど食べたというのに、どんどんと空腹感は増していく。
いったいどんな味の料理なのであろうと、楽しみにしつつ列に並んでいると、
ドンッ
唐突にシルヴィアは背後から衝撃を受けた。
その衝撃によろめき、背中のあたりに感じた衝撃の元を見る。
するとそこには六歳くらいであろうか、男の子が尻もちをついていた。
どうやら前を見ずに走っていて、ぶつかってしまったらしい。
「おまえなにしてんだよ!」
男の子の兄たちであろうか、転んだ子よりも少し年上らしき少年が息切らし走り寄る。
転んだ子の手を掴み立たせると、年上の男の子は丁寧にシルヴィアへと謝罪をした。
「弟がぶつかってごめんなさいお姉さん。ほら、おまえも早くあやまれよ」
「ご……ごめんな……さい」
兄と思われる少年の影に隠れ、照れくさそうに謝罪をする男の子。
その微笑ましさに、表情が和らぐのを感じる。
「いいよ、気にしてない。人が多いから走らないようにね」
シルヴィアがそれだけ告げると、揃って丁寧に頭を下げ、そのまま年下の少年の手を引き去っていく。
その手を繋ぎ立ち去る少年たちの後ろ姿を見て。
シルヴィアはフと、あちらに残した家族の事を思い出していた。
あちらに居た時のシルヴィアは、昔は七つ下の弟である祥汰と行動を共にすることが多々あった。。
弟を産んですぐに他界した母に代わり、甘えたがる弟の面倒をずっと見ていたのだ。
今去って行った子供たちと同様に、弟が迷惑を掛けた相手に謝ったのも一度や二度ではない。
迷子となった弟を探し、町内を走り回った経験も幾度となくある。
しばしその懐かしい思い出から、感傷に浸るシルヴィア。
だがここで、この世界に召喚されてからここまで、家族について考えることがほとんど無かったことに気が付く。
いくら異常な事態に見舞われているとはいえ、大切な家族に対してあまりにも薄情なのではないか。
多少昔の思い出に浸ることはあっても、家族が心配しているだろうかとすら考えてもいなかったのだ。
今まで微笑ましい光景に頬を緩めていたのとは対照的に、シルヴィアは徐々に自身の薄情さを嫌悪し始めていた。