03
朝食であることが信じられぬ程に、これでもかと出てくる料理の山。
アウグストたちは毎日このような食事をしているのであろうか。
それとも前日に何も食べることのなかった、雄喜改めシルヴィアのために用意されたのか。
なんとも言えないものはあるが、どちらにせよ尋常ならざる量だ。
「お食事はいかがでしたか?」
「はい、とても美味しかったです。それにもう満腹で何も入りません」
それを何とか食べきり、食後の紅茶を一口飲みようやく落ち着いていたところにトリシアが問いかけてきた。
嘘は言っていない。
美味しかったことそのものは事実であるし、普段手の込んだものを口にしないその身には、贅沢に過ぎる内容であった。
「それはなによりです、作り甲斐があります」
「やっぱりトリシアさんが作ってたんですか」
他に人が見えないのでまさかとは考えていたが、配膳だけではなく料理もしていたようだ。
一人で全てをこなすのは大変ではないだろうかと思い、シルヴィアは問いかけた。
「案外慣れるものですよ。それに今は留守にしておりますが、執事が一人。普段はそちらが食事のお世話をさせていただいています」
ずっと一人という訳ではないらしい。
今日はトリシアが朝食を作ってくれたが、それも毎日となると、流石に大変であろう。
この広い屋敷で、使用人が一人というのは流石に在り得ない話であった。
「そういえば、あいつはまだ戻らねえのかい?」
横から会話に入り込み問うたアウグストであるが、その調子は先ほどよりも少し軽い。
いったいいつの間にやら、カップの中身を葡萄酒へと変え、朝から酒臭い息を吐いていた。
「アウグスト様、また朝からお酒を……」
「いいじゃねえか、新入りの歓迎会みたいなもんだろう? 酒くらい許してくれよそれよりブランドンだ、今年も苦戦してんのか?」
「それがまだもう少しかかるようです。なかなか今年も手強いそうでして……」
「毎年毎年よくやるもんだ。ほどほどでいいだろうによ」
ブランドンというのは、今しがたトリシアの話に話に出た執事であろうか。
いったいその人物が何をしているのかは知らないが、話しの内容からすると、なにやら手強い相手が居るようではある。
「あの、その人が例の執事さんですよね? いったいなにをされて……」
「ああそうだ。ブランドンてのがここの執事でな、毎年のことだが、今は今年度分の予算確保に走り回ってんのさ」
「予算……ですか?」
「この屋敷のな。毎年この時期になると、内務府の連中と大喧嘩して予算ぶん盗ってくるのさ」
内務府という存在が、おそらく行政機関にある部門の一つであろうと推測する。
そういえば最初トリシアに場所を尋ねた時、この屋敷は内務府の所有であると言っていた。
予算をぶん盗るという発言からして、この屋敷を運営するための予算額を決定する権限を持っているのも、そこなのであろう。
「なにぶんかなり古いお屋敷ですので。改装をしたとはいえ、続けて修繕しなければならない箇所も多いのです」
と語るトリシアの表情は幾分か難しい。
現状降りてくる予算では、必要を満たすには不十分なのであろう。
住む世界が変わったとしても、金を取り巻く事情はそう変わるモノではないようであった。
▽
「さて、そんじゃそろそろ行くとすっか」
アウグストの声に頷く。
朝食を終えたシルヴィアは、いったん部屋へと戻り着替えをし、再び食堂へと来ていた。
今着ているのは、先程までの白いワンピースとサンダルではない。
全体的に茶色や紺色で纏めた、比較的地味な色合いをした服だ。
シャツとジャケット、膝下丈のスカートに編み上げブーツ。
これまでの清楚な恰好とは大きく違い、自身を見下ろすシルヴィアの眼には、町娘を絵に描いたような格好に映っていた。
それに合わせたのであろうか、アウグストも似たような格好をしている。
もちろん、身に纏うのはスカートではないが。
朝食後すぐに、アウグストが街を案内すると申し出てきた。
一応この街で暮らすのだから、屋敷の中だけに居る訳にはいかないだろう、と。
それも当然かもしれない。
この世界において生存することが求められる身ではあるが、なにも屋敷に引きこもっている必要はない。
別に気に入っていた訳ではないが、先程までの恰好ではダメなのかとシルヴィアが問うと。
「服に白が入るってのは、この世界じゃ上流の証明みたいなもんだ。いくら平和な世界だといっても、ガラの悪い連中も当然居る。そんな所に世間知らずの身なりの良い小娘が入り込んでみろ、どうなる?」
至極もっともな話なのであろう。
告げられた言葉に反論の余地もなく、大人しく着替えを済ますこととした。
しかし準備を終え出かけようとするシルヴィアの腰へと飛びつく影。
ドンという衝撃を感じ下を向けば、そこには顔を埋めてガッシリと抱き着くフィオネの姿があった。
「やだー! フィオネもシルヴィーといっしょにいきたいー!!」
どういうわけか、本当に懐かれているようだ。
フィオネは付いていきたいと駄々をこね、シルヴィアの茶色いスカートの裾を掴み、精一杯の抵抗をする。
その様子に少々可哀想にも思うものの、連れては行くのは叶わない。
朝食の後から昼まで、フィオネは勉強の時間となるのだと、トリシアから聞いていたからだ。
こちらの世界には、幼年期の子供が通う幼稚園や塾といったものが存在しない。
幼い頃から教育をするならば、各々の家庭で行わなければならないそうであった。
その指導をするのも、メイドであるトリシアとなる。
実に忙しい人であると、シルヴィアは半ば呆れも含まれながら感心する。
引き剥がされ不貞腐れるフィオネを宥め、アウグストについて屋敷の外へと向かう。
玄関から少し歩いて正門の前へと来ると、眼前に広がる外の世界を前にし、小さな興奮を覚え始めていた。