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「とりあえず今日はこんなもんだろう。お前さんも疲れたろ? 続きは明日以降にしようぜ。腹も減ったしな」
先程までの、緊張感漂う声とはうって変わって軽い調子で話す。
口調そのものは大して変わってはいないが。
彼なりに気を使ってはいるのであろう。
立ち上がり背を伸ばすアウグスト。
その背の高さからすれば低い天井であるため、あまり思いきりはできないようであるが。
アウグストは、のしりのしりと小屋の外へと向かう。
その後ろを付いて歩き、雄喜も外へと歩み出た。
小屋の薄暗さに慣れた目に、強い西からの陽射しが眩しい。
話しをしている間に、どれだけの時間が経過していたのか。既に外は夕暮れを迎えようとしている。
「そういえば……俺と同じように、性別も変わってしまった人には会えるんですか?」
「……会わせてやりたいのは山々なんだが、今はちょいと難しいだろうな」
「どうして?」
「そいつはお前さんとは逆で、元が女でこっちに来て男の体に変わっちまったんだよ。精神そのものは年頃の娘だったみたいだしな、今はお前さんと顔を合わせても碌なことにはならんはずだ」
女の体に変わった雄喜以上のショックを受けたであろう事は、想像に難くない。
その人物の精神状態はわからぬが、整った容姿を持つ少女の姿である雄喜の存在。
それは決して、心穏やかでいられぬものとなるのであろう。
「時間がかかるだろうな……」
そう呟くアウグストの背中が、雄喜にはどこか不安を湛えているように見えてならなかった。
▽
「生き続けろって言われてもな……」
淡く照らされる灯りによって、あまりにも変わってしまった自身の身体が鏡に映る。
その自身の姿を見ながら、アウグストに言われた言葉を反芻する。
雄喜とて、なにも好き好んで自ら命を投げ捨てる気はない。
誰かに言われずとも、生き残るために最後まで足掻くつもりではいた。
それに今では、この身に圧し掛かった命の重さが、自分一人だけのものでさえなくなっている。
「君はどうして……俺に身体を……」
返される言葉も期待せず、鏡を通して映る少女の姿へと問う。
こんなに若い娘が、なぜその命を散らさねばならなかったのか。
どうして選ばれたのがこの娘だったのか、死の間際に何を想っていたのか。
呟く雄喜の口元と同じ動きをしながら、エルフの少女は鏡を通し、ただ雄喜を見つめ返すのみであった。