09
「エルフの中にもいくつかの種族がある。お前さんがなったのは、おそらくアッシュエルフだろう。見ての通り薄灰色の髪が特徴で、一般的には街エルフなんて呼ばれてる」
「街エルフ?」
「エルフの中でも比較的数が少ないが、なぜか音楽的な才能を持つやつが多い。そのせいか吟遊詩人や演劇なんてのに携わる連中が多い。客の多い都市部に多く住むから、そう言われてるみたいだな」
とは言うものの、雄喜自身はそういった方面を上手くやれる自信など無い。
例え種族的な適性が高いと言われようと、ほとんど経験のないものをやれと言われても難しいのであろう。
それに、過去学校の授業で行ったものに関して言えば、その分野で雄喜は決して良好な成績を得ていたとは言い難い。
「音楽はちょっと……。そういえば、エルフといえば魔法を使う印象があるけれど、まさか俺も?」
雄喜の持つエルフに関するイメージといえば、魔法や美形、あとは弓といったところであろうか。
その中でもやはり気になったのは、魔法の部分。
アウグストの説明では、そういった面に適性がある種族の肉体を選んでいるという話だ。
やはりそういった面で、大きな力を持つのであろうと考えた。
しかし雄喜の問うた言葉は、早々に否定されることとなる。
「残念だが、むしろ魔力って一点に関して言えば、俺らは常人よりも遥かに弱い。常に世界の魔力量の調整に費やされるからな」
自らの意志で使う余地は一切ないと、断言するアウグスト。
その言葉を聞き、僅かながら見出そうとしかけていた楽しみも、一瞬のうちに打ち砕かれる。
なかなか上手くはいかないものだ。
いわゆる、特別な力というものを持つのは不可能であったと知る。
「調整なんていっても、そんな大それたことをする訳じゃない。ただこの世界で生きていれば、勝手に俺らの魔力を消費してやってくれる。王宮の地下に、そういった作用をする陣があるんだったか」
調整役だなどと告げられ、いったい何をやらされるのかと思いきや、何もしなくて良いと言う。
ただ存在していればいい、と。
過度に労を要する仕事を押し付けられるという訳ではないらしい。
ただ魔法の一つも使えないという事実に、小さく肩を落とす雄喜へと、アウグストは「これを見てみろと」とばかりに背を向けた。
そこに有るのは、常人よりも遥かに大きな巨体を浮かばせるには、あまりにも頼りない小さな翼。
物理的な面で考えれば、この大きさでは子犬を飛ばすのが精々であろう。
「本来俺みたいな竜種は、翼の力ではなく魔力で飛ぶんだ。だが説明した通り、俺らは魔力なんてものが一切使えない。おかげでこの小せえ翼も、ただの飾りにすぎん」
本来ならば常人よりも強い力を持つが、それを行使することは叶わない。
ここではそのもどかしい思いを抱えながら、生きていかなければならないのかと考え、雄喜はこの世界での幸先の悪さにげんなりする。
そこまで考えたところで、雄喜は何よりも聞いておかねばならぬことを思いだす。
「他の連中に関しては会えるやつはその都度紹介してやるとして、ここまでで何か聞きたいものはあるか?」
丁度良い、今ここで聞いておくべきなのだろう。
ある意味で聞くのが恐ろしい問いではあるが、これだけはハッキリとさせておかねばならない。
絶望を突き付けられる心構えをしながら、意を決してバーンズに問いかける。
「元の世界に戻る方法は……あるのですか?」
「あるな。案外簡単に戻れるぞ」
ああ、やはりそうなのか。
その存在を利用するために召喚した相手を、素直に帰してなどくれないし、そのための手段を確保しているはずなどないのだ。
と、そこまで進んだ思考にブレーキがかかる。
「(今なんて言った?簡単に戻れる?)」
雄喜は大きく音を立てて椅子から立ち上がり、アウグストに詰め寄る。
「今戻れるって言いましたよね!?」
「ああ、確かに言ったな」
雄喜には、小さいながらも希望が見えた気がしていた。
無理やりに攫われてきた異世界から、元の世界へと帰れる可能性。
その手段はまだ定かではないものの、本来の世界へと帰還できる可能性が存在するとの話に、冷静ではいられない。
しかし方法は簡単だと言うが、どうしてアウグストは今だこの地へと居続けているのか。
そして会わせてくれるという他の人たちも、彼と同じく帰ってはいないということであろう。
興奮の最中にある雄喜ではあったが、その頭には強い疑問が沸き起こる。
「でも簡単に帰れるなら、何故貴方は帰らないんですか? それに他の人たちも……」
「手段そのものは簡単だが、実行するには色々と抵抗がある。それに確実な方法であると証明されたわけじゃねえんだ」
「具体的には……どんな手段を?」
「単純な方法さ。国に戻りたければ、死ねばいい」
一瞬、アウグストの告げた言葉の意味が、雄喜には理解できない。
しばし口を閉ざして思考を巡らすも、それが何がしかの抽象表現、あるいは哲学的な思考ではないかと考えることしか叶わない。
「それはどういう意味で……」
「そのままの意味さ。俺たちは死後に精神がこの肉体から解放される。そうなって初めて元居た世界、元居た時間、そして元の肉体へと戻される」
「……本当なんですか?」
元の世界の元の時間。雄喜が意識を失ったあの夜の居酒屋へと。
アウグストは、死を迎えたその時に戻れるのだと言う。
ただそれも、にわかには信じられない話ではある。
「……実際にはどうだかな。確か俺の先代だったか、召喚した奴らを締め上げて帰る方法を吐かせようとしたそうだ。そうやって聞き出した話だと、召喚をする儀式の中には、死んじまったら元の世界と時間へと帰れるような仕組みが組み込まれているって話しだ」
「確かめた者は居ない……というよりも、確かめたとしても伝えられないか」
「その通り、当事者にならんと何とも言えん。俺はこれまでも召喚された連中が何人か、その命を終えるのを看取ってきた。だがあいつらが本当に故郷に帰れたかどうか、それは何とも言えん」
そうされている理由が、異界から人を呼び出し利用すると決めた時に定められた、法によるものであると説明をする。
酷い話しと言えるのであろう。
得体の知れぬ異世界から生きて戻りたいと願うも、帰郷を叶えるには死ぬしかないなどとは。
「そういう仕組みになっているらしいが、実際に見たやつが居ねえから確信が持てん。方法は簡単でも、頼るにしては賭ける代償がデカすぎる」
仕組みとしては組み込まれていたとしても、本当にその通りにいく保証はない。
そして他者の例を見て判断もできない。
失敗した時のリスクが大きすぎて、誰もが自ら試してみようとは思えないのだ。
「他にも試せない理由はあるんだがな」
「と言うと?」
問う雄喜の言葉に、アウグストはこの身体こそがその理由であると告げる。
あくまでもその身は、自身のものではなく借り受けたに過ぎないのではないかと。
「その多くは貧しい住民だと聞いてる。もしくは犯罪者だな。だがこの身体は本来そいつのもんだ、自分の意志でそれを断とうって考えにはなれんな」
アウグストの言う言葉は、多少なりと理解ができる。
どういった経緯で選ばれたのかは定かでないものの、実際に生きた健康な肉体を与えるための犠牲とされたのだ。
それを無駄に散らすというのは、確かに憚られるものではある。
「俺たちが死ねば次の生贄が必要になるし、また召喚される連中が増えるだけだ。だからこそ俺らは出来るだけ、永く生きていく必要がある」
「それは……わかります」
「常人よりも弱い俺たちが、この世界でただ一つ求められるもの。それは生き続けることだ」
自身の細い身体を見下ろす。
これは既に、自分一人だけの命ではないのであろう。
何らかの事情によって命を捧げざるをえなかったエルフの少女と、自身の次に召喚されるであろう人の人生。
それらが雄喜に圧し掛かっている。
その重い責任を受け止めるだけの覚悟を当然持ち合わせてはおらず、今はただ状況を受け入れるのに時間が必要であった。