07
魔法。
それはいわゆる、ファンタジー世界におけるお約束とも言える代物なのであろう。
眼前の大男が言うところの、異世界であるというこの地に関しても、それは存在するようであった。
その存在を信じられるかと問うアウグストの言葉に、雄喜は半ば苦笑しながらも肯定する。
竜頭の大男が存在するのだ、今更魔法の一つや二つ存在したところで、さしたる違いはないのかもしれない。
「本当に、最近の連中はこういう話への抵抗感がないんだな。俺なんて、説明してくれたおっさんを殴りそうになったぞ。『馬鹿にするな!』ってな」
軽く笑いながら言うアウグストの言葉に、多少の納得を示す。
ある意味でその反応は正常とも言えるかもしれない。
常識で考えれば、その存在は有るはずのないモノなのだから。
「この世界がどうやって成り立っているのか、それは誰も知らん。だがその魔力ってやつのおかげで、世界はバランスを取っているてのが判明してる」
「バランス……?」
「世界中に流れてる魔力の調子がひとたび狂えば、様々な異常が起こる。竜巻やら地割れ、渇水なんていう自然災害が主だな」
戦場のない平穏な世界であると、アウグストは言った。
故にイメージするような、戦いの手段としての活用度は然程高くはないようであった。
しかしこの世界における魔法や魔力といったものは、ある意味でそれ以上の重要な役割が存在するようだ。
「だがそれは危ういもんで、ちょっとした事ですぐにバランスを崩しやがる。季節の変化や大規模な人の移動なんかでだ」
「そんなので災害が起こったんじゃ、たまったものじゃないだろうに」
「そうだな。家を失うかもしれんし、育てた作物がやられちまう可能性もある」
アウグストが説明する内容が本当であったとするならば、随分と暮らしにくい世界であると、雄喜は考える。
季節が変わるというだけで大きな災害が起るなど、不条理極まりないものがある。
ある意味で、日本という国も似たような面がないでもなかったが。
「国としては、何とかそれに対処して国民を助けにゃならん。お偉いさんたちは、人為的に魔力のバランスを調整しようと考えた。そこでだ――」
アウグストはその言葉を僅かに溜め、雄喜の目をジッと見つめる。
おそらくは、ここからが話の核心部分となるのであろう。
「魔力を扱う適性の高い種族から、代表者を選んでその調整に専念させようって話になった。だがほんの少しとはいえ、扱うのは世界全体に流れてる力の奔流だ。常人一人で制御できる量じゃない」
「では複数の人で抑えていると?」
「そうだ。質でダメなら数で抑え込もうってな。だが人数が増えれば増えるほどに、違う意味で制御するのが困難になっていった。重い物を持ち上げるにしても、人数が多いと楽だが、呼吸を合わせるのが難しくなるだろう?」
その例えが適切であるのかは定かではない。
だが言わんとしていることは、なんとなくであるが伝わる。
人数が多ければ多いほどに、個人間のズレが大きくなっていくというのが言いたいのであろう。
相性やら何やらの問題も、あるのかもしれない。
「ならどうするんだ? 多くても難しいし、少なくても力不足なんだろう」
「解決方法は単純だ。魔力を扱うのに異常なほど長けた奴を、少人数集めればいい」
確かに至極単純な方法なのであろう。
だが雄喜にはそれが単純であっても、簡単な方法であるとは思えなかった。
簡単なのであれば、最初からそうすれば良いのだから。
その浮かんだ疑問を口にするまでもなく、アウグストは言葉を継ぐ。
当然のように浮かぶ疑問であるというのは、最初から理解しているようではあった。
「昔から数十年に一度くらいの割合で、日本人がこっちの世界に迷い込んじまう事がある。そうなった原因も、なぜ日本人に限定されてるのかもわからん。だが例外なくこっちの住人よりも、遥かにデカイ魔力を有していたってのが記録に残ってる」
「何の話を……?」
「まぁ最後まで聞けって。国は強い魔力を持つ日本人の存在を放って置くわけがない。その連中を調整役に利用しようとした」
最初若干話が反れたかに思えたアウグストの話であったが、そこに繋がってくるようだ。
雄喜は徐々にではあるが、目の前に居る男が、最終的に告げようとしている内容の予測がつき始めていた。
「では自分もその迷い込んだ内の一人であると?」
「半分正解といったところか」
「……半分?」
「さっきのは、偶然こっち側の世界に迷い込んだって例だ。俺やお前さん、それに今その調整役を担ってる他の連中は、人為的に召喚されたんだ」
告げられた言葉ではあるが、その点に関しては、雄喜自身さしたる衝撃を感じてはいなかった。
それこそ異世界絡みの話におけるお約束だ。
今さらこの程度で動揺するほどのものではない。
「数十年に一人の割合だって言っただろ? そんな頻度じゃどうしたって人の足りない時期が出来ちまう。大掛かりな儀式を使って無理やりこっちの世界に引っ張り込むんだよ。精神だけをな」
結局雄喜は攫われたのだ、この世界に。
なぜそれが自分なのか、俺なんかがそんなことを出来る訳がない……。と雄喜は頭を抱える。
成功した弟を妬んでしまうような、そんな弱い精神の自分に任せられても困る。
そう考える内に、アウグストが告げた言葉の、最後の部分が引っかかった。
「精神……だけ?」
「そうだ。それがお前さんの身体が変化している理由だな。詳しくは知らんが、人為的に引っ張り込むには、肉体のままだとこっち側に繋がる穴を通り抜けられないんだと」
雄喜は自身の細い手足へと視線を向ける。
明らかに以前の自分とは異なる、華奢な肢体。
アウグストの言葉によれば、これは自身の身体が変化したものではなく、元から在った身体に雄喜の精神が移った状態であるということ。
だとすれば、一つ聞いておかねばならぬことがある。
「それじゃあ、この身体はどこから……」
おずおずと、若干声を詰まらせながら問う。
アウグストはその質問が来るのを予想していたのであろう。
言い辛そうにしながらも、よく聞けと言わんばかりに神妙な空気で告げた。
「その身体も、元はこの世界に生きる住人の持ち物だ。魔力の高い種族から選ばれるらしい。俺もあまり詳しく知りたくはないから聞いていないが、生きてるヤツの精神を無理やり引き剥がして入れ替えるんだとよ」
ある程度の覚悟をしていたはずの雄喜であったが、直接告げられたその言葉には、動揺を隠せずにいた。
この身体、明らかに歳若い少女と思われるこの肉体の本来の持ち主。
その精神が追い払われ、代わりに入っているのが自身であるのだと。
それがどういった手段によって行われたのか、それを知る術は今のところ存在しない。
しかし行われた行為そのものは、ある種の殺人のようなものであると思えてならなかった。
「その娘の魂が、どうなってしまったのかは俺も知らん。だがせめて、大切にしてやってくれ。居なくなった娘の分もな」
そう語るアウグストの声は、どこか悲しげだ。
告げられた言葉に対し、雄喜はただ頷く事すらできず、口を開いたまま言葉を失うことしかできなかった。