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01


 ○○○○年 晩秋



 ガラッ、ゴロゴロ



 ただ草を刈り大きな石を除いただけな、通る者達によって自然と慣らされた道。

 石畳を敷き詰めている訳でもないそこは、街道と言うには少々おこがましく、近隣の農民たちが使う生活道と言い表わす方が適切にも思える。

 丘陵地帯に広がる麦畑に沿うように造られた、小石混じりのその道を、一頭立ての馬車が黙々と進む。


 御者台には白髪の多い年嵩の男が座り、その手が繰るその馬車の荷台には、脱穀し麦粒を取り終えた藁束。

 冬に備えての新しい寝床の材料として、あるいは冬の間に家畜の飼料とするため積まれていた。


 だがよくよく見れば、乗せられているのは藁束だけではない。

 荷台の隅には、冷たい風を凌ぐように半分藁へと埋もれた人の影。

 年齢はよくわからないものの、その体形からして女性であろう。

 足首近くまで届く長い外套を着こみ、フードを深くかぶった人物が一人、刈り取られ寒々とした麦畑を眺めている。



 男の家族という訳ではない。

 男が麦畑での作業を終え、村へと戻る道すがらに出会い、自身の住む村へと向かうと聞きモノのついでと拾った娘であった。

 遊ぶ場も無く、畑を耕し眠る以外にすることのない農村に暮らす者にとって、外の世界に住む者が語る話の数々は何にも勝る娯楽。

 なにか変わった話でも聞ければ、乗せた甲斐もあるというものだ。



「てことは嬢ちゃんは、このまま王都に向かうのかい?」



 やはり道行く者同士が出合えば、その会話はおのずと行く先の目的地は何処なのかという話になるだろう。

 嬢ちゃんと呼ばれた娘は、フードを目深にかぶったまま北へ向かうと告げた。

 本来ならば顔を晒すのが礼儀ではあるのだろうが、娘は最初の段階で顔を晒さない無礼を詫びていた。

 曰く、顔に大きな傷があるので勘弁してもらいたいと。


 娘は北へ向かうと告げていた。

 この場所から北へとなると、やはり行き着く先は王都であろう。

 男の住む農村からも、毎年のように王都を目指して若い村人が村を離れていく。

 ある者は畑を耕す毎日を嫌い、ある者は都会に過度な希望を持って。

 男にはこの娘も村の若い連中と同じなのだろうかと、一抹の侘しさを抱いた。



「一応そうなります」


「……やっぱ故郷での生活が退屈で耐えられなくなった口かい……?」



 つい口に出してしまったそれは、日頃男が村を出ていく者達に必ず問いかけていた言葉だ。



「……いえ、あちらに知り合いが居るので、たまには顔を出そうかと」



 娘の返答はどこか素っ気ない。

 あまり話しかけられることを好まないのか、たんにコミュニケーションが苦手であるのか。



「そうなのかい? でも今から行ってたんじゃ帰る前に冬になっちまってるよ」


「ええ、この冬は王都で越すことになるでしょう」



 冬ともなると、多くの民は自身の住む地から動くことはなくなる。

 それは王都のある中部以北に限らず、比較的温暖とされる南部でも雪が降るのはさして珍しくはないからだ。


 王都からさらに二日も北上すれば、多くの地が冬の間雪に閉ざされることとなる。

 大がかりな隊商ならば、冬用の装備や多くの燃料を運び暖をとりながら進めるであろう。

 しかし個人ではそれも叶わないし、何より費用がかさむ。

 必然冬は移動をせず、ただ耐え忍ぶ季節となっていた。



「わざわざ遠いとこから訪ねるくらいの間柄なんだ、冬の間は世話になれるくらいの相手なんだろうね」


「そうですね……それなりに」



 見知った相手が居るなら多少は安心だ、男はそう考えた。

 村を出て行った若い連中は、一年や二年で帰ってくる者も多い。

 結局都会の生活や人付き合いに馴染めず、夢を諦めてしまう場合が多いのだ。



「大丈夫ですよ。一時期はあちらに住んでいたこともあるので」


「それなら安心だ。慣れねぇ土地で冬の間閉じこもってるなんて、ただの苦痛でしかないからな」



 そう言って男は穏やかに笑顔を浮かべた。



「ところでよ、南から来たって言ってたが、向こうはどんなもんだい? 去年は長雨で苦労してたって聞いたが」



 先ほどまでの話を切り上げ、男は馬車に娘を乗せた一番の目的である、他所の土地についての話しを聞くべく切り出す。

 今までの静かな雰囲気からは一変して、好奇心を隠す様子もない。



「そう……ですね、去年は収穫量が減りましたけど――」



 話しは長くなりそうではあるが、このまま村に到着するまで……いや、到着してからも娘は男や村人たちの質問責めにあうのであろう。

 遠目には村は見えているが、馬車はゆっくりと進むため、まだまだ時間はかかりそうだった。



 娘は男の質問に答えつつ、これから向かう地へと想いを馳せる。

 王都へは、まだここから七日近くかかる道程だ。

 冬になる前には着くであろうが、早いに越したことはない。

 少し行程を早めるべきであろうかと考えた。



 秋は深まり、冬の足音を感じる冷たい風が強く吹き付ける。

 捲れたフードから表れた、長く薄灰色をした娘の髪。

 その隙間から、人よりも僅かに長い耳がチラリと見えた。


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