3 イライラする……
午後8時に訪ねてくるとか、やっぱりこいつは正気じゃない。
「いきなりなんだよ、その挨拶はよ……」
「挨拶は別に悪いことないだろ」
「相変わらず鈍いなお前は 状況を考えろ この包帯が見えないのか?」
右腕を左手でさせながら持ち上げる もう痛みは少ない
「うわっ! なんだそれ⁉ 崖から飛び降り自殺でもしたか⁉」
「…… お前は私をなんだと思っているのだ……」
「ネガティブマンじゃないのか?」
私はとりあえず、玄関でこいつ、伊上倞助に対応することに決めた。そういえば、まだこいつの用は聞いていなかったな。
「で、こんな時間にお前は何しに来たんだ?」
「別に、なんとなく以外の何があるんだよ で、来たらこんなにズタボロだしよぉ」
特に用はない。そう勝手に判断させてもらってもいいか。しかし、こいつの第六感とでもいうのか、にはつくづく驚かされるばかりのような気がする…… 本当に鈍いキャラのかこいつは……
「とりあえずどうしたんだ、その大層な包帯は」
「大層じゃないし、まず初めにこれに気づかなかったやつに言う義理はないな」
「めんどくさいから、さっさと言えよ はい、これ強制な」
面倒はこちらのセリフだ。が、これもいつものことだ。ここは大人しく……
そして、私は2日前のことを話した。化け物に襲われたということは、普通に川に落ちたということにした。そして、今まで寝ていたと。
こいつに心配されたくはない。こいつは関係ない。
「とりあえず で、その程度でこの怪我か?」
「……は? これがこの程度なのか⁉」
さすがに知らないとはいえ、命にかかわるこの状況を軽く見られた気がした。
「からかっただけだって そう大声だすなよ……」
「お前にだけは言われたくないセリフだなぁ……」
いつもこの調子でからかわれる。そして、私はイラつく。
「じゃぁ、別に何もないんだな 足は怪我してないみたいだし 学校は自分で来れるな」
「あぁ、そこは問題ない まだ、お前に付き合ってやれるよ」
無事に帰ってこられるなら、だがな……。
「なんだよ、その上から目線っぽい言い方は……」
「上から目線のつもりはないが、お前が下だから問題はない」
このままだとこの玄関トークに終わりはなさそうだ……。さっさと追い返さなければ。
「じゃ、別に何もなさそうだな 帰るわ」
本当に何の用事もなかったのかよ、というツッコミはいつものことだしやめた。こいつの大声で傷が痛んでいる。とりあえずさっさと帰れ。
お前に別れなど言いたくはないのだから。
ガチャ
その時、そんな音が後ろから聞こえてきたのだ。
「えっ、誰かいんの⁉」
最悪のタイミング……。私は自分の運の悪さを呪いたくなった……。
こいつは私の事情を知っている。だから驚くのが当然というべきだ。そして、そのいないはずの誰かに興味が向くのも当然。できればなんとかもう少し籠っておいてほしかったな……。
「ちゃんと湯船もあったな 一人にしては結構な—— ん? 誰だ、そいつは?」
……………………。
訪れる沈黙。その一瞬の後に倞助は傷ついた私の身体を無理やり引き寄せてささやく。
「誰、あれ? 結構口悪そうだけど……」
「川に落ちたって言っただろ、その時助けてもらった人だよ」
「ふーん」
馬鹿でよかったと心の底から思った。
「じゃあなんでここにいて、風呂入ってんだよ」
さすがにそこまで馬鹿ではなかったようだ……。
倞助がにやつく。
「もしかしてあれか、一目惚れってやつか⁉」
「はぁ⁉ 何言ってんだ——」
「だって、結構な美人さんだぞ しかも、助けてもらったんだろ? で、ここまで呼んじゃったんだろ」
「私は運ばれてきたん——」
「じゃ、そのまま居座ってんのはなんでだよ」
「こっちが聞きたい」
「じゃ、向こうが惚れたんだ」
「そんなことがあるわけがないだろう この顔で」
「根拠は?」
「……」
こいつが私と彼女が付き合ってると断定しているのは明らかだった……。
「いやぁ、お前に彼女かぁ…… 考えられないなぁ……」
「いや、だから違うって」
「風呂入ってんじゃん」
「……」
状況証拠らしきものは勢ぞろいなのだ……。弁解ができそうもない……。
「えっと もっ一回言うけど、あんた誰? 友達?」
今まで沈黙をたもっていた彼女、神崎愛が口を開いた。言葉が詰まっていた私にとっては、助け船だとは思うのだが……。余計なことを言いそうで怖いな……。
よし、こいつに勘付かれる前に帰ってもらおう。
「とりあえず、お前はかえ————」
「あっ、どもども 俺はこいつの友達の伊上です あんたは誰なんだ?」
無視か、おい。
「…… 何、このめんどくさそうなやつは……」
「ちょ、初対面の人に面倒はないでしょ~」
お前も十分なれなれしいからな……。
「で、誰なんですかい?」
「…… 私は政府直—―――――」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼‼」
私は全力で彼女の言葉を遮り、とりあえず彼女を玄関から遠ざけた。
「何?」
「何もかもあるか! 自分の身分まで言ってどうするんだよ⁉」
「それを含めて自己紹介というのではないのか?」
「いや、そうだけどさ! ”秘密”なんだろうが‼ 俺には簡単に言ったけど」
とりあえず、あいつに知られたくないだけなのだが。
「でも、これが一番いいって”しずる”が—―――」
「どんなときにも使える自己紹介なんてないから‼ とりあえず、あいつには何もしなくていいから 自己紹介するとしても名前だけ‼」
「……わかった」
気圧されたように彼女は言った。
…………。 素が出た気がするが、それを悔やむ前にこいつを早く追い返さなくてはならない……‼
「かなり珍しいもの見たわぁ…… まさか、マジでこいつに恋愛とかがあるとはなぁ……」
「うるさい! 違ぇから‼」
否定はするが、誤解を解く気などさらさらない。
「まだ元に戻ってねぇな」
「とりあえず帰れ‼」
強硬手段。外に押し出す。
「はいはい、わかったって そんなのを邪魔する趣味は無いよ」
「だから違うって言ってんだろうが‼」
地に響くほどの勢いでドアを閉めた。
嵐の後の静けさ――――
「お前、面白い性格しているな」
「…………」
「ため込むのはよくないぞ」
「余計なお世話です」
「あっ、戻った」
「うるさくしてすいませんでした ですが、あなたもあなたですよ……」
「自己紹介は別にいいだろ――――」
「"秘密"なんだろうがぁ!」
頭が痛い…………。 何この人、天然入ってるのか。
ガンガン響く頭を抑えながら私は廊下に上がる。ちなみにだが、私の家は廊下からすべての部屋につながっているが部屋どうしはつながっておらず、それぞれの部屋に行くためには廊下を通らなければならない。廊下はただただ直線で、玄関からは廊下のすべてが見えるようになっている。ここまでなると、家の構造までも呪いたくなってくる。
「で、いいのか あれで」
「なんのことです」
「あんな別れ方でよかったのかって言ってるんだ」
「…… はい?」
「この深夜にでも出るからな、この家 お前、状況理解しているのか?」
「あぁ、少し忘れてました」
「は?」
あくまで他人事としてしか認識できていない。そう、私はいま死にかけているのだ。謎の生命体の侵略によって。今、私の右手の傷口から体内に変なのが入ってきて、それが原因で直に死ぬのだそうだ。
「別にいいですよ、あれで」
「本当にか?」
「はい、このまま会えなくなっても構いません」
あいつは関係ない。あいつに心配などされたくない。そういうやつじゃないだろ、お前は
そう強く思いながら私はリビングに戻った。
「…… ならいい」
彼女は少し廊下に立ったままだった。
(お前はもう、帰ってこれないかもな どっちにしても)
そう思って彼女はリビングに入る。
彼女は廊下に立っていた間、玄関のドアを見ていた。
そのドアには、さっきまではなかったヒビが入っていた……。
「おい、ちょっと予定変更だ」
彼女はリビングに戻るなりそう言った。
「やっぱりお前、うちに来い」
「今から行くんじゃないんですか?」
「そういう意味じゃなくて――――」
「こっちで暮らせって意味だよ 生きてたらだけど」
「はい?」
to be continued……
おまけ 峯川龍牙が状況的にツッコめなかったこと
「あっあれ、母さんの服……」




