1 襲撃
私は今、いつもとは違う道を歩き出している。 真っ暗な闇の中、あの化け物について知るため、ある女性に連れられて、あるところに向かっている。 「奇怪な右腕」をぶら下げながら……。
なぜ、こうなったのかを説明するには、こうなる前の私の環境を説明しなくてはならない。
2097年 4月14日 午前8時10分 特に変わりない日
私は峯川龍牙。 十六歳、男。 家から高校への通学路の上にいる。
「よぉ、龍牙! 相変わらず暗いオーラ出しやがって」
「お前がうるさすぎるだけだと思うが」
いつものやりとり。 学校まであと十分というところでこいつが出てくる。 嫌いではないのだがな。
まずこいつは伊上倞助。胸を張って言える私の友達、十五歳、男である。五年ぐらいの付き合いになるか。長いな。こいつが振ってくる話に適当に相槌を打っていく残り十分の通学路。こんなのが日常だ。まだ学校に着いていない時点で私の今日はほとんど終わったようなものだ。今からは退屈な時間が始まる。いつからこんなことになったのだろうか・・・。
ついでにだが、昔から現在まで私はあいつ以外の人間から嫌われている。正確に言えば、関わることを避けられている。何かと関わることを避けている私の性格のせいでもあるのだから、別に気にしてはいなかった。そして、あいつは私とは種類が違う嫌われ者だ。相手が誰だろうと突っかかっていく性格がうざい、というやつである。私はその犠牲者のうちの一人で、唯一の成功例なのだ。誇りにできる肩書ではないのだが、こうなってよかったと心から思っている。
私はこのような軽い日常を過ごしていた。そして、あの襲撃はこの日の終わりである帰り道で起きた。
同日 午後8時00分 月がきれいな夜
明日の会議の準備の手伝いをさせられていて、少し学校に残っていて帰り始めるのが遅かった。私のようなはぐれ者は扱いやすいのだろう。しかし、新学期が始まると会議がやたらと多い。毎年手伝わされているんじゃぁないのか。話すことなんてそんなにないだろう。そんな直接自分には関わらないようなことを考えてゆっくりと帰る一人の道。私の好きな時間の一つである。
そして、私がこの時間に考えることが最近一つ増えた。「このままでいいのか」ということだ。特に何かに努めてきたという記憶はない。傍から見て努力していると思われても、実際にしている実感はそこに存在しない。特に目標もない。なってほしい未来もない。つまり努力する理由もないのだ。「今」に満足しているかすらもわからない。これからどうしたいのかすらがわからない。
いまのいままでなんとなくしか生きてなかった。そんな私への罰なのだろう、こんなに悩ませられるとは。なにか人生の転機みたいなものがあればと「思わなくもないこともないこともない」。
……。
適当に言ったが、結局どっちなんだ?
私の悩みは一瞬で消えた。そこから、またどうでもいい考え事に戻る。また、いつか悩むことになりそうだ。
しかし、この一瞬の悩みは過ちだったと気づいたのは直後だった。自分の未来を決めようとしない者には本物の「罰」が訪れる。もちろん、「奴」はその前から私を狙っていたので、理論的な因果関係がないことは言うまでもない。
またどうでもいい考え事に戻ったその約10秒後のことだった。私の背後にとてつもない悪寒がしたのだった。とても振り向かずにはいられない恐怖を感じたのだった。そして、振り向くのだ。
その時、白い一閃が目の前を横切った。それを本能でなんとか右手で防ぐ。その防いだ右手に熱を感じた。その手を見ると、肘の少し上から人差し指の付け根までに「赤い線」があった。まるでえぐられたかのような切り傷だった。痛みで叫び声もでない。尻を地面につけた私の前には人影がある。
私の思考は停止した。
その人影は私の背中にまわると、服をつかみ、勢いよく私を投げる。私はコンクリートの壁に背中を強打した。やはり声は出ない。そして、そのまま私はずり落ち、コンクリートの壁を背に座った状態になった。
やっと理性が戻ってきた。声はでるが、あえぎ声しか出ない。あちこちに激痛が走っている。息をすることも難しい。目は開けられるが身体は全く動かない。こんな経験は初めてである。とりあえずこうなった原因である人影を見る。月に照らされて黒いもやがはっきりと見える。
しかし人ではなかった。
全身に毛をまとい、太い腕に鋭い爪、前かがみに立ち、こちらを睨み付ける。その顔はまるで「サル」だった。つまりサルの化け物だった。化け物だと認識せざるをえなかった。
化け物は私にまた近づいてきた。化け物だと認識したところでこの状況は変わらない。死を感じながら私の意識は遠のいていった。
その時、誰かがその化け物に襲い掛かっていた。その手には真剣が握られていた。彼は化け物に切りかかるが、化け物は信じられない跳躍でその場から去っていった。意識がはっきりしていなくて、助かったことに気づかない。彼はためらいながらその場に踏みとどまり、こちらを見る。
「立てるか、少年」
なんとか聞き取れた言葉、低い女性の声だった。彼ではなく彼女だったな。その彼女は私に近づいてきた。
しかし、私がボロボロなことに気づいていない。その証拠に……
「えっ、なにこれ、ちょ、だいじょうぶ・・・じゃないよね!? えっ、どうしよ、とりあえず………」
さっきまでの空気はどこにいったんだとツッコむ気力はなかった。ここで私の意識はとんだ。
日時不明 おそらくあの後
目の前に家の天井が見える。私は今、家にいるのだった。それでリビングのソファーに寝転がっていると理解した。全身が包帯でぐるぐる巻きにされていると気づくのは少し後だった。身体のあちこちにまだ痛みがある。
ただとりあえず、あれは夢でなかったということと、自分が生きていることを心に留めた。
起き上がることもできず、ただ横を向いてみると、そこに人が座っていた。家には誰も……。そうだ、あの女性に助けられたんだ。それ以外の可能性はない。一言なにか言いたいが、まだ身体がいうことが聞かず、あぁ、と情けない声しか出なかった。しかし、彼女はそれで私が起きたことに気づいて振り向いた。 「あっ、やっと起きたか」
そう言って立ち上がり、水の入ったコップを渡してくれた。この時点でやっと腕が動いてくれた。私はありがたくそれを頂戴した。聞きたいことが山ほどあるが、ちゃんとした声はでなかった。
「まずは、自己紹介だな」
そして、低い声で彼女は言った。
「私は政府直属アノン殲滅部隊”白銀の騎士団”戦闘班班員 神崎愛だ」
to be continue………
おまけ 神崎愛の言い訳
「いや、あんな感じに人が倒れてたら、び、びっくりするだろ!?」