ペットと飼い主
四限の授業が終わる昼食の時間、授業中は至って静かな同級生達は1人の生徒を中心に、大きな輪を作る。
「サエさん、どうしてあの四限の問題分かったの?私には全然分かんなかった!教えてよ!」
「いえ、そんな……私も咄嗟にあの式を当てはめただけですから」
右方の席に座るアマネ サエさんは長い黒髪の似合う、男子からも女子からも人気のある才色兼備の美女、という感じの人だ。今彼女の席には男女問わず、一緒に昼食を食べようと多くの人が群がっている。
私はというと、
「10月だってのになんでえこの蒸し暑さ……たかだか一人の女子にこんだけの熱量、逆に尊敬するわ」
「でもなあ、あの美貌で迫られたら同性でも我慢できる気がしないなー。ユウ、あんたはどうよ」
「え……私はあんまり、そういうのは……」
そう、ここで唯一私と構ってくれる友達二人と昼食の時にボソボソと呟くことで精一杯だ。
「あんたって子はホント内気っつうか女っ気がないっつうか……」
「あれだな、学園サスペンスとかで最終的に狂乱し始めて敵味方問わず殺しまくるバーサーカーになりそうな見た目してる」
「その発想はキモいわ」
こうやって最低限の人付き合いの中で高校生活2年目を、静かに昼食を食べながら過ごす。別にこんな毎日は嫌いじゃない。何事も起こらず、何事にも巻き込まれず1日を過ごせるなら、こんなに幸せなことはない。
だけれども、私には一つ秘密があった。
放課後 第一理科室
数年前に第二理科室が2階に新設されてから、ここ3階の第一理科室は用途がなく、掃除もされずに放置されている状態だ。
放課後のこの部屋で、私と彼女の密会は始まる。
「遅かったじゃない」
甘く、妖艶な声。昼間とは違う、彼女の別の顔。
私は、アマネサエに「飼われている」。
「今日は、日直当番だったから……」
「あら、貴方、私のことよりも学校の仕事の方が大事なのかしら」
そう言って、私を蔑む様な顔で睨む。
いつからこうなったのだろう。そうだ、先月の半ば位だったか。突然この教室に呼ばれて、「今日から貴方は私のペットよ」そう一言。それだけ。
私は気が弱い。言い返せるわけなどない。それに加え彼女に抵抗して因縁を付けられれば、あの教室の生徒の半数は黙っちゃいないだろう。
「それは……その……」
「ふふふ、何て言えば分からない、て顔してる。知ってる、貴方の考え位。顔に出てるもの」
こうやって毎回私をからかっては、せせら笑う彼女。
僕のことが好きなのか、それとも単にからかっているだけなのかは分からない。でも、内心で彼女に弄ばれている自分に何かえもいわれぬ感情を抱いていることも事実だ。
「私を待たせた罪、ちゃんと償ってちょうだい。そうね、喉が渇いちゃったかな」
「あ……分かった。それじゃあ今すぐ買ってーーーー」
次の瞬間、サエさんは私の腕を掴んで壁に押し付けたのだ。
「あら……ドリンクなら、すぐそこにあるじゃない。
貴方の、口元に」
そしてーーーー彼女は私の唇を自らの唇で塞ぎ、舌を入れ始めたのだ。ほのかに林檎の香りがする、華やかで激しくうねる舌。
彼女の力は思った以上に強く、非力な私が抵抗なんてできるはずもない。なすがままに口内を弄ばれるだけであった。
1分ほど経っただろうか。彼女はやっと私の唇から離れ、腕に入る力を緩めた。
「……ごちそうさま」
突然の出来事と、未曾有の快感に、私は言葉を発することさえできずにへなへなとその場に座り込むだけだった。
「美味しいドリンクだったわ。今日はこれでチャラにしてあげる。
……明日も、この場所でね」
そう言ってアマネサエは、第二理科室を後にした。夕暮れに照らされる彼女。私は何も考える余地もなく、ただただ埃の目立つ床に座るだけだった。
それでも一つだけ確実に私の意識に残っていたのは「明日もこの場所で」の言葉だった。
私はアマネサエに「飼われている」。