act05「モンダイ」
ハーレー「お前紹介は?」
ミハエル「めんどくせぇ」
ハーレー「えぇ……」
★1
あの『毒を持つ英雄』の件から一カ月、今は南の国テムバーンという国にいた。
この国は冬でも毎年暑く夏場は大人も水遊びをしだすくらい暑いところだ。
そんな国の都市テムスの魔法協会支部に寄って熾天使いの座につく魔法使いの義務、活動報告書を提出して今はレストランで休憩もかねて昼食をとっていた。
「報告書も出したしこれからどうするよ」
「アンタは出してないでしょうが……」
「俺は連絡不可能の状態にしておいた方が都合がいいんだよ」
そう言ったミハエルの真意は汲み取れないまま話は続く。
「それにしてもこの街は賑やかだな。前来た時もこんなだったか?」
「そうね、元々人が多いところではあったけど今日はなんかすごいわね」
「おや君たちは知らないのかい?」
三人は首を傾げているとカウンターのおじさんが話しかけてきたのだ。
「なにかあるんですか?」
「この街は年に一度、王に感謝する感謝祭が開催されるんだよ」
「「「祭り?」」」
「ちょっと派手な夏祭りだと思えばいいよ。それでさらに大きなイベントがあって一昨年は大食い大会、去年はマラソン大会をやったけな。今年はクイズ大会のはずだがまあ全部最後には闘技大会に変わっちゃったから今年も変わるかもな」
こういうイベントは王直属の偉い人達が考えてるらしいけどな、と豪快に笑って見せた。
先ほどの話のどの辺に笑いどこがあったのかはわからないが確かに面白そうではある。
「クイズ大会ねぇ。なかなか面白いじゃない、出ましょうよ」
「あ?なんでだよ。戦いたいのか?」
「違うわよ、あれを見なさい」
ガブリエラが指したのはチラシだった。
「なになに……開催場所、参加条件、優勝賞金…金かよ」
「そ、それだけじゃないわよ。王からのご褒美なんて気になるじゃない?」
「俺はそうでも――」
「行くわよね?」
ガブリエラはハーレーを笑顔で睨みつける。笑顔で睨めつけるってなんだと。
「わかったわかった。でも出るからには優勝するぞ」
「当たり前よ、私を誰だと思ってるの?」
「これ俺も出なきゃダメか?」
「そうと決まれば早く行くわよ!」
★2
「なにこのクイズ簡単すぎ」
「なにこのクイズ難しすぎ」
「ハーレーに同じ」
受付をちゃっちゃと済ませて最初の予選に出たのだったが結局勝ち残ったのはガブリエラとその他七人だった。
決勝トーナメントが行われるステージ上では司会者が時間を気にしている。手に持っているのは音声を拡大させるためのものか。
そのうち時間になると……
『レディィィィスアァァァァンジェントルメェェェェン!遂に始まります決勝トーナメント!司会はこの私、ミスタージェイが行います!それでは早速登場していただきましょう!予選を勝ち残った猛者達よ、ステージにカモォォォォン!』
ステージ右側から勝ち残った八人が姿を現し、それぞれの席の前に立った。
『それでは左から予選第一位通過、ミリアス・ガブリエラ!』
「全力で勝ちにいくので応援よろしくお願いしまーす!」
「あいつやたら上機嫌だな」
『続きまして第二位!ファン・イーフィンさん!」
「一撃で仕留めるよ」
「クイズ大会って仕留めるようなもんだったか?」
「さぁ?」
『第三位!ミラ・サーフス!』
「さぁ、やってやるわよ!」
「普通だな」
『第四位!クラッセ・アングラー!」
「この私を楽しませろよな!」
「あの女ちょっと怖い」
「そうか?」
『第五位!アーニィ・トライデンター!』
「応援よろしくだゾ!」
「…あれって」
「あぁそうだろうな」
『第六位!柊蒼剣!』
「勝つ……」
「東方の国の人間か珍しいな」
「なんか暗いな」
『第七位!ヒート・クロイツェフ!」
「根性で答えて努力で優勝だぁぁぁ!」
「熱いな」
「嫌いじゃないけどな」
『そして最後の第八位!トラバル・アンドロウ!』
「……………」
『あのー、何かコメントを…』
「あァン?」
『あっ、別にいいんですよ?』
「あァ……テキトーに優勝狙うンでテキトーに応援ヨロシクゥ。こンなでいいか?」
『は、はい!それでは全員の紹介が済んだところで簡単にルールを説明します!クイズは早押しで四ポイント先取で次のステージへ行けます!ちなみに三回間違えたらその時点で失格ですので気をつけてください!まあクイズ自体は簡単らしいので間違えることはあまりないようですがそれでは早速!』
全員がボタンに手を置く。彼らの目は必死そのものだった。
『第一問!現在熾天使い七枠のうち五枠埋まっていますがその中で一番位が高いのはどの位でしょうか!』
ピーン!
回答者はトラバルが得た。
「ルシフェル」
ブッブー!
『おっと、どうやら間違いだったようだぁ!』
ピーン!
今度はガブリエラだ。
「ミカエル!」
ピンポーン!
『さすがミリアスさん!一位通過は伊達じゃない!』
(残念ね、『ルシフェル』は…もういないのよ)
「そういえばお前が一番上なんだな」
「その一番上が消息不明なわけだがな」
ガブリエラは正解して一ポイントゲットしたが何故か浮かない顔をしていた。
それは引っかかることがあったからだ。
(でも確か『ルシフェル』の位は上級の人くらいしか知らないはずだけど)
『それでは第二問!魔法の属性にはそれぞれ火・水・風・土・光・闇とあるがそれらのいずれにも該当しない特殊な属性があります!それはなにか!』
「ッ……!?この問題はーー」
ピーン!
次もトラバルだ。
「無」
ピンポーン!
『おおっとトラバル選手ここでポイントゲット!』
魔法の属性には火・水・風・土の第四属性と特殊な光・闇というものがある。
その光・闇よりも特殊かつ希少で存在も上級魔法使いでも知らない人がいるほどの『無』というものもある。
この『無』は努力で使えるようになるようなものではなくその使用が確認されたものは歴史上六人だけである。
名前は残っていなかったので誰が使えるかなんてものはわからないが。
(そしておそらくハーレーもその一人。確証はないけど……)
しかしそんなことは今はどうでもいい。
(この問題を作ったのは間違いなく上級魔法使い、それは大した問題じゃない。問題なのは『何故一般人が解けるはずもない問題を入れる必要があったのか』ね)
確かにここは魔法の研究も進んでいて世界の中でもかなり上ではある。しかしだからといって普通に暮らしてる人々が魔法に詳しいかというと違う。そんな一般人では『絶対に解けるはずのない問題』を入れるということはそこには絶対何か意図があるはず……。
『第三問!熾天使いの枠に入る魔法使い、ラファエルの得意とする魔法は!』
ピーン!
「回復魔法」
ピンポーン!
『正解!強い!強すぎる!』
こんな簡単な問題はどうでもいい。さっさと黙って考える時間が欲しい。
その後二問連続で正解したガブリエラは決勝トーナメントに勝ち進むことが決定し休憩と称して舞台裏へと向かう。
ステージではかなり盛り上がっているようで多少の声が聞こえているが考え事するのならこのくらいがちょうどいい。
無音だと、不安になる。
ガブリエラは顔を振って余計な考えを排除して考えを整理する。
何故この『一般的なクイズ大会』で『一般人の知らないはずの知識』に関する問題が出てくるのか。
まずは出題者は上級魔法使いがいるのだろうし、それ自体は不思議ではない。
何故ならこの国に所属している上級魔法使いは確か千人くらいは居たはずだ。
むしろこの魔法大国で上級魔法使いが関わらない方がおかしいというもの。
実はこの数年で一般人にも知識が広まったのかと思ったが隣の数人は問題に頭をかかえていたのでそれはないと思う。
そして一番の問題はその上級魔法使いは何故『一般的なクイズ大会』に『一般人の知らないはずの知識』に関する問題を『あえて』出題したのか、だ。
……
………
…………
……………
………………
わからん――
「あぁ~もう何なのよぉ……」
彼女は豊富な知識を物事に当てはめて問題を解決するのは得意だが前例がない、経験がない物事に関する知識がないとなると考えてもわからないことが多い。
元々考えることが苦手であり初めて見るパズルはもうお手上げという状態になるのだ。
「ならそこにヒント、というか材料を一つ加えようかァ?」
ガブリエラに声をかけたのは赤い瞳に漆黒の髪、長身とは言えないが小さいとも言えない身体つき、一見怖いように見える顔もよく見ればやさしさというものも感じられる人。
そして――
(この人、どこかで会ったことがある?いや無いはず、なのに心臓がバクバクいってる……)
「あなたは……」
「トラバル・アンドロウだ。あンたはミリアス・ガブリエラだったか。ヨロシク」
そう言ってトラバルは右手を出した。
ガブリエラも応えようと右手を出した瞬間ーー
「『ガブリエラ』さンよォ」
「やっぱりあなたは」
「ご明察って多少『知識』があればわかるか。そうだ、オレも上級だ。階級は智天使い、改めてヨロシク」
「え、えぇ…」
ガブリエラとトラバルは握手をした。トラバルの手は妙に冷たかった気がした。
するとトラバルは眉を歪めてガブリエラを見た。
「?」
「いや『ガブリエラ』ってくらいだからもう少し手が冷てェかと思ったが案外暖かいンだな。……あァ、こンなに暖かいのはいつぶりだろうな」
「???」
「すまねェ、少し昔のことを思い出しただけだ」
「そ、そういえばあなたはどういう系統の魔法が得意なの?」
「話の逸らし方が少し強引じゃなェか?ンまァオレはオレの弱点になりうることは教えないことにしてる」
「そう、なら仕方ないわね」
魔法使いは弱点を探られないために自分の魔法は教えない者がいる。
そしてそれは珍しいことではないのでガブリエラもスルーしようと思ったが――
「だがまァあンたになら見せてやるくらいならいいぜ」
「?」
「つまりこういうことだ」
するとトラバルの姿が空気に溶けて見えなくなってしまった。
(空間魔法!?いきなり凄いのに当たったわね)
空間魔法は時間操作ほどではないが珍しい魔法で、ガブリエラでもお目にかかるのは初めてだ。
トラバルは再び姿を現しながら、
「詳しいことは言わねェが空間魔法ではないぞ」
ありゃ違った。
「さてさっき言ったヒントのことだが、あンたがアソコを出てから出た三問は全て『オレ達』にしか解けない問題だった。」
「えっ、それって……」
「あンたが出た後も『一般人が回答できないであろう問題』が出題されたわけだ。
そして決定的だったのはオレが抜けた後の第一問目、これも『一般人が回答できないであろう問題』だった。
当然答えられるものがいるはずもなくタイムアップになったわけだが」
トラバルは一拍おいて再開する。その行為にどれほどの意味があるのかはわからなかった。
「この後から問題が『一般人でも回答できる問題』に変わった」
「!?」
「つまりこれがどういう意味かわかるか?」
「……………………………………………さっぱりわからないわ」
ズコー、とでも聞こえてきそうだった。
「あ、あンた本当に『熾天使い』か…?」
「『熾天使い』つまり頭がいい、閃きがあるなんて思ってるんじゃないわよ。確かに知識は沢山あるけどそれをどう生かすかは本人次第でしょ?」
「はァ~……。今までは『一般人が解けない問題を出す必要があった』わけだが、それがオレがいなくなってその問題を答えられる人がいなくなればそういった問題は出なくなった。何故なら『一般人が解けない問題を出す必要がなくなった』だと判断したからじゃないのか?」
なるほど、そういう見方があったのか。
「じゃあ奴らの目的はなんだ?」
「……知識を持つ人を勝たせたかった、もしくは知識のある人とない人と分けたかった?」
「そういうことだ。やればできるじゃねェか」
「きっかけがあれば誰でもわかるわよ」
「まァいい、次に何故知識がある人を勝たせたかった、あるいは分けたかったかだが……」
「それがわからない、のね?」
「よくわかったな」
「さっきまで普通に喋ってたあなたがイラだったのがわかったから」
「へェー、観察力はズバ抜けてるみたいだな」
「とりあえずこの先は――」
「クイズ大会で生き残ることだけを考える。
★3
『さぁ決勝トーナメント第二回戦!見事勝ち残ったのはミリアス選手、トラバル選手、アーニィ選手、ヒート選手です!』
「あの熱いのは結局勝っちゃったのね」
「根性努力根気は最強だからな!これだけあればどんなピンチも乗り越えられるぜ!」
『それでは第二回戦は……はいはいいつものヤツですね!第二回戦はそれぞれの人に特技を披露してもらうようです!』
「あァン?それもうクイズと関係……いやどォでもいい、とりあえず言われた通りやるだけだ」
するとトラバルは静かに姿を消すと司会者の真後ろへと姿を現した。
「オレは『特技』を披露したぞ」
「うおおぉぉぉぉぉ!!俺も行くぞぉぉぉ!水龍波!」
ヒートが何かを殴るアクションをとるとそこから龍の形をした水が現れしばらく空を舞ったら崩れていった。
なら私も行くゾ☆えいっ」
アーニィが司会者のデコをつつくと一瞬星マークが浮かび消えた。
(というか滲んだ?)
『え、何をしたんですか?』
「お手♪」
すると司会者はお手をした。
「おっ?」
「おかわり♪」
次はおかわりを。
「ふせっ♪ってスカートの中覗かないのっ!」
頬を膨らませながら司会者のデコをつつくと星マークが再び浮かび上がって消えた。
(精神魔法?)
『ス、スカートの中は覗いていませんからね!それでは最後ミリアスさんお願いします!』
「最後って妙に緊張するのよね。まぁ私が一番なのはゆるぎない事実だけどね!」
(でも全力は見せてあげないわよ。あなたも特技でもなかったでしょうに。テキトーなもん作ってりゃ一般人の目は騙せるわよ)
「アイスストーン!」
ガブリエラの手のひらにテニスボールくらいの氷の石ができあがる。
しかしアイスストーンなどという魔法はなく水魔法を使えるなら誰でも使えるようなただの氷の塊である。
それを上空高くへと投げ、
「スナイパーライフル、Type‐ウォーター装填」
ただの水鉄砲である。これも初歩的な魔法である。
「ピンポイントで!」
水で氷を撃ち抜く。氷は砕け水は飛び散る。
「おおー」
観客は感嘆の声を漏らした。
すると氷は太陽の光に反射し輝き、水は美しい小さな虹を生む。それは一種の絵画のようであった。
今までの人達は見せることをしたが、ガブリエラは魅せることで勝負したのだ。
当然一番客の受けが良かったのはガブリエラだった。
より多くの感動を生むには高難度の魔法などではなく誰でもわかる簡単なものの方が向いているのだ。
あれ、そういうお題だっけ?
『えっと次は…バトルですかはい!いつものやつですねはい!』
これは明らかにクイズに範囲を超えている。しかしこのイベントを教えてくれたおじさんはこんなことを言っていたではないか。
「最後には闘技大会になる、か。なんかキナ臭いわね」
司会者、観客はもちろん出場者も盛り上がっているようだ。
トラバルを見ると何か考え事をしているようだ。
『対戦表が届きました!第一試合、アーニィ選手VSトラバル選手!それではステージを移動します!城内第一アリーナに三十分後開始となります!」
観客が移動し始めると四人の出場者にドリンクが配られて、ガブリエラはそれを飲みながら状況を確認する。
(この大会、最初からクサイとは思ってたけどわけがわからなくなってきたわ。さっきのは実力を確かめるためのもの?じゃあこれはおそらく――)
「力比べ、かァ」
「ええ……っておわっ!?」
考え事をしていて隣にトラバルがいるのに気づかなかった。
「あァン?さっきから居ただろォが。なにをビビッてンだ」
「いきなり声をかけられたら誰でもびっくりするわよ」
「とりあえず移動するぞ。少し目を瞑ってろ」
「え、目を?」
「いいから」
トラバルがそう言って目を瞑った後すぐ腕を引っ張られた。
「ちょっ、ちょっと!?」
驚いて目を開けるとそこは既にアリーナだった。
「なに、が……?」
するとある考えが頭をよぎった。
「やっぱり空間魔法でしょ」
「だから違ェって言ってンだろ」
ふむ、嘘を言ってるようには見えないから本当に違うのか。
(だったら何よぉ!私の知らない魔法?そんなのあるわけないし…あっ)
「もしかして時間操作?」
「ンなわけあるか」
もう無理、分かんない。
「奴らの最終的な目的が見えてきたな」
「えぇそうね」
全く分からない。
「思考がダダ漏れだぞ」
「それもあなたの魔法なの!?」
「さァな」
トラバルは不敵に笑ってみせる。
もうわからないわこれ……
★4
『お待たせしました!第一試合アーニィ選手VSトラバル選手どうぞ!」
(ここでトラバルの魔法を見極める!)
アーニィは顔の前で指を遊ばせている。
一方トラバルはポケットに手を突っ込んで悠々と構えている。
『それでは第一試合、開始ぃ!』
「メンドクサイからちゃっちゃと終わらせちゃうゾ!」
アーニィが腕を払う。するとトラバルの身体がぐらりと揺らいだ。
アーニィは勝ち誇った顔で、
「さっさと負けを認めなさい」
「オレは…負けを……認める………」
トラバルは身体を揺らして頭を抱える。
アーニィはかなりご満悦のようだ。どんな形であれアーニィは勝利ようだ。
司会者が判定を下そうとしたその瞬間トラバルは笑った。。
その顔はとてつもない悪意に満ちていた。
「なンつってなァ」
アーニィは眉を顰めた。自身の得意な魔法が効いていないのだからその反応は当然のものだった。
しかしその一瞬の隙をトラバルは見逃さなかった。
トラバルはその『心の揺らぎ』を感じると空気に溶けるように消える。
慌てて集中するが既に侵入してしまっている。
人の心を惑わす悪魔はもう止まらない。
アーニィは無理にトラバルの姿を見ようとは思わない。見ることが出来ないのは百も承知だ。
だが視ることは諦めない。
(あの人は多分私よりも強力な魔法使い。単純な力比べならあちらが上。私の読みが当たってるなら心理戦も無駄のはず。あの人には私の精神魔法は効かない。どうする――)
次の瞬間動きがあった。後ろから炎が飛んでくる。
それを右に避け後ろを振り向くが、
「読めてンだよ」
後ろから声がした。急いで後ろに腕を回すが手ごたえはない。
「どこ見てンだ」
声がした直後右肩に衝撃が走る。
そのとき意識にズレが生じて一瞬だけトラバルの姿が見えた。
アーニィの右肩を捉えたのはトラバルの左足。ポケットに両手を入れたまま蹴り上げている。
(全力じゃない?なんで手加減なんか……でもそれが命取りよ!)
「なにの私が使えるのはアレだけじゃないんだぞ!」
そこにあるはずのトラバルの足を掴み引き寄せる。それだけでトラバルは少しバランスを崩す。
「『放電撃』!」
そう叫ぶとアーニィを中心とし四方八方に電撃が放たれる。
足を掴まれているトラバルは逃れる術もなくおよそ百万ボルトもの電撃をその身に浴びる。
その攻撃はトラバルにとって予想外のものだったらしく電撃が流れ終わるとその場に倒れ伏した。
「元々私の魔法は電撃なんで使ってる精神操作魔法にはアレンジがかかってるの。普通に魔法をかけただけじゃ同じ精神魔法を使う人には効きにくいわけ。でも私のは体中を駆け巡る電気信号に干渉して操るもの。まぁこれも電撃に心得がある人には効かないから一応両方使えるようにはしてるんだけどね」
「……そォかい」
アーニィの肩がビクリと跳ね上がった。声は倒れている男から聞こえる。
この人は倒れている、大丈夫なはずだと言い聞かせても心臓はバクバクと止まらない。
手が足が唇が身体が震える。
倒れている相手になにを臆することがある。いずれにせよ有利なのは自分、それは揺るぎない事実。
そう思いこんでも震える。
それは動かない、だが明らかに危険を感じる。
「お前忘れてねェか?」
そう言われると何か忘れている気がする。
「忘れてるぞ」
真後ろから声がした。男は目の前にいるのに。
そして思い出した。
男は既に『侵入』していたことに。
気づけば目の前の男は消えていて後ろに気配を感じる。
ゆっくり、ゆっくり後ろを振り向くと男はいた。
「がッ!?」
顔を大きく掴まれるとこの細腕のどこにそんな力があるのかそのままヒュンと後方へ投げ飛ばされてしまう。
かろうじて受け身をとると頭を振り目の前の男を直視する。
男はまた姿を消している、いや正確には『見えていない』だけ。
アーニィは駆けた。
男がどこにいるかは未だわからないがとにかく動いていないと捕捉されてしまうかもしれないからだ。
すると何かにはじかれる。壁にでもぶつかったのかとおもったがそこには何もなかった。
「どうした?何かにぶつかりでもしたか。そりゃそうだよな、オレがしたわけだしィ?で、これで終わりか?」
アーニィはうつむいたまま顔をあげない。あげなくても足が見えるくらいの距離に男は居た。
女は笑う。
「あァン?」
「あ、あはっ、あははははははははははははははははっはっ!!!!!」
トラバルは呆れため息をついた。ついに壊れたか、と。
「はやく降参しとけェ。これ以上はオレも容赦しねェからな」
「バカ言ってるんじゃないわよ。私には私の目的があってここにきてるんだゾ。そう簡単に、諦められるか…ッ!」
顔をあげた女の顔はトラバルが気圧される程の気迫であった。
一歩引いた途端その足を掴まれ放電撃をまともにくらってわずかに悲鳴を洩らす。
「見えた!見えた見えた見えた見えた!!あはははは!やれるじゃない!これなら!『侵入』されても関係ない!」
「どういう…ことだ?」
何故効いていない?
「『同業者』ならわかるでしょ?あなたの『侵入』は関係ない。私は『侵入』されてるけど要は身体中を駆け巡る電気信号さえ弄ってしまえば視界にも干渉できる、見える!」
「チッ、この世界の『科学』ってのはそこまで進ンでやがんのか。コイツァきついぞ」
「なにを言ってるのよ、これは『魔法学』でしょうに。その『カガク』ってのは知らないわよ」
トラバルはキョトンとしてすぐに女を振り払おうとする。
しかしその手は離れない。女性の力とは思えない。
「だから『同業者』ならわかるって言ったでしょ。長くは使えないんだから全力全速なんだゾ!」
そのまま持ち上げて地面に一、二、三と叩きつけると一番近くにあった壁に投げ飛ばす。
トラバルは壁に埋まるように沈み込む。
「……自分の脳から直接電気信号で身体のリミッターを解放したのか…。ったく無茶しやがって、アレは人間が自身のスペックで壊れないようにかけてるっつうのによォ」
「そういうこと。ということでさっさと終わらせちゃうゾ!」
「おゥけィおけェ。なら早く、終わらせなきゃなァ!」
両者が駆ける。
トラバルが再び足をあげるとアーニィもそれに応え腕を構えて蹴りを受け止める。
「やわらけェのにかてェとか気持ちわりィなァァァ!」
「あなたの蹴りはずいぶんとやわらかいのね!」
「ホンキのつもりだったンだがな。なら…チェンジだ。――楽しませて下さいね、おっと楽しませてくれよ」
トラバルは蹴りを受け止められたその状態でパチンと指を鳴らす。
そうするとアーニィはその足からはじかれ数歩下がる。
「致し方ないがこれも意向なのでな。すまないがここからは、私の全力でいかせてもらう」
もう一度トラバルが指を鳴らすとボンッ!という爆裂音が何度も響きその度にトラバルが仰け反る。
踏ん張ろうとしても何度でも弾く。
正面に構えても何度でも弾く。
避けようとしても何度でも弾く。
何度でも何度でも何度でも相手が挫けるまで弾く。
爆裂音が数十回鳴っただろうか。
そのうちアーニィの背中が壁へ激突するとさらに連続で爆裂音がしてそれでそうやくアーニィは地面に伏す。
「そ、そろそろ限界かしら……。流石に無理しすぎたせいか全身が悲鳴上げてるゾ…」
アーニィが無理、というとそこで勝敗は決した。
一瞬沈黙が起こったがすぐに歓声が湧き司会者はトラバルの腕を上空へ掲げた。
『勝者!トラバル選手!』
「全くこんだけやって勝てないなんて世界は広いわね…。ごめんお母さん、賞金持ち帰って治療にあてようと思ったのに。決勝トーナメント出場時点で獲得一万、足りない分は借りてでもーー」
「オイ」
アーニィが自力で立つ力もなく座り込んでいると目の前に手を差し伸べる人がいた。
トラバルだ。
その手を借りてようやく立ち上がるとアーニィはありがと、といつもと変わらない様子で言った。
「賞金が欲しいンならオレの分やるよ」
アーニィはえっ、と驚いた顔になる。
それは先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えない一人の少女の顔であった。
「で、でも――」
「ンじゃオレが勝手にお前のバッグに入れておく」
「あなたってすごいのね。見ず知らずの人のためにお金をあげちゃうなんて」
「別にすごかァねェよ。オレはただ助けられる命を放っておくことができねェだけだ」
一瞬。
一瞬だけトラバルの表情が曇った。
「それにオレの目的は賞金じゃねェからな」
「ふーん、その目的って?」
「…………」
「まぁ普通言わないわよね、別に私も問い詰める気はないし。じゃっ、ありがと同系統魔法使いさん」
そう言い残すとよろよろとふらつきながら立ち去って行く。
「……やっぱりバレてたか。でもそれだけじゃねェンだよな」
さてと――
「次はどうくるかねェ」
★5
『さっきは凄い試合でしたね!それでは盛り上がりまして第二回戦!ヒート選手vsガブリエラ選手!どちらも戦力は未知数!これは楽しみになってまいりました!』
(この熱い子、まだ十八くらいに見えるけど加減とかした方がいいのかしら)
するとヒートは顔を顰め、
「むっ、その表情から察するに手加減するつもりか?だとしたら根性が足りてないな。それと――」
ヒートが上着を脱ぎ捨てると靴も脱ぎ始める。
その衣服にはやけに重量感があった。
「俺は本気だからな」
その少年には少年とは思えないほどの覇気が感じられた。
ガブリエラは思わず一歩下がる。
(ただの少年じゃないってことね)
「いいわ、全力で相手してあげる」
「そうこなくっちゃな」
『それでは、開始!』
「先手必勝!『氷大砲』!」
ガブリエラは開始と同時に(正確には少し準備をしてた)氷でできた大砲を撃ち出す。しかし――
「言ったろ、本気だって」
ヒートは既にガブリエラの足元にいて拳を握っていた。
その拳は確実にガブリエラへと向けられている。
「ッ……!?」
拳がガブリエラの鳩尾へと突き刺さり少し後ずさって腹を押さえる。
ヒートは自分の凍った拳を見ながら少し感心したように、
「このスピードに反応できるとは思ってなかったぞ。中々の根性だ」
「私の連れにも相当速い奴がいるから目は慣れているのよ。それでも驚いたから反応が一瞬遅れたけどね…」
ガブリエラはヒートの拳が当たる直前に『永久障壁』を二重で張り、『永久凍痛』を拳へかけ感覚を麻痺させてダメージを軽減したのだ。
もっとも、最初の隙さえ無ければもう少し軽減できたのだが。
「へぇ、そいつも中々根性があるな。一度手合わせ願いたいもんだ」
「ははっ、あの二人を足した感じね。『大地凍結』!」
ガブリエラを中心として地面に氷が広がっていく。
ヒートはそれをジャンプして回避、着地、できていなかった。
「いてっ!す、すべる……」
「このアリーナは氷、私色に染まったわ」
ガブリエラはにやりと笑う。
「私も本気なのよ」
ヒートの足元の氷が動いたと思ったらそれが氷の槍を形作る。
それを辛うじて避けるが地面が凍っていて思うように動けない。
試しに叩いてみるが割れる様子もない。
「ちょっとやそっとじゃ壊せないわよ」
「なら壊すことは諦めよう。水龍弾!」
ヒートが何かを殴りつけるアクションをとると水が現れそれは龍の形を作り現れる。
普通の水系魔法とは違う、そう直感で感じたガブリエラは『永久障壁』をして氷を滑り後ろへと下がる。
しかしそれをものともせず龍はガブリエラの目の前へ迫った。
(やばっ……!?)
しかしその龍は当たることはなく空高くまで昇ると弾けてアリーナ中に水を降らせた。
「何をしたかったのかは知らないけどミすきゃっ!」
ガブリエラが一歩踏み出したとき、まるでギャグかのように転んだのだ。
足元を見ると氷が先程までと違う滑らかさを帯びていた。
見渡すとアリーナ中の氷が全てそのようになっている。
「さっきの水のせいで表面が溶けたようになめらかになった?」
「そうだ!これで2人とも思うようには動けん、つまり五分五分だ!」
「あなた、脳まで根性でできてるの?」
おう、とヒートが応えようとしたとき、足元の氷がもとに戻ったのだ。
「バカね、氷ならすぐに作れるわよ。特に氷を凍らせるなんて、そこらへんに飛んでる蚊を潰す方が遥かに難しいわ」
「くっ、よく考えればそうだな……。なら!」
拳を構えてなにをするのかとガブリエラは身構えたがヒートは急に地面、正確には下の氷を両手で連続的に殴りつけ始めた。
「だから無駄だっていってるでしょ」
地面から作られた氷の槍がヒートへと襲い掛かるがそれを見向きもせずに砂埃でも払うかのように右手を振るう。
それだけで氷の槍は砕けその進行を止めた。
もちろんそんな簡単に壊せるようなものでもないのだが。
「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
直後ガブリエラは氷の変化を感じ取った。
亀裂が入ったのだ。
それは普通人の目に見えるような隙間ではないはずなのだがーー
「よし!水龍弾!」
ヒートの生み出した氷の龍はそのわずかな隙間に入り込み氷をしたから刺激する。
「これで、詰みだ!」
ヒートは空中で何かを連続で殴りつけると無数の龍が現れる。
それらは氷を上から相当量の衝撃を与えていき、放ったうち一匹はガブリエラへと噛みつく。
その光景に釘付けとなっていたところのことで完全に不意を突かれたため反応が遅れ龍に飲みこまれる。
とりあえずこの状況を脱するためにこの水を凍らせようとするが――
(凍らない!?なんで!)
しかも――
「ごぼっ!?がばっ、ぼっ!ばっ!?」
(この私が水中で息ができない!?)
ガブリエラは水の扱いに長けており水の中でも呼吸する方法も心得ているため普通は水中でも息ができるのだ。
(何か、何か対策は――)
ふと周りを見ると『地面凍結』は既に粉々になっていて効果を成していない。
(なにか、な――)
そしてガブリエラの手はグーから開かれ体は力なくだらりと水の中でぷかぷかと浮いているだけだった。
すると水の龍は崩れガブリエラを解放する。
地面に転がっている姿はまるで眠っているようだった。
しばらく放っておいたがそれでも起きる様子はない。
観客がざわつき始める。
それはガブリエラがあまりにも起きないからだ。
だが普通に考えれば――
「意識がないだけだろ?ほら心臓も動いてるし、こいつの呼吸が止まったのと同時に解放したんだから死んではないって、つかお前ら聞けよ!あぁー、わかったわかった。人工呼吸とかなんとかすればいいんだろ?水扱ってんだ、これでも蘇生法くらい心得てるって、ってお前ら本当に人の話聞いてんのか!?」
ヒートはやれやれとガブリエラへと近づき顎を上に向け口を見ると――
「あれ?氷が張られて、しかも口の中に水……まさか!」
気づいた時にはもう遅く、ガブリエラは悪い笑みを浮かべていた。
口に張られていた氷をかみ砕くと口の中の水をヒートへ向けて発射しその水はヒートの目へと入っていった。
「うおおおおおお!目が、目がぁぁぁぁ!」
すかさず『氷大砲』を二つ用意するとそれを同時に射出する。
「『――――』」
ヒートが何かつぶやくと刹那、周囲を『炎』が覆った。
まだ目が痛いようで目を押さえたまますっと立ち上がった。
「いやーずっと使ってなかったからすっかり忘れてたぜ」
目をゆっくりと開けるとさっきまで綺麗に澄みきった青色だった瞳が燃え盛る赤色となっていた。
だからさ――
「今度こそ『本気』だ」
今度は瞳が輝く黄金となり、ヒートからいくつもの電撃の槍が飛んでくる。
それに対応するため『氷造短剣』で、一、二、三と受け流し、流しきれなかったものは『永久障壁』を作りそれでも抜けてくるものをダガーで切り払いながら斬り払う。
「ただの魔法使いじゃないとは思ってたけど剣の心得もあるのか。しかも目がいい、中々に芸達者な奴だ」
「私は確かにトップクラス魔法使いだとは思うけど、本当にトップクラスってのはねぇ『得意なモノだけに頼らず、万が一の時に備えてあらゆることでもトップクラスの実力を持っておく』のよ」
ヒートは感心したように何度も頷く。
年下に感心されるっていうのも変な感じではあるが。
「なら次はこいつでどうだ?」
瞳の色が静かな緑へと変化した。すると周囲に風が吹きヒートの手に何かが握られた。
それがなんであるかはわからない。
そもそも形が見えていない。
が、よく見ると影から剣であることがわかる。
それを観察しているとヒートがそれを構える。
「大丈夫だ、こいつは形が不安定だから殺傷能力とかは皆無だ。剣、つか鈍器みたいなもんだから安心しろ」
「鈍器も充分危ないでしょうに…!」
影さえ見えれば間合いは測れると一気に距離を詰め、ヒートもそれを確認すると握っていたそれを横薙ぎする形にやる。
ガブリエラは一定の距離になると一歩下がる。
さっき測った剣との距離は約0,05mm、振り切るのに約1,92秒、動き出すのはジャスト1秒。
と思った時その場からガブリエラの姿が消えた。
正確には一瞬でアリーナの壁に叩きつけられたのだ。
あまりの衝撃に一瞬だが意識を失ったがすぐに意識を取り戻した後状況の整理をする。
まずヒートの握っているそれを見ると影の長さが倍くらいに伸びていた。
(ってことはなんだがわからないけど伸縮自在なわけね)
次の着眼点はガブリエラの身体に切り傷がなく腫れているだけということだ。
もちろん壁の破片によってできた細かい傷はあるが剣に斬られたような傷はないことがわかる。
このくらいの傷ならすぐ治せるし、先程言っていたように剣ではなく鈍器のようなものだったらしい。
気づくとそれは消えておりヒートはいつも通りの青い瞳でこちらを見ていた。
「『こっち』じゃさっきのはうまく具現化できない、不安定な状態でしか造れない。だから形も見えてないわけだが不安定だからこその使い方もある。例えばさっきみたいに力を調整してやればある程度の伸び縮みはできる」
前半の説明はさっぱりだったがやはり伸ばしていたのだということがわかった。
「にしてもすげぇな、あの一瞬で自分を氷で覆って衝撃を減らすなんてさ。あんたの反応速度はどこが限界か試したくなるレベルだぜ」
不思議に思った。自分はそんなことした覚えはないのだが。
周りをよく見ればそこら中に氷の破片が散らばっていてガブリエラが認知した途端溶けてなくなった。
確かに似たような経験をしたことはある。ということはおそらくガブリエラの経験に基づいて考えるという癖がいい方向に働いた、つまりアイツの武器が伸びたのを何かで直感的に感じ取り『無意識』で反応したということになるが……
「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!」
これはすごいことだ、誇ってもいいことだ、と片づけてしまえれば簡単で自身の能力は高いと自負している。しかし――
現状を受け入れられていないガブリエラに対してそれを見たヒートもまた口をぽかんと開けていた。
「え、さっきの無意識?」
「そ、そうみたいね……」
ガブリエラは――
ヒートの背後に音を立てないように魔力の流れを悟られないように『氷造短剣』を精製する。
ヒートをちらりとみたがまだ気づいていない様子だった。
(よしできた!さぁ目標をヤレ!)
「ダメだ、そんなんじゃ全然――根性が足りん」
瞳が紫へと輝いたと思えば凍り付くほど冷たくもあり不気味なほどの暖かさもありどろりとさらさらと気持ちの悪い風が吹いた。
異変はすぐに起きた。一瞬ふらりと視界がぐらつくがなんとか踏み止まる。
『氷造短剣』が崩れ落ちたのでもう一度精製しようとしたときだった。
身体中の血液がざわつくのがわかった。口の中で血の味がしたのでそこで一度魔法の行使をやめる。
「……体内の魔力の流れがおかしい?」
「ご名答。対象の魔力の流れを狂わせて正常に異能を使わせなくするま…術だ。魔法を使うのはいいが血管は破裂する上に思ったのとは全然違う魔法が発動するから気を付けろ」
「なるほどね、これで普通の魔法使いはまともに魔法を行使することができないってわけ。確かに致命的よね。ただこんな魔法聞いたことないわよ」
「そりゃあそうだろう。これはそもそも魔法じゃないからな」
「え、それはどういう――」
「おしゃべりはここまでだ。長くも持たないわけだからさっさと決めに行くッ!」
助走の必要もなく瞬く間に迫り拳を振るう。それは空を斬ったがその圧が打撃かと錯覚するほどの重さがあり一歩仰け反る。
別に接近戦が苦手というわけでもないがこの少年相手では圧倒的に分が悪すぎる。
先程から紙一重で避け続けているが確実にダメージは蓄積されていてとうとうその拳がガブリエラを捉えるとそれは複数回打撃をされたように何度も衝撃が走る。
(いや、本当に複数回叩きつけてる!?)
速過ぎて見えていないのか一撃に見えていた拳はその実複数回叩きこまれたもので、圧が打撃かと思うほど重かったのではなく実際に当たっていたのだ。
「くっ…そがァァァァァァァァァァ!!」
なんでもいい……こいッッ!
「おっと」
ヒートが引いた理由はガブリエラの両手、不格好で不揃いの形をした氷の剣が握られていた、というのも違う。氷の剣はガブリエラの手ごと巻き込み凍り付いていて少し赤が混じった剣が精製されていたからだ。
「――なるほどな。これなら見覚えがある。少し傷はつく、けど魔力線を、弄りゃなんてことない。オラ刺さってんぞ」
「あ?」
ヒートの脇腹にはジワリと赤色の血が滲んだ氷が突き刺さっていてそれを認知した途端普通であればショックで気絶するほどの激痛が走る。
「ぐ、はっ……!」
刺さっている氷を抜き出すとその場に座り込み両手を上げるとこう言った。
「降参だ」
「………………………………………………え?」
「え?っていうがこっちは腹に穴空いてんだぞ。ということでいるだろ医療班的なの、はやく俺を連れてってくれ」
そう訴えるヒートの瞳は元の青色に戻っていて医療班に連れて行かれていた。試しに『氷造短剣』を作ろうとすると問題なく精製できていた。
「……結局アレはどういう魔法だったのかな?」
それにしても妙に胸が躍る戦いだったと思ったところで気づく。
(完全にアイツラに毒されてるわね…)
「まあたまには悪くないかな!」
次の試合は傷を癒すということで明日の開催となった。
★エピローグ
「今回は面白い人材が集まったな。特にあの二人は飛び出て素晴らしい力を持っている。」
観客より少し高いところから試合を見ていた男は低く呟いた。
――誰もがいなくなった王の間で――
さて第五話どうでしたかね。
今回は少し長くなりそうでしたので急遽二部構成にしました。
ちなみにこの五話と次の六話がこの一章で一番伏線がばらまかれる回ですので今までに増して疑問点がいっぱいだったのではないでしょうか。
どこまで話していいやら難しいところですが今回キーとなるのはトラバル・アンドロウという人物ですね。
これもどこまで話すやら難しいところですがガブリエラの中では自分の疑問を解決するためにはとても重要な要素なのではないでしょうか。
さぁもう少し続きますテムバーン編、これからも注目してくださると幸いです。
次回!act06「コタエ」、闇というものはどこまでも広くどこまでも深い――