act01「時間加速」
act01「時間加速」
「どわあああああ!……夢、か」
木によりかかって寝ていた青年ハーレーは急に落ちるような感覚に襲われて目が覚めた。
「それにしても変な夢だった」
夢の内容はほとんど覚えておらずはっきりしていないが自分が『黒い何か』と戦っていた。
あの『黒い何か』が何だったのかと聞かれてもそんなことは分からないが、『黒い何か』のことを思い出そうとすると自然と鳥肌が立った。
そもそも『黒い何か』と戦っていたのは本当に『俺』だったのか?いや確かに『俺』ではあったが本当に『あの俺』は『自分』だったのか?……いよいよわけが分からなくなってきた。
「どうかしたの?ハーレー」
しゃがんでハーレーの顔を覗き込むように見上げる
金髪巨乳美少女はガブリエラ・トリスといい、ハーレーと五年以上一緒に旅をしている相方である。
ん、待てよ。もう美少女なんて歳でもないような。
「どうやってヤって欲しいの?」
「ごめんなさいほんとすみません!……ん?」
あぁこれはマズイ。
気づいたハーレーはそれと夢の内容をすぐに意識から消し立ち上がる。
ガブリエラも何かハーレーが気づいたことには気づいたがハーレーの考えが読めず諦めて立ち上がる。
ハーレーの格好は至ってシンプル。青一色の服に茶色のマント、まさに旅人という感じだ。
一方ガブリエラも水色のワンピース(丈は異常に短い)一枚にハーレーと同じマントを羽織っていて、彼女も如何にも町娘という感じで特におかしなところはない。
少し大きめのリュックを背負っている。
「これからどうする?元々当てのない旅とはいえ何か目的がなけりゃ飽きてくるだろ」
「ならまず資金じゃない?移動するのにも生活するのにも必要でしょう」
「俺は金が無くても生きてはいけるけど…」
「一般人がみんなあなたみたいだとは思わないで」
「ガブリエラが一般人、ねぇ」
ハーレーはガブリエラに睨まれると露骨に話題を逸らした。
「と、ところで資金稼ぎとはいってもなにをする?地道に働いて稼いでいられるほどの時間はないぞ」
「そんなことわかってるわよ。ならいつものとこでしょ」
「え、この近くにあるのか?」
ガブリエラは頭に叩き込んであるこの国の地図を思い浮かべる。
「ここから十分くらい歩いたとこにあるみたいよ」
「意外に近いな」
「私たちの足ではってことよ。普通なら三十、四十分はかかるでしょうね」
「そこまで本気になる必要はないさ。どうせあてのない旅だ、のらりくらりと行こうぜ」
「さっき時間はないって言ったのはあなたでしょうが」
「分単位の時間を気にするほど切迫してはいないさ」
「どこまでも呑気ね」
「余裕があるだけさ。ほら目的地も決まったことだし早く行くぞ」
さっきは急がなくてもいいと言ったじゃないと呟くとハーレーについていくようにガブリエラも歩み始める。
「…………ところでどっちにいけばいいんだ?」
歩くこと三十分、目的地が見えてきた。
「結構大規模だな」
ハーレーが見たのは大体数百人はいようかという人達。
別に一か所に群れているわけではない。むしろ一人ひとりが距離をとっていて警戒しあっている。
説明しよう。ここはバトルシティ、腕に自信のある者達が集まる場所だ。ではバトルシティではどういうことができるのか説明しよう。
バトルシティにきてまず行うことは選手登録だ。自分の名前と『賭金』を登録する。登録がすんだら次は対戦相手の募集だ。誰かが対戦を申し込むのを待つもよし、自分から対戦を申し込むもよし、とにかく対戦相手を見つけるのだ。
対戦相手を見つけたら次に勝負内容を決める。勝負の内容は勝負を行う当事者達が決めることとなっている。それはじゃんけんでも我慢比べでも早食いでもなんでもよい、ようは勝敗を決めることができればよいのだ。
それで勝敗が決まれば敗者が勝者に最初に登録した『賭金』を手渡す。非常にわかりやすくシンプル、実に俺好みである。
「ということだ。わかったな?」
「わかってるわよそのくらい」
「今回はどーー」
「あなたが出なさいよ。こういう場所ではあなたの方が好まれるでしょ」
違いないと苦笑いしてみせる。少しは楽がしたいものだがここで戦うのはやはり少し面倒である。なら一攫千金を狙うしかないだろう。
「登録したい。名前はクロノ・ハーレーだ」
そういうと受付のおじさんはハーレーを見るなり気怠そうに手続きを進める。
「ええっと、クロノ・ハーレーっと......んでいくら賭ける?」
「ざっと四十万ドルなんてどうだろうか」
「俺の年収の十倍か。稼いでるねぇ」
あのバカ、とガブリエラは呆れた様子で思った。
そんな大金持っていたらこんなとこ来てないっつうの…
「ちなみにここで一番賭けが高いのは誰だ?紹介してくれ」
「今んとこ君が一番だよ。次点では十万ドルのーー」
「俺だ」
ハーレーが振り返るとそこには五メートルほどの巨体を持つ男がいた。
「……非人か」
非人とは文字通り人ではない者達のことをいう。とはいえ人間の血も交じっていたりするので一般的には半人と呼ぶ。
非人とはいわゆる『煽り文句』だ。
少しむっとした表情をしただけの男にハーレーは驚いたが、
「よし決めた、俺の相手はお前さんだ。で、勝負内容はどうする?」
「『殺し合い』」
大男が真顔で言い放ったその一言に周囲のギャラリーは凍り付いた。が、ハーレーだけは笑ってみせた。
「お前さんが?『殺し合い』?冗談はよせ、出来るのかお前さんに」
大男は眉を顰める。それは怒りの感情というよりーー
「ルールはどちらかが戦闘続行不能になった時点で終了。これでいいな?」
大男は黙る。ハーレーはそれを肯定と受け止め剣を構える。それに応じて大男も剣を抜く。
ハーレーは剣を前に突き出す形で肉迫する。大男は大きく横に薙ぎ払うが、それを簡単に受け流すと『まずは一本』もらった。
先に剣が地面へ落ちる音、次に温かい血糊が周囲に散らばる音、そして右腕が血だまりに落ちるべちゃりという音。
大男はハーレーの動きについて冷静に分析する。
目で捉えられないというわけではないが動きに追いつけない。どう動いているのかわかるのにそれについて行けないのだ、これほどもどかしいタイミングはない。
しかもあえてそういう動きをしてくるのだ。相手にしていてこれほど面倒な敵もそうはいない。
大男はひそかに笑う。
「面白い、実に面白い。先程は油断したが今度はそうはいかんぞ」
「お前さんこそ腕を落とされて声一つ上げんとはやるじゃないか。…名前は?」
「アーナルド・ジィバーハだ」
「アーナルドか、覚えておくその名前」
アーナルドは残った左腕でハーレーよりも大きい剣を拾いあげると縦に大振り、それをハーレーは避けて跳び上から左腕を斬りかかる。
が、ハーレーの剣がアーナルドの左腕を斬ることはなく左腕にはまったまま動けない。
動けないところを狙ってアーナルドがハーレーを食いちぎろうと口を開ける。
それを剣から手を放すことで間一髪避けたが剣が刺さったままの左腕を振るいハーレーをはたく。
かろうじて上体をそらすことでその打撃を避けたハーレーは地面に着地すると数歩後ろへと下がった。
「剣が抜けないって恐ろしい筋力だな。さすがは非人ということか」
「その言い方はあまり好きではないな。……しかしながらその身軽さならもう戦うための武器はないはず。ならばもはや俺の勝ちということにはならんだろうか?」
確かにハーレーはもう武器を所持していない。それに加え剣術こそそこそこの腕はあるが、体術なんて最低限できるが実践では役に立たないレベルである。
それを知っていたガブリエラは次にハーレーがとる行動も容易に予想がついた。
ハーレーは少し苦笑いをしてから『剣を持っているかの如く構えた』。
やっぱりと呆れつつハーレー、ではなくハーレーが構えた手を見ていた。
刹那、周囲に冷気が満ちその冷気が一気にハーレーの手に凝縮され『一本の剣』を形作った。
「お前『魔法使い』だったのか?」
「どの学校でも基礎くらいは教えているような時代だ、別に剣士が魔法を使えたっておかしくもないだろ。安心しろそんなに大げさなものが使えるわけでもない」
「五大属性魔法の水、いや応用の氷か。応用魔法が使えるだけでも大したもんだとおもうがッ!」
アーナルドが剣を振り下ろしそれを避けてハーレーが行動に移す前に斜めに斬りあげる。
それをハーレーは氷の剣で受け止めようとするが、正面からぶつかった瞬間氷の剣はあっけなく散った。
「んなっ!?」
ハーレーは迫りくる剣の刀身を蹴りあげて軌道をずらし辛うじて避けると思わず振り向きそうになるが今はそれをやめる。
「適当な仕事しやがって!こうなりゃ、魔力接続!コード『神の力!」
ハーレーの纏う雰囲気が全体的に変化する。アーナルドはその時微かにハーレーの後ろに何かの気配を感じた。
しかし今はそんなことを気にしている場合ではない。ハーレーの手には刀身だけで約四メートル強もの氷の大剣が握られていたのだ。
来るか、とアーナルドが構えた瞬間に事は終わっていた、いや正確には直後か。
脚に激痛が走ったと思ったらすぐに立てなくなり前のめりに倒れてしまう。
「なん、で…」
「アキレス健だよ」
いつの間にかに再び目の前に現れたハーレーはそう言った。
「さすがのお前もアキレスを切られては立ち上がれないだろ」
「アキレスくらいオレだって知っている。そうではなくどうやって…」
アーナルドは先程からプルプルと小刻みに震えながらハーレーに問う。
顏は伏せているため表情はうかがえないがこれは相当お怒りのご様子だった。
「どうやってって、そりゃあさっきの大剣見たろ?あれで数回ズバッとやったわけさな。お前さんのは相当かたそうだったからあんだけのを用意したわーー」
「違う!」
ようやくあげられたその顏を見てハーレーはようやくアーナルドの感情を知った。
(なるほど、答えが目の前にあるのに答えが分からんというのが一番嫌いなヤツか。半人にしては知識欲にあふれる奴だ)
「どうやって『一瞬とまでの速さとは言わないが約一秒程度でオレの後ろへ回ってアキレスを切ることができた』?」
「魔法に決まっているだろ」
「……なるほどそうか魔法か。となればアレは肉体教化系の魔法か」
何か知らないがアーナルドが上手く勘違いをしてくれたようで助かった。ごまかす手間が省けるうえに、『コレ』のことは話すなとガブリエラにも言われている。
そんなことを考えていると足元に影が落ちた。雲でもかかったのかと空を見上げると視界に広がったのは雲がかかった空、ではなく大きな、本当に大きな手だった。
「なッ!?」
ハーレーは避けようとしたが完全に不意打ちだったため成す術もなく地面へと叩きつけられてしまう。
彼が気が付けなかったのは不意打ちだったからということもあるが、何より『敵意』というものを感じられなかったからだろう。
アーナルドの大きな手から逃れようとしたが単純な力ではやはり勝てるはずもなかった。
「あまり騒ぐな、ここでやられたふりをしていれば誰もお前がオレと話しているとは気付かん」
そう小声で言うとハーレーに乗せていた手の隙間を少し開けた。これで多少は楽にはなったが。
「それで何の用だ?」
アーナルドにあわせてハーレーも声を抑えて話す。
「これならよほど耳の良い奴がいない限りは何を話しても聞こえんだろう。さあ話せ、さっき使った魔法はなんだ?」
「お前が読心されないという保証は?」
「読心魔法は獣には効かん。ならば獣が混じっているオレが読心される道理はないだろう」
「それもそうか。…ならいい話そう」
ようやくその気になったかとアーナルドは微笑む。それを見たハーレーは苦笑いで返してみせた。
(実は一人にはこの会話は筒抜けなわけだけど、まあ俺が叱られるだけだし構わないか)
「俺の魔法は時間操作系魔法だ」
「時間操作?聞いたことがない」
「そりゃあそうだろう、こんな魔法は見たことがないって『専門家』が言ってたんだ」
「で、系と言ったからには別に魔法名があるだろ、それはなんだ?」
「『時間加速』。といっても研究中のもので正式名称も決まってない。つまりこれは俺が付けた仮称というわけだ」
「その仮称から察するに二、三倍のスピードで動けるというものか?」
「違う四倍だ」
それを聞いたアーナルドはその数字に驚愕したが先程の動きを思い出して納得したように頷いた。
「いや正確には違うらしい。『専門家』が言うには『一般の時の流れで言う一秒の中に自身の時間を四秒造る』っていうものらしい」
「分かりづらいな」
「だから俺は通常時の四倍で動くことができると自分なりに解釈しているわけだ。『専門家』に言わせれば全然分かってない、とのことらしいがな」
そう言った後にハーレーの指先が微かに凍り付く。
(そろそろ頃合いか)
「さてとそろそろ脱出させてもらおうかな」
「出来るものならッ!」
「出来るさ!」
その場を再び冷気が包み込む。それと同時に両者が氷の柱に閉じ込められてしまった。
周囲の人々は口をぽかんと開けて驚いてはいたが、ガブリエラだけはこの結果に呆れてしかし少しらしいとも思ったのだった。
しばらくすると彼らを包んでいた氷柱は砕け中からは寒さに震えるハーレーと若干眠そうに目をこするアーナルドが出てきた。
「こ、今度会うここことがあ、あったなら次は『一対一』でせせ正々堂々と戦おう」
ハーレーはかじかんだ手をゆっくりと動かし手を伸ばす。それに応じるように眠たそうに握手を交わす。
「…あぁ、それとこれは情報料だ……。これで相方は満足するだろう」
それだけ言うとアーナルドはふらふらしながらどこかへ去っていった。
「獣だから冬眠ってか?獣人も大変だな」
ハーレーは手の中で微かに炎を生み出して体を温めていたがガブリエラが近くに来るとそれを握って消す。
「…さっき火を出してなかった?」
「???気のせいだろ、俺は『魔法をまともに扱えないし』。俺が使えるのは『時間加速』くらいなのはお前も知ってるだろ」
「…………まあいいけれど。それでおいくら?」
ハーレーはアーナルドから得たお金をそのままガブリエラに渡すと一瞬喜ぶとすぐにその笑顔が曇った。やはりこれでは満足できなかったか?
「そうじゃないわよ…。ただあなたが私の魔力を使って大暴れしたから疲れただけ。あなた以外に『時間加速』の適性を持ってる人なんて五人もいないのよ。私だって間接的にでも簡単に扱えるようなものではないのよ」
そう言うガブリエラを見るとところどころに疲労が見える。
「そりゃあお前、まさか自分だけが楽して金が手に入るなんて思ってないよな?」
「うっ、そ、そんなことないわよ。それはそうとして合図くらいしなさいよね、急に魔力抜かれて気を失うとこだったのよ」
「嘘つけっ!お前がそんなにヤワじゃないの俺知ってる!」
「……気を失うは大袈裟にしても私じゃなかったら血ヘド吐いてるわよ」
「さすが『熾天使い』ってとこだな」
「あなた簡単に言ってるけど本当に『熾天使い』について理解してるの?」
「魔法使いの中でもトップクラスの使い手ってことだろ」
ハーレー達は近くにあった宿屋で一つ部屋をとりその部屋のベッドに腰をかけて休んでいた。
「そうだけどそうじゃなぁぁぁぁぁい!!このドアホ君には魔法のことを一から叩き込む必要がありそうね。さぁ久々に授業でもしてみますかね」
「せんせー、ボク学校行ったことないからどんな感じかわかりませーん」
「知らないわ、そんなことは私の管轄外よ。じゃあ授業を始めるわよ、ハーレー君!」
ハーレーが思わずはい!と返事するとガブリエラは満足そうに笑った。
「まず魔法がどういうものかはわかる?」
「それは散々聞かされてきたから俺でもわかるぜ。魔法ってのは魔力を持ってる人が行使できるものだな」
「そう正しくはみんな魔力は持っているのだけれどもそれだけで魔法が使えるわけでもない。元々魔法っていうのは天使とかそういった上位種のみが扱える神秘だったのよ。
私自身そういうのを見たことあるわけではないけど魔法が使えるってことはいるんでしょうね。そして人間は彼らの扱う神秘に憧れてどうにか使えないものかと考えた」
「それが詠唱ってことか」
ガブリエラは頷き、短く何かを言うと手のひらの上に小さい氷が生み出される。それを指でもてあそびながら説明を続ける。
「詠唱ってのはいわゆる天使と話す言葉なの。それで私達は詠唱で語りかけるの、『私が持っている魔力をあげるからその代わりに貴方達の魔法を使わせて下さい』ってね」
「なるほど、でも天使はその魔力を受け取って何かメリットみたいなものはあるのか?交渉というからには等価交換だろ」
「この世界における魔力とは生命の証で高ければ高いほど生命は強く輝き、さらに上の存在へと成ることが可能なのよ。天使はさらに上の存在に、『神』に近づくことが目的なわけ」
「ふーん、天使とかは綺麗なイメージがあるけど欲みたいなものも一応持ってんのな」
「欲というより天使的には望みといったところかしら。そもそも天使は神の使いで神に近づくことは結果でただ神のお傍にいたいって感じになるんだろうけれど」
「それでお前の『熾天使い』ってのはつまりどういう意味なんだ?読者にも分かるように三行で答えなさい」
「かしこい。かわいい。つよい。」
「いいのか?そんなことでいいのか?」
ガブリエラは一瞬黙り自分の魔法で生成した水を少し飲むと部屋の中を歩き始めたが疲れたのか正気に戻ったかベッドに座り直す。
「学校でも習うとは思うけど魔法使いってのは基本的に格付けがされてるのよ。まずは『天使い』、一番下のランクで魔法学校に通っている見習いのことを指すわ。
次に『大天使い』で魔法学校に通っている成績優秀者のことで奨学金とかの特別待遇が受けられるわ。その上が『権天使い』で学校を卒業した時点で与えられるの。
で、これら三つを束ねて『下級天使い三隊』と言われているわ」
「隊とは物騒だな。まるで戦争でも始めるみたいだ」
「格付けについては聞いての通り、天使の位をマネたものよ。だからその呼び方にも余り意味は無いわ」
ガブリエラはつまらなそうに髪を指先でくるくると弄ると目の前に氷を出してみせる。それだけで少し部屋が涼しくなった気がした。
「次に『能天使い』、これは主に先生とか何かを教える立場にいる人のことを言って私もつい五年前くらいには教師をやってこのランクだったこともあったわ」
こんな教師がいたら生徒達も色々大変だったろうな、とハーレーは思った。
何故ならこんな巨乳の比較的(?)若い先生がいたら男子はまず授業に集中出来ないだろう。
そして少しでもそういうことを考えればーー
「そこ変なこと考えないの」
・・・・・・こんなふうに考えを読み取られてしまう。全く、教師としてはこの上なく厄介である。
「少し話が逸れたけど続きを話すわね。次は『力天使い』で魔装隊、いわゆる国の保持する軍隊のことでそれに所属してる魔法学使い達のことを言うの。
ちなみに『力天使い』の人達の衣食住は国が保証しなければならないと魔法協会が定めているの」
「国が生活を補助してくれるのは助かるな」
ただその代わりに国には絶対服従だから少し窮屈ではあるけどね、と肩をすぼめた。
「次が『主天使い』、この人らは魔法協会の職員ね。ここになりたいのなら相当知識を持っていないと色々と大変だからあまりオススメしないしこれまでの中では人が少ない位ではあるわ」
それでこれらをまとめて『中級天使三隊』と呼ぶわ、と言ったところでハーレーが質問をした。
「さっきから魔法協会って単語が何回か出たけどこいつらは一体何ですの?」
「あら教えてなかったかしら。魔法協会っっていうのは魔法使い用のギルドみたいなもので魔法使いに仕事を提供したりしてるわ。大きな町には一つくらいあって他にも周辺の自治なんかもやってたり。
んで、こいつらには大ボスがいて大魔法協会っていう老が……世界に名を残した魔法使い十人で運営してるの。彼らは魔法使い達に関することを決めていて、今説明してるランクもこいつらが定めてるものよ」
色々大変なんだなと適当に聞いているハーレーを少し睨みつつ説明を続ける。
「最後に教えるのは上級天使三隊についてね。まずは『智天使い』、魔法学における研究で成績を残した人に与えられるランクよ。ここは毎月膨大な研究費を与えられるかわりに相当コキ使われるわね、噂では何か非人道的なこともやってたとか」
「それって大丈夫なのか?」
「『大丈夫な訳ないじゃない』。だからここの人達は自分のやっている研究内容について一切しゃべらないのよ。まあ何かを成すには何かしらの犠牲がいるってことで諦めてはいるけどね」
そう言うとガブリエラはまた自分の魔法で生成した水を飲みベッドの上で横になる。
ハーレーは知っていた、ガブリエラが自分で作った水を飲むときは決まって落ち込んでいるときだと。
「次に『座天使い』、戦いにおいて多大なる戦果をあげた者に与えられるランク。ほぼ自己満足の為のランクで何の付加価値もない、あるとすれば軍隊では重宝されるってことくらいかしら」
確かにどうしようもないなとハーレーは笑い、ガブリエラはベッドの上で一回転がった後座り直した。
「そして最後『熾天使い』、私のいるランクで魔法協会で定められているランクの中では最上級のもので七枠しか存在しないの。これに当てはまる魔法使いは『熾天使』と魔法契約を結んでいるものなの。
それが決して意図したものでなくとも自然に契約していたということも極稀にあるわ。座はそれぞれ『アブディエル』、『メタトロン』、『セラフィエル』、『ウリエル』、『ガブリエル』、『ミカエル』、『ルシフェル』がいて現在では『アブディエル』と『セラフィエル』が空席のままね。
で、『熾天使い』はそれぞれ対応している『熾天使』の魔法が使えるわけ。ちなみに私は『ガブリエル』ね。『ガブリエル』は氷の魔法に長けているから私は氷の魔法を得意としているわ。
まあ元々火の方が適性は高かったんだけどね」
「それじゃあなんでわざわざ氷なんて、火を鍛えなかったんだ?好きじゃなかったとか?」
ガブリエラはしばらくうーんと考えこう言った。
「相性の問題?」
「もう俺にはわからん。それでガブリエラって名前も確か本名じゃなかったろ?」
「そうよ。『熾天使い』はそれぞれ名を与えられるの。今はガブリエラ・トリス、昔は、というか本名はフレンダ・トリスよ」
「あれお前そんな名前だっけ?」
「別に覚える必要もないわよ、今となってはほとんど意味のない名前なんだから」
「意味ならあるさ。お前の両親が残してくれた唯一のモノだろ?なら大切にしろよな」
「………………………うん」
よし、とハーレーは笑うとガブリエラの少し曇っていた顔色にも明るみが出てきた。
「話は一段落ついたしそろそろ風呂でもいくか」
二人は立ち上がって部屋から出ると受付でお風呂がどこにあるか訊いてみたところ受付のお嬢さんがここを右に行けばというのでそちらに行こうとしたらもう一人の人が今度は左に行けというのだ。
どうしたのかと聞くと右側の風呂はどうやら清掃中で使えないということだった。それなら仕方ないかと左へ行こうとしたところでガブリエラが裾を掴んだまま動かない。ガブリエラにしては珍しく動揺しているようだった。
「どうした?」
「えっとぉ……この先には………露天風呂がある、らしいわよ」
「そいつはいいじゃねえか、ほらさっさと行くぞ」
ガブリエラの手を取って子供のように強引に連れて行く。口ではさらりと流していたが内心ではとても楽しみにしているようだった。
いつもそうだ、彼はいつも全てのことを子どものように楽しむことができる。
よく言えば元気、悪く言えば能天気、トラブルはいつも彼が…彼が……訂正、私も同じくらいトラブル持ち込んでるかも。
どんなトラブルも私ひとりでは解決できないようなことばっかで、困った人をみつけると自分のことはおいといて助けてしまうお人好しだけれどもーー
(まあそんなアナタだからこそ私はついて行ってるわけだけどね)
しばらくすると男と女の表記が見えた。一旦ここで分かれるようだ。
「じゃあ一人だからって泣くなよ?」
「別に……それに多分一人じゃないし」
他にも人がいるか、そりゃそうだと言い二人はそれぞれの脱衣所へと行った。
ハーレーは服を脱ぐと早速風呂へと向かった。
「誰もいねえじゃねえか。……まいいか、むしろこっちの方が気楽ではある」
体を洗い湯につかると足から上へジーンとなる感覚があった。この感覚好きではある。
「湯はいい感じだし風景も悪くない。こりゃいいとこ見つけたかもな」
そう思った矢先にぺちゃりと足音とも水音ともわからない音が聞こえてきた。
「ハ、ハーレー……」
呼ばれたのでそのまま頭を後ろに持っていくとタオルを巻いたガブリエラがいた。
とはいえ思いのほか近い距離にいたため若干下から覗く形になってしまったが気にしない。
「お?ガブリエラか、遅かったな。……………………………………………………………………あ?」
二度見した。驚きのあまり思わず二度見した。
「なななななんでここに……!?」
「ここは…混浴だったみたい」
ここでようやく合致した。さっきの反応は受付の人の心を読んでしまったが故のものだったのだと。
(落ち着けハーレー、ここで動揺を悟られたらマズイ未来しか見えない。ガブリエラもそれどころじゃなさそうなのが幸いか)
「………まあ今更だろ、今更。今更互いの裸をみたからってどうということはないさ」
(あれ、俺メチャクチャ動揺してね?)
「そ、そうよね。今更よねうん……」
そう言うと静かにハーレーの隣りに座る。足元がおぼつかないのか地面が多少ぬめっているせいか少しゆらりとなった。
ガブリエラはずっと月を見ていた。他にやることがないのもそうだが余裕もないからだ。
ハーレーは横目にガブリエラを見ていた。月が綺麗なのもそうだがよりキレイなものを見つけたからだ。
(にしてもすげぇ体だよな。中身がガブリエラじゃなかったら理性が持たないレベルだ)
「む、いかんいかん。俺は先にあがるわ」
ハーレーが立ち上がると足が滑った。地面がぬめぬめだったせいもあるがハーレーがある意味集中していたせいでもある。
「あ、あぶなーー」
ガブリエラが急いで支えようとするとハーレーはガブリエラの双丘に登頂した。事故だから仕方ないネ!
一瞬の沈黙。
「決めた」
ハーレーが双丘に顔をうずめたまま言った。
「な、なにを……?」
「俺は今日このデカイおっぱい枕で寝る」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!こんの、バカ!」
風呂のお湯なんかではとけないような氷の柱が作り出された。その中には哀れな人間が一人……
ガブリエラはそのままハーレーを放置すると脱衣所に向かってしまった。しかしまんざらでもないガブリエラであった。
エピローグ
ガブリエラが部屋に戻った頃、露天風呂に一人の男が入ってきた。
「うおっ、なんじゃこりゃ。………ん?」
その男は四十代くらいに見えたが、年齢に合わない筋肉質な体をしていた。その体にはいくつもの傷があり、その声には重みというものがあり、その動きには隙がなかった。
そして男が氷柱に触れるとその氷が数分とかからずに溶かしてしまった。
『熾天使』の力で造られた氷を、だ。
ハーレーは解放された瞬間お湯の中へ飛び込んだ。そこから顔だけ出すと「あんたは…」と言った。
男は一言だけこう言った。
「ミハエルだ」
そう言うとニヤリと笑みを浮かべた。
お久しぶり?もしくは初めましてあすらです。さてようやく一話ということですがまあ時間がかかってしまいました。見ての通りこの作品は剣と魔法の王道ファンタジーです。最初私から言えることは少ないですがどうか彼らの旅路を最後まで見守っていただければと。
あとこの小説のコンセプトとしては字の分が短めで会話に重点を置いています。
小説を読む、というより小説を見るという感覚に近いのではないでしょうか。
とにかく!これからどうぞよろしくお願いいたします。