1-4
「ところでだ、君。最近この辺りで……出るらしいのだよ」
ぼそっとマナが漏らした。
出るって……なにが?
俺は問い返した。
彼女が答えようとしたその時。
『うほー!』
突然耳をつんざく音が轟き、
地面がわさわさと揺れた。
「ほら、あれだ」
目を凝らすと。
黒くふさふさとした毛に覆われた高さは三メートルはあるであろう獰猛な動物。
それがなんと二匹もいた。
胸から下は動物園で見たことがある気がするし、顔はテレビで見た気がする。
だが――なぜ――
「ゴ……リラックマ……が?」
「あれは使われし動物だ。本来メモリアルには出現しない。走るぞ!」
走りながら俺はきく。
「魔法で倒せないのか?」
「使われし動物は非破壊オブジェクトなのだよ」
「なんでゴリラックマが非破壊オブジェクトなんだよっ!」
再びゴリラックマの雄叫び。
その直後。
『俺を置いて先に行け!』
と突如低い大声が響き、激しい閃光が走った。
爆音が轟く。
そう……一方のゴリラックマが爆発したのだ。
凄まじい風が吹き、勢いよく何かが俺にぶつかり。
俺は後ろへと倒れた。
そしてそれは気づくやいなや抱きつき、潤んだ目でなにかを訴えてきた。
やべ、可愛いすぎる……等と思っている場合ではない。
もう一方のゴリラックマがくっきりとした腹筋の見える胸を叩きながら迫ってきていた。
俺は少女の片手をとり、立ち上がらせる。
少女は体を震わせ、目をぎゅっと瞑った。
地響きが近づいてくる。
俺は彼女の肩にとんと手を置き、「いくよ」 と言った。彼女はかすかにうなずいた。
俺たちは再び走り出す。
だんだんと巨木が見えてきた。
「巨木はすぐそこだ」 マナがそう言った時。
「きゃ……っ!」
少女が転んでしまった。
迫り来るゴリラックマ。
ゴリラックマの振り上げた拳は少女のすぐそばを直撃し、地面にヒビを入れた。
俺は反射的に地面に横たわる少女を抱き上げる。
しかし、俺のすぐ前にゴリラックマが。
ゴリラの目がキラリと光り、再び拳を振り上げる。
思考が停止していた。
顔面に風を感じる。
すぐ目の前の地面に拳。
かかとが削れる感覚。
マナが俺の服の後ろ襟をぎゅっと掴み、俺をずるずると引きずりながら猛ダッシュしていた。
「痛い痛い痛いっ!」
彼女はちらと振り向き、少女をお姫様だっこしている俺に冷ややかな視線を向けた。
彼女は俺の後ろ襟を掴みつつ巨木の下にある不思議な幾何学模様を踏み、
「ダズル地方へ!」と大声で叫んだ。ゴリラックマの咆哮はすっと耳から遠のいていった。
その頃。
レンの死体の傍らに、カラフルな色の服を着た人物が座っていた。
何度も唱えた言葉。
「トップを邪魔するものは、私が排除する」
レンの死体を『大地に帰し』ながら、呟いた。
そして、もう一言。
「杯犯磁商を『大地に帰さ』ねばならない」
その人物は、空中を指で弾いた。
空間が歪む。
「トップ殿、カル・ド・レンを排除致しました……ええ……フィン・レ・ディンは逃がしてしまいました……ええ……興味深いものも発見しました……シャミル・マナです……本物ですよ……見知らぬ男もいました……ええ……わかりました……幸福を祈ります」
レンがゴリラックマに襲われた場所は、何事もなかったかのように何ひとつ残ってはいなかった。
その人物も、空間の歪みも、既に姿を消していた。