大学生と火
「ある大学生の場合」の続き。
得体のしれない洞窟の中、目の前に浮かぶ得体のしれない火に手を伸ばしてみる。温かい。
手を近づけても、火は思ったほど熱くはなかった。そのまま手で触れてしまっても平気なようにも感じられたが、さすがにそこまで思い切ることはできなかった。この火の塊だと思っているものは本当に火なのか、それとも別のものなのか。
生き物・食べ物・不気味な物。
どれなのか考えを巡らせる。悠長だ。状況が異常なことは理解していたが、自分が何者かに監禁されているのではないか、化け物に取って食われるのではないか、死がそこに待っているのではないか。そういった恐怖が、何故か襲ってこなかった。ふと、小学生の頃に川でおぼれた時のことを思い出した。
あの時に似ているな。
ぼんやりと突っ立っている自分に気がついて、首を振る。楽観は良いが、さすがにぼんやりはまずい。
壁に左手をついた。よくある迷路の脱出法だ。壁に片手をついて歩き続ければ、いずれ脱出できるという。迷路の規模が分かっているか、無限に時間があるのなら間違いなく有効な方法だろう。今はそのどちらも条件として揃っていなかったが、俺に思いつける最良の方法だった。どこかで何かを見つけられれば、そこでまた考え直せばいい。とにかく、何か情報を得なければ。
一歩二歩と歩き出すと、火はやはり俺の後をついてきていた。
味方なのか?
火に敵も味方もあるのか分からなかったが、俺は火の事を頼もしく感じていた。火に照らされた道を歩きながら、考えを巡らす。左手で触れている洞窟の壁は冷たくはなかった。洞窟というと、もっとじめじめとして冷たいようなイメージがあったが、ここはそうではない。では、いわゆる天然の洞窟ではなくて、例えば人が何かに利用するために作ったような、湿気を取るための空調設備もあるような、人口の洞窟だろうか。大した旅行経験もない、平凡な大学生の俺には、洞窟のバリエーションというのは思いつきもしないことだった。まぁ、学科によっては、洞窟に対する知識が豊富になるようなものもあるのだろうが、それはいったいなに学科だよ。
自分の考えに首をかしげた時、ふいに火が消えた。
火は消えたが、俺の目には洞窟の様子が見えたままだった。
この続きは少し先になります。