ある大学生の場合
眠りについた記憶はなかったが、目が覚めると暗かった。
暗闇の中なのか、俺の眼が見えていないのか。その違いもわからないほどに暗かった。
いや、暗いと感じているだけで、本当はここがどこなのかもわからない。
ただ、手や肩や腰に触れている感触は冷たくごつごつとしていて、少し湿った空気の流れもあって、まるでここは洞窟の中のようだと感じた。
思い出せない。
もしここが洞窟の中だとして、俺はそこになぜか横たわっている様だった。手で周りを探りながら、ゆっくりと起き上る。
起き上がれた。
空気の流れからも、それなりに広さはあるように感じた。感じるだけで、なにしろ状況がわからない。声を出してみるか、躊躇する。
「おーい」
何と言うべきか迷った挙句、定番の一言に落ち着いた。俺の声はこの場所に響いたようだが、戻ってはこない。人の声も、物音もしない。明かりがあれば……。
火が揺らめいた。
ぎょっとする。ここは洞窟だと、認識できていた。急に何もかもを悟ったように、体が質量を取り戻した。二つの足ですくっと立ち上がる。洞窟の壁に触れる。そこは、微生物がいるのかも怪しく感じる、無機質な洞窟だった。そして、目の前には火が揺らめいていた。ロウソクでも松明でも何でもなく、火だけが宙に浮いていた。空気は揺らめいているが、はたしてこの火は酸素を消費しているのか。炭素との結合は?
火はどの方向へもなびいていなかった。風の吹く方向でもわかれば出口を探すために歩くこともできるのだが、これではどちらへも歩いて行けない。きょろきょろと落ち着きなくあたりを見渡した。そしてもう一度火を見つめた。
足を踏み出してみる。火から遠ざかるつもりで、歩き出してみた。
数歩歩いてみる。火を見る。数歩歩いてみる。火を振り返る。距離が変わっていない。
考えるべきことは多かった。時間の感覚はよくわからなかったが、この先が長そうなことはよくわかった。命の危険は不思議と感じなかった。その理由は後から気付くことになるが、俺はもう一度火を見つめてみることにした。
「大学生と火」へ続きます。