大神のうぶ声
気がつくと歌が聞こえていて、それ以前の記憶が私にはなかった。
見上げると青い空だ。私は草に覆われた地面の上に寝ているようだった。首筋や手にチクチクと草が触れていた。体をゆっくりと起こしながら、息を吸い込み、匂いを確かめる。
どうやら私は生きているようだった。
何か、急かすような声が聞こえたような気がして、歌に引き寄せられるように立ち上がり歩いた。私は歩き方を誰に教えられたのだろう?
私は背の高い男で、腰から大きな剣を下げていた。自分の職業について考えを巡らせるが、さっぱり見当がつかない。
ここは森の中のようだった。その証拠にほら、木がたくさん生えている。陽だまりに花が咲いている。花には名前がつけられているものらしいが、残念ながら私は花の名前をあまり知らないようだ。黄色い小さな花としか言いようがなかった。花に名前を付けるセンスも特にないようだ。
私は迷子だろうか?
何に対しての?
歌声には確実に近づいていた。明るい歌声だったが、寂しさがわき上がってくるような不思議な女性の声だった。
風が雨が
流す 流す
思いを時間を
流す 流す
涙が笑顔が
消える 消える
夕日が命が
消える 消える
聞き取れたのはそんな歌詞だった。
「!」
ひときわ大きな木の幹を回り込もうとすると、その向こうに立っていた少女と目が合って歌声が途切れた。少女のまつ毛は長いようだった。大きな目が見開かれ、ふっくらとした唇がつぐまれ、薄茶の長い髪が穏やかな風と少女自身の身じろぎによって揺れた。そして少女の尻尾も大きく振られ、ぴょこりっと、髪に隠れていた毛に覆われた三角の耳も飛び出し、その動作からこちらを警戒している様子が容易に見て取れた。
私は怪しい人間だ。
それを否定する考えが浮かばず、その場に沈黙が下りた。
少女の頭の中ではいろいろな考えがめぐらされている様子だったが、私はただ一つ。
少女に名乗る名前すら持ち合わせていないことに愕然としていた。
「あの」
「な、なに!?」
やっとの思いで口を開くと、少女が叫ぶように聞き返してきた。やはり可愛らしい声だ。
「一緒に、私の名前を考えてもらえませんか?」
「はっ?」
少女は急に低い声で聞き返すと、少ししてから、とても楽しそうに元の可愛らしい声で笑い始めた。
どこかに続きます。