朝と薪入れと青空
前の話を更新した時にランキングに乗っていて、思わず声を上げてしまいました。読んでくださった方々ありがとうございました。
「早く夕方にならないかしら。あたしも篝火を付けてみたい」
隣で朝食を食べているクノエさんがそう呟いた。あの後薪を狐に渡した後、時間も時間だったので社務所に戻って朝食を食べている最中だ。
このゲームに入ってから何だかリアルの世界の時よりも規則正しい生活をしている気がする。
しかし、まだ朝食を食べている時間なのにもう夕方が恋しいとは些か気が早いとは思う。
「まぁ、そう逸るな。それに今回が特別じゃ。本来は1つ1つ灯りを付けるのじゃぞ」
「はぁい。分かってます」
何の事かと社務所への帰り道にクノエさんに聞いたところ、今日の夕方の篝火を付ける時、前回狐が俺にして見せた様に一斉に灯りをともすのを、クノエさんがやらせてもらえるという事だそうだ。
確かにあれは見ていて見事だった。実際に目にした俺ももう一度見て見たいと思うものであるし、それをまだ見ておらず話しか聞いていないクノエさんが期待するのも少し分かる気がする。
よほど楽しみなのか、食事をしているときのクノエさんの顔はずっと笑顔のままだ。
「そう言えば……ミコトよ。お主が作ってきてくれた薪じゃが、妾らと別れてからずっと薪割りをしていたにしてはちと少なくないかの?」
片手に茶碗を持ちながら狐が訊ねてくる。質問してくるのはいいのだけれども、頬に米粒を付けた状態というのは、何だか間抜けな気がしてつい頬が緩みそうになる。
しかし、そんなことをしたら狐に何を言われるか分からないので、口を引き締めて問いに答える。
「途中で人がきて、その人が薪割りをちょっとやっていたんだ。その分俺がやっていない時間がある」
「ふむ、そう言うことか。納得したわ」
「納得というか、俺がいた空き地に来たってことはその前に参道を通った訳だろ。気付かなかったのか?」
そう尋ねると狐は手に持っていた茶碗を膳に置いて腕を組み唸り始める。
その姿を横目に見ながら隣で「おいし~」と顔が蕩けているクノエさんにも尋ねる。
「あのさ、狐と参道にいた時に誰か通らなかったのか?」
「え?誰かって、そうねぇ……特に話しかけられることもなかったし、あまり覚えてないかも。というよりあたしずっと狐さんと話してたし」
クノエさんも首を傾げて考えているが、まさかあの時あった青年が実は存在していませんでしたなんてことはないはずだ。『気配把握』ではしっかりと確認したのだから。
「……あぁ、そう言えばクノエでもない気の奴が一人通ったの」
思い出したと言った顔で狐が口を開くが、隣のクノエさんは「そうだったっけ?」と首を傾げたままだ。
「狐はああ言っているけど、クノエさんに心当たりは?」
「あたしにはないんだけどなぁ」
狐とクノエさんで答えが違っているが、これはどういう意味なのだろうか。
狐に答えを聞こうと思って前を向くと狐が黙って徳利を差し出してくる。
朝から酒を飲むのはどうかと思うが、黙ってその徳利を受け取り、狐が持ったお猪口に酒を注ぎながら答えを促す為に尋ねる。
「お前とクノエさんが違う答えなのはなんでだ?」
「お主の所に来た奴が気配を消していたからじゃろう」
「気配を消すって、神社の中でスキル使っていいのか?」
「別にスキルを使おうが、妾には分かる事じゃからの。特に禁止にはしておらんわ」
「でも忘れかけていたじゃないか」
「危険性のない奴なら特に気にすることもあるまいて」
「スキル使ってたって、あたし気付かなかったわ」
「それだけ奴のスキルがクノエを上回っていたのじゃろうよ」
まぁ、ここの主である狐が特に気にしていないのであれば、俺が気にしても仕方がないのだろう。
これ以上聞いてもこの話題に意味はない。そう考えてもう空になった狐が差し出すお猪口に酒を注ごうとするが、手に持っていた徳利からは何も出てこない。どうやらもう飲み切ってしまったようだ。
狐の顔を見るとどうやら意味が分かったようで、小さく残念そうに溜め息をつくとお猪口を膳に置いて手を叩く。
すぐに襖が開き巫女さんが顔を出す。
あまりの速さにクノエさんは「ずっと待機してたの!?」と驚いていた。俺は一度狐から仕組みを聞いているので特に驚くことはないが、NPCの巫女さんを一瞬で召喚する狐の凄さには感心してしまう。
そして巫女さんを呼んだから酒のおかわりかと思っていると狐は
「全員の膳を下げてくれ」
と言って立ち上がった。
――――――。
「……良いか、ここで薪を入れるのじゃ」
「なるほどね。あ、コマンドが出てる」
参道の篝火の前で、クノエさんが狐に教わりながら薪を入れている。
あの時全員の膳を下げさせた狐は俺達を連れて参道にやってきた。日が暮れるにはまだまだ時間があるが、初めて火を灯すクノエさんに一から手順を教える為に早めに行うことにしたのだそうだ。
二人は一つずつ薪を籠に入れていっているが、此方は特にすることが無いので、さっきからずっと、あとを付いて行っているだけだ。
「ほう、クノエは筋が良いのぉ。少し教えただけで問題ないわい」
「まぁ、元々こういった作業みたいなのって得意なのよね。それにこれってそんなに難しいものでもないし」
「いや、妾なら簡単にできる事じゃが、プレイヤーでここまですぐに出来る奴もおらんじゃろう」
「出来る奴って多分まだあたししかやってないんじゃない?」
「まぁそうじゃが、それくらいの難易度にしたんじゃ」
ここからだと、二人が籠の前で話しているだけに見えるが、実際はあの籠に薪を入れるのも一種のミニゲームだという。
なんでも籠の中に綺麗に薪を並べるというゲームなのだが、こんな神社のしかも篝火の籠にまで遊びを入れるとはこだわり様がすごいとしか思えない。
しかし、昨日はそんなゲームなかったはずだが。
「なぁ、俺が昨日薪を入れた時はそんなゲームなかったよな?」
「ん?そうじゃったな」
「本来はどっちが正しいんだ?」
「今クノエがやっている様に、ゲームがある状態が本来じゃ」
「じゃあなんで、俺の時はなかったんだ?」
「妾が設定を弄ったからの。それにあの時はお主は薪を入れるだけでその後は妾がやったからの。お主は直前まで薪割りでゲームをやっておったしの。籠までゲームをやっては疲れるだろうと思ったわけじゃ」「そっか、ありがとな」
自分の時に狐が気遣いをしていてくれたのは、ありがたかった。
確かに薪割りをやった後にまたミニゲームは少し疲れる気がしないでもない。
狐に礼を言うと「大したことではない」とクノエさんの方を向きながら言われたが、狐の頭の耳がパタパタと動いていたので、お礼を言ったのは間違いではなかったようだ。
「よし、これで一個終了ね」
「うむ、この調子で残りも頼むぞ」
「……残り全部っていくつあるのよ」
「さてな、自分で数えればよいじゃろ」
狐とクノエさんの会話を横で聞きながら、参道を見るとまだかなりの量の籠がある。
それらを全部やるとなると、灯りを灯す夕方になる前に終わるのかどうか。見上げた空はまだ明るいから、どうなのだろうか。
と、見ていた空の隅でノイズのようなものが走ったのが見えた。
「なぁ、今……「ミコト!こっちじゃ!!」
二人に尋ねようと思い振り返ると、険しい表情の狐に着物の裾を掴まれた途端、目の前の景色が暗転した。