友達と薪と青年
「全く、散々な目にあったわ」
隣でご飯を頬張りながらクノエさんが呟く。その顔は怒っていながらどこか疲れた表情だ。
まぁ、口一杯にご飯を入れているので頬がリスみたいに膨らんでいるのであまり怒っている様には見えない。
「まぁ許せクノエよ。妾もワザとではないのじゃぞ」
対面に座る狐が可笑しそうに言うが、視線は俺の顔に向いている。もっと細かく言えばクノエさんに蹴られて腫れた俺の頬に。
「しかし見事に腫れたのぉ。痛くないのか?」
狐に言われ自分で頬を触る。痛むことは無いが予想以上に腫れていた。ゲームの世界なのだから、こんなことまで再現しなくてもいいのにとは思うが、やけにリアルだ。
別に今の段階では特に何かに支障は出ないのでそのまま放って置くことにする。
「わ、わたしもあんなに勢いよく蹴って悪かったわね。でもアンタもあんなにジッと人の足見ないでよね」
照れているのか怒っているのかよく分からない表情で言ってくるクノエさんは、先程狐から渡されたちゃんとした巫女服に着替えている。
足が見えていた方が良かったとは言わないが、アレはアレで魅力があった。勿論今の服装も似合っている。
「してクノエよ。食べ終わってからでいいのじゃが、ちと付き合ってもらうぞ」
「付き合うって何に?」
「巫女としての仕事を教えるんじゃよ」
狐の言葉に納得と言った顔をするクノエさん。
「でも、巫女の仕事って何をすればいいの?」
「それをこれから教えるんじゃ」
「そうだけど、先に話せる様なヤツって無いの?」
「……そうじゃなぁ」
腕を組み「ふーむ」と唸っている狐を尻目に残っている料理を急いで食べるクノエさん。狐の答えの間に出された料理を全部食べようとしているみたいだ。
まぁ、料理が美味しいのは分かるけどそこまで急ぐことは無いだろうに。
「……まぁ色々とあるが、基本的には掃除や社の管理じゃのぅ」
「……ふぅん」
「…………クノエよ、聞いておるのか?」
「え?勿論よ。でも、そう言えば貴女の食事とかは用意しなくていいの?」
「それはほかの巫女、NPCの仕事じゃ」
「へーそうなんだ」
「まぁ後は薪割りとか色々と力仕事もあるが、それはミコトにやらせればいいじゃろ」
「ちょっと待て、なんで俺が普通に仕事を割り当てられているんだよ?」
さも当然と言った感じで狐が言うが、俺はここの神社に住み込みでいる訳でもないし、予定もないんだが。
「別に構わんじゃろ。お主ここ以外に行っても特に何かするわけでもないし、つるむ友人もおらんしの」
さらりとひどい事を言ってくるが、あながち間違っていないのでぐぅの音も出ない。
隣のクノエさん笑うか憐れむかどっちかにして下さい。なんか両方が混じって変な顔になってますよ。
「……ッふふ……。ゴメンね。あたしで良ければ友達になってあげるよ?」
「…………どうも」
友達になってあげる。普通に聞けばうれしい言葉なのだが、クノエさんの必死に笑いを堪えていながら言われると物凄く嬉しくない。
「良かったのぉ。友達一号じゃ」
可笑しそうに笑う狐は「乾杯!」なんて言いながら酒を飲んでいるが、
もう何も言うまい。隣のクノエさんもまだ顔が笑っているが、無視をすることにしよう。
「さて、腹も膨れたしそろそろ日も昇って良い頃合いじゃ。外に行くぞ」
そう言って立ち上がった狐は襖を勢い良く開けた
……。
…………。
「掃除については特に言う事もないじゃろう。そこら辺を掃いてくれれば良いしの。説明が必要なのは篝火付けじゃな」
前を歩いている狐がそう話す。狐の先導で俺達は参道を鳥居に向かって歩いていた。
前を行く狐とその後ろをクノエさんと揃ってついていく。
狐の話にクノエさんは時折頷きながら聞いている。クノエさんにとっては重要かもしれないが俺にとっては特に必要のない情報であり、篝火がどんなものかは前に見せてもらっている。
「なぁ、ここでの説明はクノエさんに対してだろ?」
「そりゃ、そうじゃ。お主に対して話しても意味がないからの」
「なら、薪割りしに行っていていいか。薪はあっても困らないだろ?」
「そうじゃの。たんと割ってきてくれ」
狐の許しを得て二人と離れて拝殿まで戻り、そこからから続く小道を歩いて、以前来た薪割り場にたどり着く。
相変わらず竹林の中にポツンと出来ている空地だが、今回は前回いた男性NPCはいないみたいだ。中央にある切り株に向かえば、いかにもゲームと言った薪割りがスタートする。
「さてと、沢山割りますか」
………。
……………。
「……これ位でいいか?」
どれ位時間が経ったかは分からないが、ボックスの中にある薪の数が結構良いとこまで言ったのを確認して薪割りを終了する。
ゲームの中なので実際に疲れたわけでは無いが腰を叩きながら伸びをする。疲れているわけでもないのに少し気分が楽になった気がする。
ボックスの薪の数を見るついでに時間を確認すれば、時間が二時間ほどたっていた。
もう少しで朝の八時。弐の草原の主を倒したのが夜中だから徹夜をしてしまったわけだ。時間が過ぎるのは早い。
「狐たちはもう帰っているかな…………ん?」
1人呟いていると『気配把握』に反応があった。この広場に続く道から誰か人が歩いてくる。
一瞬クノエさんかと思ったが、違うみたいだ。狐はそもそも人ではないので気配が違う。なら一体誰なのか、ジッと参道に続く道を見ていると人が出てきた。
「……へぇ、こんな所に広場があったなんて。君の秘密基地だったかな?」
「いや、そういう訳ではないが」
表れたのは見た目は自分と同じくらいの年齢の男。見た目が平凡な俺に比べると十人中十人がイケメンと答える容姿だ。
でも現実離れしたイケメンじゃなくて、イケメンコンテストとかで優勝しそうな現実味のあるイケメン。腰に刀を差しているから恐らく俺と同じ野武士だろう。
装備は自分のと比べると少しあちらの方が上等に見える。
「君はここで何をやっていたんだい?」
「薪割り」
「薪割り?そんな事をして何かあるのかい?」
向こうの疑問に答えると不思議そうに聞き返してきた。狐から頼まれたからと言いたいが、向こうに狐が見えるかどうか分からないので答えにはならないだろう。
「……俺もよく分かってない。ここに来てみたら薪割りのミニゲームがあったからさ、試しにやってみたんだ」
「へぇ、なんだか面白そうだね。僕もやっていいかい?」
「特に指定もされてなかったし大丈夫じゃないか?」
青年がやりたそうに切り株を見ていたので場所を譲りながら答える。狐からも特に言われている事はなかったので問題ないだろう。
「ありがとう。早速やってみるよ」
そう言った青年は切り株の前に立って早速薪を割り始めた。
出ていくタイミングを失ったので、青年の薪割り姿をジッと見ているだけなのだが、ただ黙々と切り株の上に出てくる薪を斬っている姿は何とも言えない感じがする。傍から見れば自分の時もこんな感じだったのかもしれない。
どれ位経ったか、しばらくすると青年は満足したのか薪割りを止めて此方にやってきた。
「ありがとう。結構面白かったよ。これで何か能力が上がるのかな?」
「……さぁ、そこはよく分からないな。というか上がるものってあるのか?」
「このゲームではまだ見たことないけど、こういったミニゲームで能力が少し上がるのはよくある事だよ」
そういうものなのか。自分にはよく分からないものなので、首を傾げていると青年は少し笑って楽しかったと言って去っていった。
その姿が見えなくなるまで見送っていたが、そう言えば名前を聞いていなかったことに気が付いた。
聞いておけばよかったと思う反面これっきりの出会いかもしれないので、どっちが正解なのかは分からない。
「あ、ここにいたのね。薪はまだなの?」
顔を上げれば巫女服のクノエさんが空地の入り口に立っていた。腰に手を当てて溜め息をついているが、何時の間に来ていたのだろう。
「アンタ、ずっと下向いたままだったわよ。あたしが来ても気が付かないんだもん」
普段なら『気配把握』で気付くのに、それもなかったという事は随分考え事に集中していたみたいだ。
「ちなみにいつからいた?」
「別に数分前から。考え事でもしてた?」
「そんな所、狐は?」
「参道の篝火の所にいるわよ。アンタから薪もらってきなさいって」
「そっか、なら俺も行くよ」
ならさっさと行くわよと言って来た道を戻っていくクノエさんに続いて、狐のもとへ向かうことにした。




