弄る狐と日本刀
……。
…………。
「……あぁ、もうこんなに明るいのか」
瞼の上から感じる光で、目が覚める。
寝惚け眼で周りを見回すと自分がいる場所は昨日狐と一緒に飯を食べた部屋だった。さらに見回して、自分が布団で寝ていたことを確認する。
そして隣には同じような布団がもう一つ、その布団はこんもりと丸く膨らんでいた。
「…………確か狐の舞を見た後に戻ってきたんだっけ?」
正確に覚えていないので疑問形になってしまうが。夜中に神楽殿で狐の舞を見たはずだ。
「あれは見事としか言えない舞だったよな。現実で見たことないけど、結構なレベル行くんじゃないのか?」
思い出して呟くと、隣の布団の膨らみがもぞもぞと動いた。狐の舞は一つでは終わらず、そのあといくつか連続して舞っていた。
どれも、どこか似ているようで違う舞で飽きずに見ていた。
「で、最後のが終わった時に丁度日が昇ったんだっけ」
確かそうだ。それで区切りがいいからこれで終わりにしようという事になったはずだ。
舞って疲れたと言う狐に肩を貸しながら社務所まで戻って、部屋に着いたら二組布団が敷かれていたんだっけ。
布団を見た狐が「妾はもう寝るぞ」って言って布団に下から潜り込んでいったのは思わず笑ってしまった。そのあとに俺もすぐに寝ちゃったんだっけ?
「時間は……もう昼過ぎじゃないか」
いくらなんでも寝すぎてしまった。いい加減起きないといけないので、隣の膨らんでいる布団を揺する。
「おい、もう昼だぞ。そろそろ起きようぜ」
声を掛けながら揺すっても布団は少し動くだけで、中の狐は起きようとする気配が無い。しばらく声を掛けながら揺するが一向に起きる気配が無い。
中々強情な奴だったとは、仕方がない、悪いとは思うが最終手段を取るしかない。
「いい加減起きろっ!」
さっきより大きな声で言いつつ掛け布団を思いっきり引っぺがす。
「……んぁあ、何じゃ?」
布団の中には美女の姿のままで丸くなって寝ている狐がいた。昨日着替えずに布団入ったから巫女服が皺くちゃだし、少し肌蹴ているじゃないか。
それに寝ていて気が緩んでいたからか、狐耳は出ているし、大きな尻尾も出てきてしまっている。
「眠い……布団はどこじゃ…………」
引っぺがされた布団を探して狐の手が辺りを探している。ただ、狐が探している布団は俺が持って狐の届かない場所に放ったので、狐の手はずっと何もないところを行ったり来たりしていた。
体を丸めた状態でしかも目も閉じているので見つかるものも見つからないだろうと思うが、それでも狐は布団を探していた。
だが、諦めたのか動いていた手が力尽きたように動かなくなると、少したって狐の寝息が聞こえてきた。
コイツ、布団を諦めて寝始めやがった。そろそろ起きてもいいだろうと思って、寝ている狐の肩を揺する。
「おい、いい加減起きろよ」
「うぅん……」
「おーい、起きろー」
「んぁ……」
「おーきーろー」
「……ん……」
「おーい、聞こえてるかー」
「やっかましいわぁー!!」
「ぐへぇあ!!」
しばらく肩を揺すっていると、キレた狐に尻尾でぶん殴られた。
かなりの勢いで殴られ、部屋の壁に激突しる。壁にぶつかった時に変な声が出る。
稀主の攻撃を太刀で受け止めた時より重い一撃が腹に入ってしばらく動けそうにない。
何とか顔だけ向けると仁王立ちしてご立腹な狐がいた。耳と尻尾の毛が逆立っていて結構な迫力だ。
「貴様ぁ……妾が気持ちよく寝ている所を何度も何度も、覚悟は出来ておるのじゃろうな?」
ヤバい、滅茶苦茶怒ってる。逃げ出したい状況だけど、まだ腹の痛みが抜けていないので動けない。
「……だ、だってもう昼だぜ。いい加減起きようや」
「昼だからとかは関係ない。妾は自然に起きるまで思いっきり寝るのが好きなのじゃ。他人に起こされるのは大っ嫌いじゃ」
「ま、待ってくれ、お前を起こしたのには理由があって……」
「そんなものは関係ない。じゃが、今まで妾に尽くしてきたから、せめてもの慈悲じゃ。楽に逝かせてやろう」
そう言って近づいてくる狐の右手が光り始めた。マズい、あの手で何かされたら一瞬で終わりそうな気がする。
絶体絶命だが、狐がは物が肌蹴た状態で近づいてきているので、胸の谷間がはっきり見えてとてもイイ。こんな状況じゃなかったら喜べるのに、今じゃ何の救いにもならない。
「では、サラバじゃ」
目の前まで来てしゃがんだ狐が手を振り上げる。あぁ、もうお終いかと思い目を瞑ると突然電子音が鳴り響いた。
何かと思い目を開けると目の前の狐も訝しげな顔で俺を見ていた。まだ右手が光っているのでピンチはピンチだが、何とか最初は乗り越えたようだ。
しかし……
「(近くで見ると谷間が余計に目に入る)」
しゃがんだままの狐の顔が近くにあり、その流れで胸にも目が行ってしまう。
しかも立膝なので胸が足につぶされて余計に立派に見える。目を離そうと思っても離せない、一体どうしたらいいのだろうか……狐にもばれてしまう。
「おい、何をボーっとしておる。さっきの音は何かのお知らせじゃろう?早いところ確認せんか」
狐に言われて慌ててメニューから確認する。言われなければずっと胸に目がいってしまっていた。
「えっと……アイテムの浄化が終了しましただってさ」
「浄化?あぁ、そう言えばそんな事もしていたのぉ」
狐は懐かしいと言った顔で頷く。まだ一日前の事なんだけどな。
「……もしかしてお主の言っていた妾を起こした理由というのはこの事か?」「あぁ、俺一人じゃ駄目かと思ってお前がいた方が確実だと思ったからさ。そろそろ時間かなって時に起こしたんだ」
「なんじゃ、そう言う事じゃったのか。ならばそうと早く言え。危うくとどめを刺す所じゃったわ」
手の光を消した狐が「ヤレヤレ」と言った感じで立ち上がった。
正直「ヤレヤレ」はこっちの台詞だが、言うと面倒臭くなるのでやめておく。
「どうした、何を寝っ転がっておる。早いとこ拝殿へ向かうぞ」
「……お前が吹っ飛ばした時のダメージが残っているんだよ」
起き上がれない俺を見た狐は溜め息一つ付くと近寄ってきて肩を貸してくれた。
「……悪い、助かる」
「全くじゃ、祭神である妾の肩を借りるなど、いい身分じゃ」
そう言いながらもしっかり支えてくれている狐はいい奴だ。
無理に起こして悪かったなと思っていると、不意に狐がニヤニヤしながら声を掛けてきた。
「そう言えば……」
「何だよ?」
「あのようにに女子の胸を凝視するのは感心せんよ。チラ見でも敏い女子は気付くぞ」
「…………」
狐の胸の谷間を見ていたのは気付かれていたようだ。何も言えない俺を見て狐は「カラカラ」と笑う。
「まぁ、妾は見られても気にはせんから好きなだけ見るといい」
「…………」
非常に素晴らしい申し出だが、ここで返事をしたらまた狐にからかわれるだろうと思って何も言わずにいると、にやけた顔の狐が言う。
「ほれほれ、今でも妾の胸がお主の脇に当たっているじゃろ。どうじゃ、感触は?」
「っ……」
「お、今少し反応したの。中々愛い奴じゃ」
狐に言われ思わず少し反応してしまうと、狐にそんな事を言われる。拝殿に着くまでにどうにかして狐から離れないとずっと弄られそうだ。
……。
…………。
拝殿に向かう途中で一人で歩けるようにはなったが、ずっと狐が引っ付いてきて、ずっと弄られっぱなしだった。
そのせいで拝殿の奥の祭壇に着いた時には疲れていた。反対に狐は思いっ切り笑ったからか、機嫌が良さそうだった。
「あぁ、笑ったわ。やはりお主は面白いな」
「何が面白いだ。こっちは散々な目にあった」
「でも、胸が触れて嬉しかったじゃろ?」
「…………」
狐に聞かれるが、ノーコメントで祭壇に向かう。後ろで小さく笑う声が聞こえたが、無視だ無視。
祭壇の前に立つと、画面が表示される。そこからアイテムの受け取りを選択すると祭壇が光ったと思ったら、一振りの日本刀が置かれていた。
黒塗りの鞘の小尻の方から金色で稲穂の装飾がされている。手に取って抜いてみるとスルリと簡単に抜け、手に馴染んだ。
これならこの先の主とでも戦うことが出来そうだ。
「中々見事な刀に生まれ変わったの」
「お前のおかげだよ」
後ろの狐に言うと彼女は小さく笑う。笑った後に狐は真面目な顔をして俺を見てくる。
「さて、ミコトよ。浄化が終わった所で一つお主に課題をやってもらう」
「課題?」
一体どんな事だろうかと思う俺に、目の前で腕組みした狐が口を開く。
「その刀で弐の草原の主を倒してこい」