酔っ払い狐
「美味じゃ、誰かと食するのはこんなにも違うとは恐れ入ったわ」
目の前で美女姿の狐が満足そうに笑っている。歌膝で先ほど巫女さんに持ってこさせた酒を持って美味そうに飲み、また「カラカラ」と笑う。よっぽど機嫌が良いみたいだ。
「ミコトよ、お主もそうは思わんか?」
上機嫌で尋ねられるので「そうだな」とだけ答えて中断していた食事を再開すると、狐は少し不満そうな顔をするが「まぁ、良い。お主を肴に妾は飲むぞ」と言ってまた酒を飲む。
盃を傾けるペースが速くなってきている。それを見ていると、コイツは二日酔いをするのかと思うが、あまり気にせず箸を進める。
「……やっぱ美味い」
狐の言うように二人で食っているからかどうかは分からないが、巫女さんが持ってきた料理はどれも絶品だった。ゲームの世界でこれほど感じられるのだから、現実で味わってみたかった。
「どうじゃ、巫女らの料理は絶品であろう」
狐が身を乗り出して言う。その顔は自分の事のように自信たっぷりだ。頭の上でパタパタと狐耳が揺れている。
お前が作ったわけでは無いだろうと思うが、口には出さないで頷く。それを見て狐はさらに笑みを深くする。そしてまた、酒を飲む。一気に飲んで次を注ごうとしたが、徳利に酒は残っていなかったようだ。
「もう仕舞いか」と不満そうに呟いた狐は手を叩く。すると障子が開き巫女さんが「ご用件は」と廊下に正座しながら聞いてきた。狐は「酒の追加を頼む」と言うと、巫女さんは空いた徳利を下げて出ていった。
「お主も飲むか?」と聞いてくる狐に首を振りながら巫女さんはずっとあそこに控えていたのかと驚く。
ずっと待っていて足が痺れないのかと思っていると、狐が「妾がそこに呼んだだけじゃぞ。」ずっとそこに控えていたわけでは無い」という。巫女さんの疑問はスッキリしたが、それとは別にコイツが巫女さんを呼んだとはという所に疑問が出る。
狐に聞くと呼んだとは召喚したと同じらしい。別の場所にいた巫女さんを手を叩くだけで障子の後ろに呼び出したのだという。何でもないように狐は言うが、さすがこの場所の主だと言える。凄いなと思っていると、顔に出ていたのか「何じゃ、妾の凄さが分かったか?」と自慢げな顔で聞いてくる。
答えようとした時に障子が開いて巫女さんが酒のおかわりを持ってきた。巫女さんはそのまま隣でお酌しようとしていたが、狐が「自分で飲む。下がって良いぞ」と言ったので、一礼して去って行った。それを見送った狐が自分で酒を注ごうとしていたので待ったをかける。
「なんじゃ、何か聞きたいことでもあるのか?」
酒を注ごうとしていた狐は待ったを掛けられて少し不満気だ。その様子に思わず微笑んでしまうと、狐が訝しげに見てくる。
俺はすでに食べ終わった自分の膳を横にずらして、狐と狐の膳を挟んですぐ前に座り、狐の持っている徳利を指さしながら聞く。
「俺が注ごうか?それとも手酌でいいか?」
聞かれた狐は最初キョトンとした顔をしていたが、すぐに笑いながら「頼むぞ!」と言いながら徳利を渡してきた。
徳利を受け取って、狐が持っている盃に零れないように注ぐ。注ぎ終わると狐は一気に飲み干した。盃程度なら一気飲みでの心配はあまりないかもしれないが、それでも少し不安になる。
当の狐は飲み干した後に嬉しそうに笑う。
「いやぁ、美味い。自分で飲む酒も良いが、お主に注いでもらうのはもっと美味い」
「そりゃ、なによりだ。でも飲みすぎるなよ」
「心配は無用じゃ。妾は人間より酒に慣れておる。それにたとえ二日酔いになっても己の力でどうとでもなるわ」
「……だからと言って飲みすぎる理由にはならないだろ」
呆れてしまうが、狐は問題ないとばかりに笑い、空になった盃をこっちに向ける。顔を見ればご機嫌と言った感じで頭の狐耳もせわしく動いている。
まぁ、対処が出来なくなったら巫女さんを呼べばいいかと思いながら、盃に酒を注いだ。
……。
…………。
「なぁ、いいじゃろう。もっと飲ませてくれ」
「バカ野郎、そんなに酔っぱらっている奴にこれ以上飲ませられるか」
狐が不満気な声を上げるが、それを無視して徳利を遠ざける。
俺が狐に酌を始めてからどれほど経ったか、おそらく一時間ほどだろうが、その間に狐は五回も酒をおかわりした。出ていた料理も口にはしていたが、酒のペースが速すぎた。
酌を始めた時より顔は赤くなっていて、こえも大きい。それに最初俺は対面で酌をしていたのだが、いつの間にか狐の隣で酌をしていた。
酔っぱらった狐に「こっちで酌をしれくれんか」と言われ位置を移動したのだ。移動してから狐のペースはさらに早くなり、姿勢も崩れてきた。最初はしっかり座っていたのに今では俺に寄りかかり、俺の胸を枕にしながら体を預けてきている。
注意をすれば「普段このように女子からされることは無かろう。今の内に味わっておけ」と笑いながら言われる始末だ。余計なお世話だと言い返したいが、事実こんな事はされたことは無いので言い返せないでいると、また狐に笑われる。
笑うと体が動き、仄かに甘い狐の香りが鼻まで届く。ゲームなのになぜこんなところまでリアルなのだと開発者に文句を言いたい気持ちになってくるが、そんな俺の気持ちを知らずに狐はまた酒をねだってくる。
「ダメだダメ。お前どれだけ飲んだと思っているんだ」
「まだ、そんなに飲んでおらんじゃろ」
「すでに一合徳利を五回も飲んでるんだ。十分飲みすぎだ」
ぐずる狐を無視して徳利を遠くに置く。それを見て文句を言っていた狐も諦めがついたのか、「はぁ」とため息をついて自分にお膳に盃を置き静かになった。
おとなしくなったかなと思っていると、ポツリと狐が呟く。
「スマンの、お主と食す飯が楽しくて、つい調子に乗ってしまった」
狐がしんみりとした口調で話す。顔を見るとまだ赤く、酔いは覚めきってはいないようだが、少し落ち着いたようだ。
「問題ないさ、ここにはお前と俺しかいない。何かあったとしても俺しか知らないからな」
慰めるように言うが、うまく言えたか微妙な所だった。案の定狐には「下手な慰めもあったもんじゃ」と可笑しそうに言われた。一しきり笑った狐は「さて」とつぶやいて体を起こした。
そのまま立ち上がり、着物のズレを直すと俺に向かって手を伸ばしてきた。
「どうした?」
「心地よい時間を過ごさせてもらったからの。これから礼をしたい」
礼とは何なのかと聞こうかと思ったが、そういうのは野暮かなと思い直し、狐の手を取って部屋を出る。
……。
…………。
狐に手を引かれてやってきたのは神楽殿だった。辺りはすでに真っ暗で参道の篝火だけが明るく周囲を照らしている。
月は出ているようだが、今は薄い雲に隠れてしまっている。そんな暗い中で俺は一人神楽殿の前で狐によって出された椅子に座っていた。
ここまで俺を連れてきた狐は「しばし待っておれ」と言って神楽殿の後ろの方に行ったきり何をやっているかは分からない。わざわざ神楽殿まで連れてきたのだから、ここでなにかするつもりなのだろうが、本人がいなくてはどうしようもない。
呼びに行こうかと考えていると、神楽殿の奥の方でギシッという音が聞こえた。何の音かと思っていると、等間隔で同じ音が聞こえてくる。ジッと神楽殿を見ていると、誰かが後ろの階段から上がってきた。
暗い中にぼんやりと見える銀色の髪から狐だと分かった。さっきの音は狐が階段を上がった時の音だったようだ。舞台に立った狐がすっと右手を目の高さに挙げた。手に何か持っているようで、それをパッと広げた。
その瞬間、
神楽殿の四隅に配置されていた篝火が燃えた。一瞬にして明るくなった。
「……待たせたの。今宵の夕餉は誠に楽しかった。お主のおかげじゃ。その礼として今からお主の為に舞う。見ていてほしい」
そう言って、神楽殿の上で狐は手に持っていた扇を頭の上まで上げた。そしてそれをゆっくりと胸の高さまで下ろすと、ゆったりとした動きで舞い始めた。
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