薪割りの答え
覡の人が立っていた場所に立つと、薪割りを開始しますか?というメッセージが表示された。“はい”を選択すると説明文が出てきた。
どうやらこの薪割りは早い話がタイミングゲームみたいだ。
斧を持つと自動的に薪が切り株の上にセットされ、視界の下に出てくるラインが出てくる。そのラインを動くカーソルが中心に重なる時に斧を振れば綺麗に薪を割ることが出来るという仕組みだ。今までがとてもリアルな物だったからか、こういったいかにもゲームみたいなシステムは見ていて思わず笑みが零れてしまうが、笑っているよりも薪割りをしなくてはならない。
急いで斧を持ち、薪割りを始めることにした。
……。
…………。
「薪割りは仕舞いじゃ。次の事をやってもらうぞ」
薪割りを開始してどれくらいの時間が経っただろうか。辺りがほんのりと暗くなってきているから、夕方になった頃だろう。後ろから声を掛けられたが、薪割りに集中していたために近づいてきた事に気が付かなかった。
振り返る前に一瞬『気配把握』で後ろを確認するとどうやら声を掛けてきたのは狐の様だった。
まぁ、ここで俺に声を掛けてくるのは狐以外いないかと思いながら振り向くと、見知らぬ女がいた。
夕暮れ時に光を反射して煌めいている銀髪に顔は今まで見た女性プレイヤーたちを上回る美貌。
着ている服は神社にいる巫女さんたちと一見同じに見えるが、所々に刺繍があり、何より巫女服の上に一枚白地に赤と金で刺繍された豪華な打掛を羽織っている。
今まで見たこともない女性だが
「……お前、狐か?」
聞くと、女は一瞬驚いた顔をされたが、満足そうな顔をしてきた。
「よく分かったのぉ」
顔と同じく満足そうな声を出すが、その声でも正体が狐であると確認できる。
「……まぁ、『気配把握』で確認したから分かったけど、その見た目じゃ分からないな」
「そうか?なら、こうすれば分かるじゃろ」
そう言った直後、パサッと音がして頭から狐の耳が生えた。
生やした本人は満足げな顔をしているが、これではよくある擬人化みたいではないか。
「……なんだか微妙な顔をしておるが、理由もなくこの姿になった訳では無いぞ」「じゃあ、どんな理由があるんだよ」
「付いて来れば分かる」
そう言ってきた道を戻ろうとする狐。声をかけようと思ったが、人間の姿の名前を知らないので、呼び止めることは出来ず、そのまま付いて行くことにする。
呼び方今までのままの狐のままでいいや。なんて考えていたら、狐が振り返った。
「忘れておったが、ちゃんとさっきまで割っていた薪を持ってくるんじゃぞ」
そう言って狐は歩き出す。後姿を追いながら、画面で薪が自分のアイテム欄に入っているのを確認する。しっかりと薪はアイテム欄に入っていた。
…………。
薪割りの場所から出て、狐のあとに続く。
薄暗くなってきた辺りは少し見づらいが『気配把握』のおかげで辺りの状況が分かるので歩くのは難しくはない。
それに前を歩く狐の銀髪が暗い中で映えるので付いていくのは簡単だ。拝殿に戻り、そのまま参道に向かう。
「なぁ、この薪は何に使うんだ?」
「それは先ほど言ったであろう。篝火に使うんじゃよ」
振り返らずに言われて、そう言えば薪割りの前にそんなことを言われたと、思いだす。
……。
参道の入り口の鳥居の前に着くと、狐が振り返って鳥居の両脇にある篝火を焚く篝籠を指さす。
「アレの前に行って、薪を入れてくるのじゃ」
狐の言う事がイマイチよく分からなかったが、言う通りに篝籠の前に立つと“薪を入れますか?”というメッセージが出てきた。
なるほど、そう言う事かと、狐の言ったことが分かり、“はい”を選択すると“籠に薪を入れました”とのメッセージと共にアイテム欄の薪の数が減っていた。
これでいいかと狐に振り返ると、頷きながら「場所を代われ」と言われた。言う通りに横にずれると、狐は篝籠の前で籠に触れながら何やら呟いていた。
「何してるんだ?」
「あとで分かる。さて、残りすべての篝籠にも薪を入れていくぞ」
そう言って歩き出す狐の後ろを付いて行き、最後の拝殿の両脇にある籠に薪を入れ、狐が呟いてすべての籠に薪を入れ終えた。
参道の方を満足げな顔で見ながら頷いている狐を隣でアイテム欄の薪がすべてなくなったことを確認しながら、声を掛ける。
「それで、さっき呟いていたのは何のためだったんだ?」
「フフ、見ておれ」
笑いながら狐は両手を体の前に出す。「よっ」とつぶやきながら手を叩くと、今まで薪を入れてきた籠に一斉に火が付き、一瞬にして周りが明るくなった。
「………………」
「どうじゃ、驚いたじゃろ?」
目の前の事に付いていけなくて、ポカンとしていると、隣から自信タップリな声が聞こえてくる。
見ると案の定ドヤ顔で頭の狐耳がパタパタ動いていた。その顔で驚きが少し収まって口を開くことが出来た。
「なんでこんなに一斉に点いたんだ?」
狐は俺の反応がすぐに収まってしまったのが残念だったのか、狐耳が少したれながら「つまらんのぉ」と言うが、こっちとしては早く説明をしてほしい。
狐は一つ溜め息をはくと、ヤレヤレといった感じで口を開く。
「一斉に付いたのはさっきお主が薪を入れた後に妾がそういう風な仕掛けをしておいたからじゃ」
「仕掛けって何か呟いていたことか?」
「そうじゃ」
「何のためにあんな仕掛けを?」
「そんなのお主を驚かすために決まっておろう」
平然と言い切る狐を呆れた目で見てしまう。それだけのためにやったのか。呆れた俺の顔を見て少しムッとした狐は「それだけが理由ではないぞ」と言って話始める。
「お主は普段の様子を知らぬから言うが、この篝火をつけるのは巫女の役目での」
「じゃあ今日も巫女がやればいいじゃないか」
「それはそうじゃが、巫女がやると一つ欠点があっての」
「欠点?」
「うむ、巫女が火をつけると、現実のように時間が経つと火は薪を全て燃やし、燃料がなくなり消えてしまうのじゃ」
「なら、お前がやると違うのか?」
「妾がやれば火は一晩中燃え尽きることは無い」
「凄いな。でもどうして燃え尽きないんだ?」
「先ほどの仕掛けの時に一緒にやっておいたのじゃ」
「じゃあ、あの時に二つの仕掛けをしていたのか」
「そういうことじゃ。むしろ一斉に火が付く様にした仕掛けより、此方の方がメインの仕掛けじゃな」
狐の話で納得する。ただ単に驚かしたいというだけでやったことではないのか。
「でも、それとお前が人になったのは何か関係があるのか?」
「当然あるに決まっておる」
「決まっているのか」
「当り前であろう。獣の姿では篝籠に触れながら仕掛けを準備出来ぬであろう」
当然だと言うように話す狐を見て、なるほどと思う。多分獣の状態でも前足を籠に掛けてやれば出来ないこともないだろうが、人の姿でやった方がはるかに楽だ。
「でも、人の姿になるのって大変なのか?」
「いや、別にそうでもないぞ。まぁこの境内限定じゃがな」
ヤレヤレと首を振りながら「この姿でいると肩も凝るんじゃ」というが、それは狐のスタイルが良すぎるのも一因にあるのではと思ってしまうが、それは口にしない。
狐と二人で参道の方を眺めていると、参道で仕事をしていた巫女さんたちが戻ってきている。
通り過ぎる際にこちらに向かって頭を下げているが、これは俺に出はなく狐に対してであろう。巫女さんたちは拝殿前の広場に左手にある建物に入って行った。狐に聞くとそこは社務所だという。
そのまましばらく巫女さんたちをただ眺めていたが、やがて最後の一人の巫女さんが通り過ぎて全員が社務所に入り終わると辺りはひっそりと静まり返って、なんとなく寂しい感じがした。隣の狐がこっちを向く。
「さて、妾らも戻るかの」
「戻るって?」
「社務所に決まっておろう」
「俺も入って平気なのか?」
「ここの主である妾が許すのじゃ。誰も文句は言いまい」
そう言って歩き出す狐と並びながら社務所に入る。清潔感のある入り口から先には和風な空間が広がっていた。
「付いて来い」という狐に付いて中を歩き、一つの部屋に入る。純和風に設えた部屋だ。途中一人の巫女さんとすれ違わなかったが、狐曰く準備をしてもらっているらしい。
何の準備か聞きたかったが、その前に座るように言われた。狐が上座、俺が下座に座り「人心地付いたの」という狐に声を掛ける。
「そう言えばさ」
「ん?巫女の事か?それなら準備中じゃとさっき言ったろう」
「いや、そうじゃなくて」
「うむ」
「お前はいつまで人の姿をしているんだ?」
俺の問いに狐は「そんな事か」という顔をした。ついでに「獣の姿だと行儀が悪いじゃろ」というが、これから何をするんだ?
「決まっておる、今から夕餉じゃ。誰かと食すのは初めてじゃから妾も楽しみじゃ」
嬉しそうに話す狐を見て、何か言おうと思っていたが、そんなことは忘れて準備出来るまで狐と話をしていた。