三度目の正直ー2
太刀が折れて、動きが止まった俺に向かって餓鬼がもう一度刀を振り上げてきた。
それに対処できず、動けなくなっていた俺をアキハさんが横から引っ張った。
つい一瞬前まで俺の体が合った場所を餓鬼の刀が勢いよく通り過ぎて行った。
「ミコト君、大丈夫?」
「えぇ、何とかアキハさんのおかげです」
「ならいいんだけど」
隣で裾を握ったまま聞いてくるのに、餓鬼から視線を外さずに答える。体は無事だが、これからどうやって戦えばいいんだ。
「取りあえず、あたしと場所を変わろう。ミコト君徒手スキル持ってないでしょ?」
アキハさんの質問に「持っていない」と答える。聞いたこともないものだったので、当然持っていないだろう。名前の感じで殴る、蹴るなどのスキルだと思う。
俺の太刀を折った後、餓鬼は一回引いて、俺達との距離を元に戻していた。
そこから目を離さないようにしてアキハさんと位置を変える。これでアキハさんが中央に位置することになったが、彼女は餓鬼の攻撃に対応できるのだろうか。
「ねぇ、アキハ。アイツの攻撃防げる?“気配察知”が上限のミコト君で一杯一杯みたいだったけど」
後からミロクが言う。それにアキハさんは不安そうに笑いながら「何とか?」と返すが自信がなさそうだ。いくら俺より階級が高くて耐久があってもあの太刀を折る餓鬼の攻撃に対応できるのか?
「ミコト君の太刀が折れたのは多分“耐久値”を超えたからじゃないかな?」
「“耐久値”?」
ミロクの言葉に首をかしげる。これも聞いたことがない単語だ。
「全部の武器に設定されていてね。攻撃をしたり、受けたりしていると数値が溜まって言って、数値が上限を超えると武器が壊れちゃうんだ」
「そんな設定があったんですね」
「……それもマニュアルに書いてあったんだけどね」
「……すみません。でもそれって武器が完全に消耗品ですね」
「まぁ武器って言うのはそういう物だけど、ゲームが進めば“鍛冶屋”が“耐久値”を回復させてくれるみたいだよ」
「へぇ、便利ですね」
「まぁ今回はあの餓鬼の攻撃が重すぎて、初期装備の太刀がすぐにやられちゃった感じだね」
あの餓鬼の刀の攻撃はどれほど強かったのだろうか。そんな話をしていると、今までこちらを静観していた餓鬼が、切っ先を地面につけていた刀を正眼に構えた。 途端に空気が重くなる。
実際には空気なんてゲームで再現しているとは思えないが、それでもそう感じてしまう。
「アキハ、気を付けて」
「分かってる」
シオンさんの声掛けに緊張した声でアキハさんが答える。自分が対処できるかどうか不安を感じていると言った声だ。刀を正眼に構えたまま、餓鬼がジリジリと近づいてくる。
さっきみたいに一瞬で距離を詰めてくることはないが、きっとあと少しのところで一気に来る感じがする。その緩急にアキハさんが対応できるかどうかだ。階級が俺より高い彼女ならたとえ攻撃を受けても大丈夫な気はするが、精神的に直撃はまずいだろう。
ジリジリと近づいてくる餓鬼を注意しつつ、横にいるアキハさんを横目で見る。緊張で強張っている状態で、餓鬼の攻撃を対処できるか不安なので、どうすればいいかと思っていた時、“気配察知”で嫌な感じが上から来る気がしたので、思わず
「アキハ!上!!」
と叫んでしまった。いきなり横で叫ばれたアキハさんは驚きつつも「上っ!?」と言いながら太刀を移動させると、丁度のタイミングで構えたところに餓鬼の刀が振り下ろされてきた。
「重っ」顔を顰めながらもなんとか攻撃を受けたアキハさんは、俺みたいに膝が沈む事は無く、逆に餓鬼を押し返して反撃とばかりに斬りつけた。
反撃が予想外だったのだろう、後退した餓鬼はそのまま膝をついてしまった。これで膝をつくのは二度目だが、こんなにダウンしやすいのだろうか。
「今のはうまくカウンターが決まったからじゃないかな」
後からミロクが言ってくる。なるほど、カウンターが決まればこんな感じになるのか。
アキハさんとシオンさんはこのチャンスに一気に仕留めるみたいだ。二人がかりで猛攻撃を仕掛けている。俺も参加した方がいいかな?
「ミコト君はやめといたほうがいいんじゃない?」
「やっぱ武器持ってないからキツイかな?」
「それもあるし、徒手スキル持ってないって言ってたじゃん?スキルないと効果的にダメージ与えられないし」
「でもスキルって攻撃したら手に入る物だろ?ここで手に入る可能性もあるんじゃ?」
「そうかもしれないけど、敵によっては一定のレベルに達してないスキルは無効化するパターンもあるし」
「マジか」
「うん、まぁ壱の主だからそう言うことはないと思うけど、この餓鬼はレアボスだからある可能性もあるよ」
「そっか、じゃあ無理しない方がいいか」
「うん、二人に任せておいた方がいいよ」
そう言って二人が攻撃しているところを見ているとアキハさんが「おらぁ!」と力強い掛け声とともに振り下ろした太刀が餓鬼の脳天に直撃した。
すると餓鬼はよく聞き取れない叫び声を上げたと思ったら、光となって消滅した。
「…………倒した?」
「……倒したみたい?」
「……倒したね」
「……倒した」
四人で呟き、しばらく餓鬼が消えたところを見ていたが、何も起きる事は無く、自分たちの目の前に“稀主・鎧餓鬼を討伐しました”から始まる文章が出ているウインドウが表示されて、やっと実感がわいた。
「あぁー倒したよぉー」
そう言ったミロクが地面にペタンとしゃがみ込む。それにつられてアキハさんやシオンさんも腰を下ろす。
「ミコト君も座りなよ。一人だけ立ってるのも変だよ?」
ミロクに言われ俺も腰を下ろす。しかし、いつまでもここに居ていいのだろうか?
「大丈夫だよ。もしも後から主に挑戦する人達がいたら、ここでたむろっているあたし達にメッセージが来るから」
「そういう物なんですか?」
「そうそう。あたしとシオンが主を倒した後にね、“後ろに次の挑戦者が控えています。早めの退出をお願いします”って言うメッセージ来たから」
アキハさんの答えに感心する。そういう所しっかりしているんだな
「そう言えばさ、さっき餓鬼倒した後のメッセージでさ。あたしも“気配察知”かなりレベルアップしたよ。一気に36まで上がった。やっぱすごいね、レアボスって。シオンはどれ位上がった?」
「私は31。アキハみたいに直接スキルに反応するようなことはなかったけど、ここまで上がるのは確かに凄い」
「私やっと10だよ」
「そりゃ、ミロクはあたし達みたいに直接戦闘してないからね」
「まぁ後衛職だから仕方ないか」
三人が話している間に一人でさっき流れたメッセージを確認する。幹竹のレベルが10まで上がっていた。一度しか当てていないのにこの上がり様、確かにこれは凄い。
ほかのスキルは上がっていないようだ。まぁ幹竹以外使っていないから当然だ。その下にはドロップしたアイテムが表示されていた。
“薄く穢れた刀”
…鎧餓鬼が使用していた刀。このままでは使用できない、何処かで穢れを祓う必要がある。
“鎧餓鬼の手甲”
…鎧餓鬼が使用していた手甲。軽さ、丈夫さは折り紙つき(要必要階級35)
“鎧餓鬼の鎧片”
…鎧の破片。このままでは使用できない。
「…………」
見事に全部今のままでは使えない物ばかりだ。手甲はまだいい。使用できる階級が分かるから。
しかし刀についてはどうすればいいのか。丁度たちが無くなったからタイミングよく新しい武器になると思った矢先、穢れを祓わないと使えないと来た。
祓うと書かれているが、一体どこで祓えばいいのやら。パッと思いつくのは神社だが、今のところ“弐の稲荷”までしか行っていないが、そこでお祓いが出来るか。戻ったら狐に聞いてみるのが一番かな。
「ミコト君。何かスキル上がった?」
ジッとウインドウだけ見ていたら、いつの間にか目の前にアキハさんが来ていた。彼女の後ろではミロクと、シオンさんも座ったままだが、こちらを見ている。
「スキルは“幹竹”しか上がりませんでした。ドロップしたアイテム見て見ましたが、まだ使えない物ばかりでしたね」
「あーあたしもなんかあったな。確かえぇと……“破軍の陣羽織”だって。必要階級50もあるよ。でもあの主陣羽織なんてしてなかったよね?」
「確かに。でもよさそうな物みたいですし、いいんじゃないですか?」
アキハさんは中々にいい装備を手に入れたみたいだ。まだ使えないのは仕方ないが。陣羽織って言うのが気になるが、まぁいい物みたいだし気にする必要は無いのかな。
「シオンさんは何かありましたか?」
「“鎧餓鬼の手甲”に額当てかな。両方とも必要階級が35だけど、今回の戦闘で階級が31になったから案外早く使えそう」
シオンさんの報告に隣でアキハさんが「いいなぁ」と言っている。性能からしたらアキハさんの方がいいものかも知れないが、今使えないとなるとやっぱり使える方がいいのかもしれない。
「ミロクは?」
「なんか“鎧餓鬼の荒御魂”って言うのをドロップしたんだけど、必要階級65とかで全然使えない」
「……何かもの凄い奴来たな」
「うん。まぁ、まだ使えないからあんまり意味ないんだけどね」
ミロクにもなんか使えないアイテムがドロップしたみたいだ。と言うか、ほとんど今の階級じゃ使えない物しか落とさないこの主はどれだけレアボスなのだろうか。
「それじゃ、そろそろ出ようか。もう時間もかなり遅いから、“弐の町”でみんな個室に戻った方がいいかもね」
シオンさんの提案で主を倒したことで開けた“弐の町”への通り道に向かう。
今回はイレギュラーな主戦だったけど、パーティーで戦うっていうのは良いなと思った。