対草原の主
日が完全にくれた夜八時過ぎ、俺は一人「壱の町」を歩いていた。境内で狐に言ったようにこれから草原の主を倒しに行くところだ。
さっきまで「気配察知」の訓練をしていてようやくレベルが上限に行き、ひと段落ついた。狐は自分の姿は「気配察知」を上限にすれば見えると言っていたが、あまり見えなかった。
上限になったときに狐の声に振り返るとなんか狐がいるであろう場所になんか透明な狐の形をしたものがあった。狐曰くそれが自分の姿であるという事らしい。 「気配察知」のレベルがマックスになっても自分の姿が完全に見えていないのは狐にとっても予想外であったらしく、驚いていた。
「ふーむ、これで見えると思ったのじゃが、見えていないとは。」
「ああ、何かぼんやりとした狐みたいのが見えるだけだ。『気配察知』が上限に行けばお前が見えるんじゃなかったのか?」
「そのはずなのじゃが。うーむ、ではお主が草原の主を倒してくる間に何か考えておこう。」
そんな会話をして「壱の稲荷」を出てきた。さすがに八時を過ぎると人はあまりいなくなっていた。ちらほらと人はいるがみんな俺と同じくらいの年か俺以上の人たちだ。年下らしき人はいない。
このゲームの観測が今日から始まってからプレイヤーに対してある規定が決まった。「十八歳以下のプレイヤーの強制排出」だ。聞こえは悪いがこれは子どもたちにログアウトが出来ない状況が成長に悪影響を及ぼさないようにするために取られた措置であるらしい。まぁ、未成年に対してこの観測は良いものではないだろうし。もちろん俺みたいな一定の年齢を超えている人にとってもそうだが。
だからこの世界に子どもというのは存在しない。存在するならそれはNPCという事になる。それに夜になって女性が歩いているという事もなく、俺の周りにいる数人のプレイヤーは全員男だ。周りが男だけというのは何か自分が狙われてそうで少し怖い。
「早く外に出て主を倒しに行きますか。」
ひとり呟いて足を速めて町の外に出るために門を通る。
「あれ、ミコトじゃんか。今から何しに行くんだ?」
突然声を掛けられて、振り向くとナオユキが数人のプレイヤーの一緒にこっちを見ていた。
「ナオユキか、久しぶり。」
「おう、二週間ぶりか?それで何しに行くんだ?」
「ああ、これから草原の主を倒しに行こうかなと。」
「今から行くのか?結構暗いぞ。」
「まあ、いろいろやってたらこんな時間になちゃってさ。明日にするよりは早いうちにってね。」
「なるほどな。一人で大丈夫か?もしよかったら俺がついていこうか?」
いきなりナオユキが言う。確かにそれはありがたいが、後ろのナオユキのパーティーの仲間と思われる男一人と女二人いるのにいいのだろうか?
「ちょっとナオユキ、さっきこれから打ち合わせするって言ってたじゃない。」
後ろの女性一人が声を上げる。やっぱりこの後何かする予定だったんだな。それにパーティーみたいだなと思ってたら予想通りだった。
そして声を上げた女性は見た目からして下忍だろうか。イメージする女忍者みたいな恰好じゃなくて、普通の男性と同じような格好だった。ちょっと期待してみたが現実に夢はなかった。
初対面の人に対して考えることじゃないけど、女忍者と言われればそう思っちゃうのも仕方がないと思う。
「あれ?俺言ってたっけ、打ち合わせなんて?」
「言ってたわよっ。ついさっきの事なんだから覚えてなさいよ」
「しょうがないよクノエ。ナオユキが忘れっぽいのは今に始まったことじゃないしさ。」
クノエと呼ばれた女下忍に対して後ろの男性が「落ち着きなよ」といいつつなだめる。この人は俺を同じように背中に太刀を背負っているので、俺やナオユキ同じように職業は野武士だろう。
まあ、ナオユキが忘れっぽいのは現実でも変わらないことであったし。予想はしていたが本当に忘れていたとは。
「そうはいってもいきなりパーティーの私たちのおいてほかのプレイヤーに声かけるなんて……。」
どうやらクノエさんはナオユキが俺に声を掛けたのが相当お怒りのようだ。まあ、目の前でいきなり約束ほっぽり出されたらそりゃちょっと思うところはあるだろうね。
なんか見ていてパーティー内での話が長くなりそうだし、俺は早いところ主を倒しに行きますか。
「あの、俺でしたら一人で大丈夫ですので、そちらで打ち合わせをやってください。」
「悪いね。こっちが持って行くことになって。」
「そちらが先に入れていたのでそっちが優先ですよ。」
野武士の男性が申し訳なさそうにこっちを見る。隣でクノエさんはフン!といった感じにそっぽを向いている。
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫だって、攻略組の情報も見れたし、特に主で対策に困ることなんてないってあったから、問題ないよ。」
「まあ、あの主は特に注意することもないけどな。」
「お前は打ち合わせに行けばいいさ。俺は一人で主と戦ってみるよ。」
「ちょっとアンタ。一人で主と戦うの?」
俺の言葉にクノエさんが反応した。一人で戦うのはそんなに意外な事なのか?
「ええ、そのつもりですけど。」
「主に対して一人で行くってどんだけ自信があるのか、それともバカなのかのどっちかね。」
初対面なのにズバッというなクノエさん。そんなに一人で行くのはおかしいのか?
今まで一人でプレイしていたから今更ほかのプレイヤーと一緒に行動してもうまく連携が取れないような気がしたから一人で来たのだが、それにこんなことを頼める人がいなかったって言うのもあるんだけど。
「クノエ、そういう言い方は無いだろう。」
「でも、本当の事だし……。」
「別にかまいませんよ。それじゃあ俺は行きますね。」
「ああ、引き留めて悪かったな。頑張れよ。」
ナオユキに手を振って門を出る。中々に面白い人たちとパーティーを組んでいるんだなアイツ。
さっきの話で少し出てきたこれから戦う主だが、この草原の主は草原に出てくる野兎が巨大化した『大野兎』だ。攻撃パターンとかは大きく変化することはないのだが、とにかくデカくなっている。ただでさえ普通の野兎が一メートルほどの大きさになっていて、現実世界のウサギよりもデカくて気後れするのに、それよりも大きくなっている。
実際に見ていないから詳しいことは分からないが、攻略板を見たところ下手をすれば二メートルになる巨大ウサギだというのだ。正直言って普通の野兎との戦闘でも予想を超えるデカさにビビっていたが、それよりもデカいとなると俺はどうなるんだろう。
さっきナオユキ達には一人で大丈夫とか言ったけど、不安な気持ちでいっぱいだわ。
その巨体で普通の野兎と同じスピードで来られたら、俺はどうなってしまうやら。
「なんとか、限界まで上げた『気配察知』がいい感じに働いてくれるといいんだけどな。」
『大野兎』は攻撃が通常の野兎と変わらないというのが、重要だと思う。これで攻撃パターンが違うものになっていたら、最初のボスとしては難易度がおかしいことになるしな。
なんて思っていたら、草原の終わりが見えてきた。その後ろに森とは言えない林くらいの規模のものが見えてくる。草原の主の大野兎はこの林で戦うという事らしい。
草原の主なのに戦う場所が林というのはどうかと思うが、運営のやることは分かりません。
「俺のほかにプレイヤーはいないから、すぐに入っても大丈夫そうだな。」
他のプレイヤーが主と戦っていた場合、それ以外の人は基本的に戦闘場所に入ることは出来ない。乱入は出来ないし、先に戦っているプレイヤーが終わらないと入ることは出来ない。
幸い今は誰も戦っている人がいないのですぐに入ることが出来そうだ。そして気を付けなくてはいけないのが、戦う場所に入ったらすぐに戦闘が始まるという事。 敵が出てきて、カウントがあって開始というわけではないので、林に入ったら、すぐに移動とかをしないといい的になってしまうそうだ。これも中々に意地悪なのではと思ってしまうが、そういう仕様ならしょうがない。受け入れて戦う準備をするべきなのだろう。
「さて、それじゃあ行きますか。」
林の中に入ると、少し開いた場所に出た。どうやらここが戦う場所だな。今は俺以外に気配はないけどそのうち主が出てくるんだろう。
「さて、俺一人でどれ位戦えるかな?」
最悪、一度倒れて二回目の対策を考えるっていう風にしてもいいな。
………………っていうか聞いた話だと場所に付いたらすぐに大野兎が出てくるって話だったけど、まだ出てこないのか?
「おかしいな、俺の見た情報が間違っていたかなっっつ!!?」
いきなり自分の上から嫌な気配を感じて横に転がり回避する。
ザクッ!!
さっきまで自分がいたところに身の丈ほどある刀が刺さっていた。あとちょっとでも反応が遅れていたらあの刀に真っ二つにされていた。っていうか。
「何で刀があるんだよ!相手は野兎だろうが!!」
思わず叫んだが、俺の中ではここの主は野兎を大きくしたものであって、事前にみた攻略組の人たちが書いてくれた情報はただ野兎をデカくしただけと書いてあったのだ。刀を使うなんて一言も書いてなかった。
「なんだよ、主の兎は二足歩行で武器を使うってか?」
冗談じゃない。そんなのだったらこっちは簡単に詰んでしまう。ただでさえさっきの刀による攻撃は簡単に避けられるものではなかった。
『気配察知』がMaxになっていたからギリギリで察知することが出来た。『気配察知』を上げておけと言った狐に感謝だな。
「っていうか、刀が落ちてきたけど、ほかには何かいるのか……………っっつ!!」
また刀が上から降ってきた。今度は落ちてくるのではなく、誰かが振り下ろしてきた。
「なんだよ!本当に二足歩行の兎かよ!」
刀を振り下ろした相手がいる方を向くと、そこには兎ではなく、体長二メートルくらいの鎧を着た餓鬼がいた。
「……………いや、ここの主は兎って話だったじゃん。」
どうやら俺は想定外の主と戦う羽目になったようだ。
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