始まり
「久遠の風を起動します。夢枕を頭部に装着してください。」
やたら流暢な声の案内音声に耳を傾けながら、夢枕と呼ばれたヘッドギアを装着しベッドに横になる青年・道越透(みちごえとおる)こと俺はこれから始まるゲームに対して期待感を抑えられないでいた。
「キャラクター設定を開始します。必要事項を入力してください。ただし、顔、性別、身長、体重は事前に本社に提出していただいた書類によって既に入力されています。変更はできませんのでご了承ください。」
「(やっと始められるか。ここ数日はワクワクしてあんまり寝付けなかったからなぁ。これはきちんとアイツに感謝しなきゃな。)」
案内を聞きながら必要事項を入力しつつ、そんなことを思いながら俺は自分がこのゲーム、久遠の風をプレイすることになった時のことを思い出していた。
~一か月前~
「透、お前夏休み暇か?」
今日の講義が終わり、帰ろうとした俺の前にそんなことを言いながら現れたのは、友人である中尾智則(なかおとものり)。そんな奴を横目で見つつ俺は席を立ちながら
「何だよいきなり夏休みのこと聞いて、まだ一か月も先のことじゃないか。」
「まだ先のことは知ってるさ。でも今聞かないと意味がないんだよ。」
「意味がない?よく分からないが、まあ夏休み中ならたぶんバイトしていると思うが。」
「バイトか、それなら時間を作ることは可能だよな?」
「限度があるが可能っちゃ可能だな。」
俺の横を歩きながら、俺の答えを聞いた中尾は嬉しそうに笑いながらさらに口を開いた。
「ほら、一か月あとくらいに新しいゲームが出るじゃんか。久遠の風ってやつ、俺さ、あれめちゃくちゃやりたくて応募メール送りまくったんだよ。そしたら当選してさ。」
「当選したならよかったじゃないか。でもなんで俺に声をかける。嫌味か?自慢か?」
「そうじゃないさ。ただ二回当選してさ。」
「は?なんで二回も当選してんだよ。」
「どうしてもやりたくて、妹に頼み込んでアイツにも応募させたら見事にアイツも当選してさ。」
「ゲームやりたさに妹を巻き込むお前に俺は感心したよ。」
俺はあきれた視線を中尾にくれてやると、中尾は「よせよ、照れるじゃないか」なんて言ってきたので今度は冷たい視線をくれてやると少し慌てたように言ってきた。
「で、二回当選したから妹にもやらないかって聞いたんだけど、アイツゲーム嫌いだからやらないって言ってきてさ。このまま当選したのを返すのはなんか嫌だからさ。お前に声かけたんだ。」
「そりゃ、やらせてもらえるんならありがたくやるけどさ。でもいいのか、応募すらしてない俺が使ってさ。」
「それなら心配ないぜ。会社側にキチンと報告すれば問題ないそうだ。」
「そっか。ならありがたくやらせてもらうとするか。」
俺が礼を言うと中尾は「いいってことよ」なんて言いながら笑っていた。それを見ながら俺はさらに口を開く。
「でも、俺はこれからどうすりゃいいんだよ。」
「大丈夫だ。俺が明日お前の家に必要なものを持っていくから、お前は必要な書類を書いてくれればいい。」
「了解した。それじゃあ明日な」
「おう、楽しみにしてろよ。」
その日はそれで別れ、俺は一人帰路についた。それで次の日になったら中尾が来てうちにいろいろなものを置きに来た。俺はそれを横目で見つつ奴から渡された書類を書いていった。それあとは、俺がVRMMO初心者であることを知っている中尾からいろいろとレクチャーを受けたり、久遠の風の公式サイトや、βテスターたちの攻略サイトを見ていたら、あっという間に時は過ぎ、ついにゲーム開始の日を迎えていた。
~現在~
そんなことを思い出しながら俺はキャラクター設定を進めていた。このゲームは゛和゛をテーマにしてはいるが、基本的な部分は他のVRMMOと変わらない。プレイヤーの能力は体力、気力、筋力、耐久、呪力、呪術耐久、敏捷の7つで決まり、選んだ職業によってこれらの能力が変化してくる。命中力やクリティカル確率は表示されない能力で、レベルや武器の熟練度(これ無表示)で変わってくるらしい。レベルが高くても武器の熟練度が低いなら2つの数値は低い。
んで、職業は色々有るが、最初選べるのは近接格闘型の野武士、近~中距離を得意とする下忍、遠距離型の弓足軽、ほかのVRMMOでいう魔術師のポディションの呪術師、式神を召還して戦う陰陽師などの戦闘系や生産系の見習い商人や見習い職人でこれらの中から選ぶ。そして条件を満たせば上位職になれるらしい。
それ以外の点でもスキルを使用したりと基本的にはほかのVRMMOと変わらない。
そんな中で俺が作り上げたキャラクターはこんな感じだ。
〔キャラクタープロフィール〕
名前 ミコト
職業 野武士
階級 1
能力
体力 20
気力 7
筋力 12
耐久 9
呪力 1
呪術耐久 6
敏捷 5
装備
武器 野太刀
防具 旅人の道着一式
(発動スキル 無し)
………ちょっと待ってほしい。いくら野武士が近接格闘型だったとしてもこの呪力のなさはありえないだろう。1とかなんだよ、呪術使わないにしても頼りなさすぎだ。
だが、これがこのゲームの常識なのだろうか。初心者の俺にはさっぱりだ。だが、やっぱり少なすぎる。いやでも…………………。
駄目だ。いくら考えても所詮は初心者の考えることだから、無限ループにしかならない。プレイしている間に中尾から聞いてみるか。でもアイツのキャラクター名知らないや、どうすっかなぁ…………………。
まぁ、なんとかなるだろう。
「準備が整いました。これより『久遠の風』を開始いたします。」
案内の声に耳を傾けつつ、俺はそう思いながら「ミコト」としてゲームの世界に降りて行った。