一妻多夫な彼女
「私は我儘な女なの」
どこにでもいるような平凡な女は過去にそう言った。
「そしてとっても欲張りな女でもあるの」
彼女の夫は全員で四人いた。
一人は某国の国王だった。
賢王と名高かったが街で一目惚れをした王が日夜女に求婚し、あまりに熱を上げるせいで政治が滞り国が傾きかけたことすらあった。
一人は厳格な騎士だった。
国で一番強かった騎士は女に惚れこんで以来主も部下も捨て女に忠誠の限りをつくした。騎士が裏切るきっかけとなった女を殺そうと元主が暗殺者を送り込んだところ激怒した騎士に一族皆殺しにされ、裏で糸を引いていたその国の王族までもが死に絶えることになった。
一人は優秀な商人であった。
女と出会った当初は一旗あげるために頑張っていた若者だった。しかし女に出会ったことでどうにかその関心を買おうと躍起になって貢物を続けていくうちに商才が開花し、より珍しいもの、喜ぶものを女に送るためにだけに裏の世界も表の世界も牛耳る大商人にまで成長した。
一人はどこにでもいる普通の男だった。
高い地位があったわけでもないし、腕が立ったわけでもない。女に高価な貢物を貢ぐほど財力があったわけでもなかったが、ただ愚直なまでに女の事を愛していた。
「私の夫の誰が死んでも後を追いかけたりなんかしないけどね、私が死んだら全員連れて行くわ。一人残らずよ。誰一人とりこぼすことなく連れていくわ」
四人は正式に女と結婚したわけではなかった。
一人の男が多数の女を囲うことはあってもその逆はない。
実際女が住んでいた国は一夫多妻は認めていたが、その逆はあり得ないとして法にすら記されてはいなかった。
しかしこの四人が女のことを心から愛し、大切にしていたことから誰が言い出したわけではないが四人は女の夫であると認識されていた。
「だって、私が死んだらあの人たちはきっと多くの時間を過ごすことになるもの。一時期絶望していても有り余る時間は傷口をゆっくりと、でも確実に癒してしまうもの」
美しいわけでも、聖女のように優しいわけでもなかった女だったが、それでも男達を愛しているという事だけは確かだった。
女は強大な権力を使って自分勝手なことをしようとはしなかったし、国一番の力を使って周りを威圧しようともしなかったし、有り余る金でもって必要以上の贅沢をしようともしなかったし、ただ注がれる愛を悪戯に利用しようともしなかった。
ただ当たり前のように笑って愛して愛させて生きているだけの、普通の奥さんだった。
「そうしたらきっと新しい人を好きになってしまう。そんなのだめ!私以外の人を好きになるなんて許せないでしょう?」
そう言って笑った女は、数年後帰らぬ人となった。
何のことはない、一人で出かけていった帰り道、乗っていた馬車が転倒して崖から落ちて死んでしまったのだ。
女が死ぬ時はきっと何人も巻き込み壮絶な最期を飾ると、女のことを知っていた知人友人夫達の家族はそう思っていたが、結末はひどくあっけない幕切れとなった。
夫達は泣き、喚き、暴れ、ひどい醜態をさらしたが、それでも誰も死んでいなかった。
そのことに女達のことを知っていた誰もがほっとした。
しかしある同じ日に四人の男が死んだ。
一人は権力争いの果て暗殺者に殺された。不思議だったのは殺される少し前に後継者をひそかに指名し、すべての引き継ぎを終わらせていたことだろう。
そのおかげで国は混乱することなく指名された後継者を後釜に据え、暗殺をたくらんだ国の腐った貴族たちを国家転覆の罪で一掃することができた。
一人は鍛えていた弟子に試合の末殺された。騎士の学びそして弟子に叩き込んだ流派は一子相伝で、会得するまでには長い時間がかかり、そして持てる技すべてでもって師匠を殺すことにより免許皆伝となる過酷なものだった。
己の後継者に選んだ青年はずば抜けて潜在能力も戦闘センスも高く、一年という短い時間で騎士のすべての技を体得してしまった。そして己が主と見定めた相手を見つけ騎士の道を歩み始めた時、騎士は後継者の弟子のため最後の試練として己との殺し合いを命じた。そして晴れて免許皆伝となった弟子は名実ともに最強の騎士となった。
一人は自ら毒をあおって死んだ。後継ぎを育て表も裏も掌握できるようにおぜん立てし、何より金の魔力に溺れないように徹底的に教育し、そして私腹を肥やす悪徳商人たちの根絶に尽力した。
金に物を言わせて買い取った女と初めて会ったときの思い出の場所に、女が住んでみたいと言った小さくて温かみのある理想の家を建てた。そして女が死んでからも、死んだ後女に送るのだと言って日に一つ集め続けた貢物をあたり一面に敷き詰め、その中央で毒をあおり眠るように息を引き取った。
一人は自然死した。ふさぎこんでいたのを家族が心配して様子を見に行ったところ、ベッドの上で安らかな表情で冷たくなっているのが発見された。
死因は心筋梗塞で、眠っていたときに起きたため苦しみはなかったのだろうと医者に言われ、家族は涙した。そののち遺品を整理していた時、家族が苦労しないようにと死ぬ少し前に他の三人に少しずつ都合してもらった一家族が三回は生涯遊んで暮らせるだろう金額がベッドの下に隠されていたのが遺書とともに発見された。
指名された新たな国王は前王の遺体を王家の墓には入れず、先に女が眠っている場所の隣に埋葬した。もちろん、他の三人の夫達も同じ場所に埋葬することを許した。
後継者となった騎士は己の主に許可を取り、時折やってくる墓荒らしどもの手から女とその夫達が眠る場所を守った。
後継ぎになった商人は死んだ商人が女のために用意した貢物にはどれほどの価値があろうが一切手出さず女の墓の周りに敷き詰め時と共に朽ちるにまかせた。そして商人が女の側に埋葬されたのちも、その家と思い出の土地を一族が絶えるまで管理し続けた。
残された家族は男の死を悼み、女と共に死後の世界で幸せになれるように祈った。両親は国の許可を得て墓守となって世話をし、男の妹は男の残した金を大切に使いながら遺書に書いてあった通り男の分まで幸せになろうとした。
結局、女は全員を連れていったのだ。
それこそ宣言通りに誰一人として取りこぼすことなく全員を。
そんな時、誰かが女が最後に言っていたことを思い出した。
「だからといっても、すぐに連れていったりはしないけどね。やっぱり身辺整理をするのって時間かかるじゃない。立つ鳥跡を濁さずって言うでしょ。だから、
一年後に、連れていくわ」
男たちが死んだのは、奇しくも女が死んで一年目の命日であった。