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そんなはずないじゃないか!
男は難しい顔で唸りをあげる。
目の前にはそれは美しい女がいて、こちらもひどく難しい顔をしていた。
二人は結婚の約束をしていた、いわゆる婚約者同士という間柄だった。
「俺はお前にときめいたりなんかしない」
そう男が断言すると、女は心底嫌そうな顔をした。
「つまりそれって、私のことなんて好きじゃないってこと?」
「理由なんてそれくらいしかないだろ。なんなら心臓の音でも聞いてみるか?」
いっそ傲慢なほどに言い切った男に腹を立てた女は、それなら確かめてやろうじゃないかとばかりに立ち上がり、向かいにいる男のすぐそばに腰を下ろす。
そして細くたおやかな指を男の胸元に寄せた。
「・・・どうだ?」
「・・・少し、早いみたい」
「そんなはずない。もしそうなら・・・そうなら」
「そうなら?」
男はじわじわと顔が赤くなっていくのを自覚した。
ふと女の方を見てみると、女も胸に当てた手をそのままに顔をあかくしている。
「こんなに密着しているからだ。そうにきまっている」
苦し紛れに口から出た言葉は、全く説得力はなかった。