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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
6/57

第3話【改】 伯爵令嬢、夜会の準備をする

9/16 大筋は変わっていませんが内容を変更しました。

お手数ですが読み直していただけると幸いです。




 ひとしきり笑った後、ティリエルは表情を改めた。


「さてフィー、対策を練らないといけないわ」

「今日の夜会の?」

「……その前に有事の際の確認をしておきましょう」


 さっきサフィリアたちがいた窓の前まで行き、下を覗き込む。

 部屋は二階、眼下に広がるのは芝生だ。

 いざという時は飛び降りてもなんとかなるだろう。

 ……痛そうだが。ものすごく痛そうだが。


「安心してよ。ぼくが抱えて跳ぶから。ティルに怪我はさせないよ」


 ティリエルの隣に並んだサフィリアがにっこり笑う。

 ティルというのはティリエルの愛称だ。

 人目があるからと朝から聞いていなかった、親友としての素の口調を聞けたことが嬉しくて、ティリエルも笑った。


「あら、私は無傷では降りられない?」

「お兄様と……ぎりぎり妹姫なら大丈夫だろうけど、きみはちょっと危険かな」


 ティリエルの家、つまりスカーレット伯爵家は、当事者たるティリエルからしてもおかしな家だ。

 サナルシィ伯爵家もスカーレット家(うち)ほどではないだろう。

 朝。家族から使用人まで六時起床。

 実際には使用人はそれより早く起きているが。

 特別な日以外身支度は自分でやるのが当然。

 朝食前に家族で剣術の鍛練。腕に覚えのある使用人もたまに加わる。

 朝食と夕食は基本的に使用人も全員揃って食べる。

 使用人とはいえ友達感覚、他人の前でなければ砕けた口調。

 使用人は他家に比べて圧倒的に人数が少ないため、名前は全員把握している。

 父の命令によりティリエルたち兄弟も使用人に混じって仕事をするので、実は一人でも生活できる。

 刺繍が嫌で抜け出した娘たちを咎めず、侍女と一緒に弁当を作り、送り出す母。


 いかに貴族らしくない家か、これだけでもわかろうというものだ。

 ちなみにティリエルの家族は皆何かしらの武器を扱える。

 剣に関しては全員仕込まれるが、例えば妹は弓の方が得意だし、兄は徒手空拳でも強い。

 外から嫁いできたはずの母も、投擲用の武器を持たせれば般若と化す……は言いすぎか。


 父の口癖は「我が身も守れぬような統治者に守られる資格はない!」だし、母の口癖は「殿方なんて当てにならないのだから、助けにきてくれるのを待っていてはいけませんよ。むしろあなたたちが殿方を迎えに行けるくらい強くなりなさい」だ。

 そう言われ続けて育ったティリエルは護身くらい当たり前だと思っているが、世間では当然ではないこともちゃんと知っている。

 それでもティリエルは単純に剣術が好きだったし、それなりに強いという自負もあった。

 母の言葉を受けて「じゃあ俺は例外になろうかな。やっぱりレディのピンチには颯爽と駆け付けるのが格好良いよね」と宣言した兄は、ティリエルよりも数段強いが。


 つまり何が言いたいかというと、きちんと身体を鍛えているティリエルでも飛び降りてはいけないのか、ということだ。


「多分大丈夫だとは思うけど、保証できないからね。お兄様は言うまでもなく大丈夫だし、いやに身体能力が高い妹姫も、軽いし衝撃も小さいから大丈夫。ティルも普段の服装だったら擦り傷くらいでなんとかなったかもしれないけど、後宮にいるからには重いドレスだよ?」

「……はい。私が甘かったです」

「わかればよろしい」


 サフィリアはぽんぽんとティリエルの頭を叩いた。

 妹は武器の扱いこそそれほど慣れていないが、天性の身体能力がある。戦うのではなく逃走するのなら、ティリエルより上だろう。

 そして目の前のサフィリアは、身体能力・戦闘能力共にティリエルと妹よりも上だ。両親が拾ってきた当初から彼女は強かった。

 だからおとなしく抱えてもらうことにしておこうと思う。


「ちなみにこの部屋の逃走経路は窓とドアだけだよ」


 家にいた時みたいにこっそり抜け出すのは無理だからね、と極上の笑顔で言われ、ティリエルは頬を引き攣らせて頷いたのだった。

 その後、どう動くのか簡単な確認をし、サフィリアは窓を閉めた。

 ベッドに後ろ向きにダイブしたティリエルに向き直り、思い出したように言う。


「それにしても令嬢一人ひとりに護衛をつけるなんて随分人手が余ってるのかな」

「……どうして?」

「だって自分の身くらい守れるよね? 妃候補くらいで騎士つけてまで守る必要ってあるの?」


 当たり前のようにそう言うサフィリアに、ティリエルは束の間言葉を失った。

 自己防衛の手段を持つことが当然ではないのだということを、彼女は知らないのだ。

 サフィリアはティリエルの両親に拾われてから、スカーレット伯爵家の領地から出たことがない。

 家に連れてこられてからも初めのうちは感情のない空虚な瞳をしていて、何を尋ねても答えは得られなかった。

 今でも彼女についてわかっていることは名前だけだ。

 記憶が曖昧なのかもしれないと父は言い、また本人もあんまり覚えていないと証言している。

 だからサフィリアにとっての常識が、スカーレット家とその領地を基準としていたとしてもおかしくないのだ。


 というわけで、「いかにスカーレット家が普通じゃないか」を懇切丁寧に説いてあげたところ、サフィリアは何度も頷き、納得したようだった。

 一方でティリエルは大事な親友の常識が偏ってしまったことに責任を感じ、やっぱり兄の恋路は全力で邪魔してやろうと決意を新たにした。

 因果関係? なにそれおいしいの? の世界である。

 一応それらしき理由として、兄の手にかかると都合の良いように偏った常識に調整されてしまいそうだから、とでもしておけばいいだろう。

 一人ほくそ笑むティリエルにサフィリアが不気味そうな顔をしていたことに、ティリエルは気付かなかったのだった。










 普段着替えは一人でするのだが、今日はスカーレット家でいうところの「特別な日」だ。何せ夜会がある。

 もちろん王太子との顔合わせのためだが、到着したその日に設定するのは不親切ではないかとティリエルは思う。

 きっと今頃皆大慌てで、これでもかと着飾っているのだろう。

 という主張に相槌をうちながらもてきぱきと問答無用で準備を整えていくサフィリアに、ティリエルはむうと頬を膨らませた。


「聞いてる?」

「聞いてるよ」

「もっと地味なのにしようよー……」


 ピンク色のドレスの裾をつまんで口を尖らしてみせたのに、サフィリアは無視して腰のリボンを結ぶ。


「フィーってば」

「……あのね、目立ちたくないんじゃないの?」

「だから地味なのにしようって言ってるの!」


 返ってきたのは深い溜息。

 さすがにむっとして何か言うより先に、ティリエルを化粧台の前に座らせたサフィリアが鏡越しに問い掛けてきた。


「宝石だらけの箱の中に石が入ってたら目立つと思わない?」

「それは目立つ、けど」

「きみやミーナ様みたいな例外もいるけど、普通は選ばれたいひとが来てるんだよ。きっと凄く綺麗に着飾ってくるだろうね」

「う……」

「その中でものすごく地味な子がいたらどうかな?」

「……そんな理路整然と叩き潰さなくてもいいんじゃないかしら」


 ただの愚痴だったのに、とますます頬を膨らませると、台の上から櫛を取り上げたサフィリアは鏡の中で苦笑した。


「ごめんごめん。でもちゃんと標準的くらいに抑えてあるから安心して」

「そこは心配してないけど、罰としてこれからは人前でもティルって呼ぶこと」


 にっと笑うと、珍しくサフィリアは渋い顔をした。

 あまり……というよりほとんど負の感情を表に出すタイプではないのだが。

 サフィリアはすぐには返事をせずに、ティリエルの癖のある髪をするすると梳った。

 白い指がサイドの髪をすくい、丁寧に編み込んでいく。そのまま残りの髪と一緒に耳の下辺りでまとめ、もう何年も使っている紅の髪紐で括った。

 もう大分古くなってしまった髪紐だけど、ティリエルがとても大切にしていることを、この親友はちゃんと知っているから。

 最後に手慣れた仕草で薄く化粧を施し、にっこりと笑う。


「完成」


 ティリエルも鏡の中の自分の姿を確認して同じように笑った。


「完璧。……さぁ、フィーも準備してきて。今日は侍女同伴らしいから」


 では失礼しますと一礼したサフィリアが仕切りの向こうに消える。

 一部屋とはいえ仕切りくらいはあるのだ。

 しばらく時間を持て余して、くるりと回ってみたりしてドレスの感触を楽しんでいたティリエルは、ふいに動きを止めた。



《あれ、ティリエル?》



 空気を震わせるものではない、直接頭に響く声。


「そうよ。どうかした?」

《ティリエルだ》

《なんでいるの?》

《婚約者いたよね?》

《別れたの?》

《王太子の嫁になりたかった?》

「家の都合よ。それとカイとは別れてないわ。兄様も私が王太子妃になることは絶対ないって言ってたし、ほんとに来ただけ。あなたたちも余計なこと言わないでよ」


 渋面になったティリエルの周りには人っ子一人いない。

 つまりティリエルは人ならざるもの――精霊と会話しているのだ。

 ユーネリアの王家をはじめ、この世界にある六の国のトップは皆、精霊との関わりが深い。

 だから王太子に何かおかしな情報を伝えないでくれと、軽い気持ちで頼んだのだが。


《うん、わかってる……》

《言わない……》


 返ってきたのはどこか気落ちしたような声音で、ティリエルは困惑する。


「どうかしたの?」

《あ……ううん、なんでもない》

《ほらサフィリアが戻ってきたよ。またね》

「ちょっと待っ……」


 引き留める間もなく彼らの気配は消えてしまった。

 入れ代わるように戻ってきたサフィリアは何も言わずに、台の上に置いてあった短剣を取り上げて太股に巻いてある剣帯に差し込むと、徹頭徹尾侍女の顔で再び頭を下げた。


「では参りましょうか、ティル様」






   ◆   ◆   ◆






《ねぇティリエル》

《きっとまだ聞いていないのだろうけど》

《ティリエルだけじゃない。サフィリアも、それどころか国民はみんな知らない》

《王太子が表に出てこなかった理由》

《王家が王太子を表に出さなかった理由》

《王太子の妃となるための最重要条件》

《隠されてきたから、知らないよね》

《彼が生まれ持った弱点》

《生まれ持たなかった強さ》

《それを埋められる女性を、王家は探している》

《あなたは当て嵌まりすぎるがために決してなり得ないけど》

《それでいい》

《妃にはなってはいけない》

《でも、でもね、知ってる?》

《知らなくてもいい、気付いてほしい》

《ティリエル、王太子はね》


《――とてもとても、淋しいひとなんだよ》




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