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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
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第62話 伯爵令嬢、調査する 1


 後宮生活六日目の目覚めは騒がしかった。

 まず起こしにきたのがサフィリアではなくミモザだった点からも窺い知ることができよう。


「ティリエル様、ティリエル様! 起きてくださいーっ」


 ゆさゆさと身体を揺さぶられ、寝起きの良いティリエルはそれだけでぼんやりと目を覚ましたが、完全に覚醒するとまではいかなかった。

 体内時計が違和感を訴える。


「いま……なんじ…?」

「四時ですー」


 ふざけるな寝かせろ。

 起きなければという義務感が眠気にあっさり敗北して、ティリエルは布団を頭まで被って寝返りを打った。


「んー……サフィリアさんから殴ってでも叩き起こせって言われたんですよねぇ」


 一方のミモザは、腕組みをして困ったように唸った。

 期間限定とはいえたった今は主であるひとを殴っもいいのだろうか。

 さすがに駄目な気がしたので、ミモザは再度ティリエルを揺すった。


「起きてくださいー」

「いや……」

「嫌でも起きないとサフィリアさんに怒られますよ」

「まだじかんじゃない……」

(かわいすぎる!!)


 舌足らずな口調が子供みたいできゅんとする。

 昨日まで毎日、起床時間に起こしにいくまでもなく自分で起きていたので、寝起きのティリエルを見るのは初めてだ。

 いつも実際の年齢より大人びて見えるので、ギャップが半端ではなかった。

 かわいい。とてつもなくかわいい。


「それでも起きてくださいってば。事件なんです」


 ――が、起こすのをやめたら黒髪の侍女の絶対零度な笑顔を頂戴することは確定なので、いくらかわいかろうと起きてもらわねば困る。


「じけん?」


 意図して使った単語に、ようやくまともな反応があった。

 背を向けていたティリエルがこちらに寝返りを打ち、薄く開いた目がミモザを見上げる。

 しかしほっとしたのも束の間、すぐに瞼が落ちた。


「あれ、ティリエル様? 事件は?」

「かんけいない」

「関係あるんですよーっ!?」

「かんけいない」

「うぅ……」


 まったく起きてくれそうにない主に、ミモザは覚悟を決めた。


(これだけ何回も起こしたのに起きてくれないティリエル様がいけないんですよ!)


 言い訳じみたことを考えながら、クッションを持ってきてベッド脇に並べる。これで痛くないはずだ。

 ミモザはふぅと息をつくと、穏やかな寝息を立てる主にぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい」


 謝ったよ? 謝ったからね?

 だからこれは不可抗力だ。

 何度も言い聞かせ、ミモザは決死の表情で――というにはあまりにも無邪気な顔で――両手でティリエルがくるまっている掛け布団を掴む。


(……せーのっ!)


 声に出さない掛け声に合わせて思い切り両手を引いた。

 引きずり落とされる布団。

 つられてくるくると転がったティリエルは、勢いそのままにベッドの端から床へと落下。

 ベッド横の棚からトドメのようにティリエルの頭に落ちてくる置物。

 どす、という鈍い音が、早朝の静かな部屋にやけに大きく響いた。


「いっ―――――!?」

「えーっと、おはようございますティリエル様……」


 突然全身に走った鈍い衝撃と痛みに強制的に目を覚まされ、飛び起きたティリエルは頭を押さえて涙目になった。

 申し訳なさそうに挨拶してきた護衛騎士を見上げ、傍らのベッドを確認し、散らばったクッションを目にして、自分に何が起きたのかを悟る。


「……ミモザ」


 再び護衛騎士に視線を戻してひと睨み。


「だ……だってサフィリアさんがっ」


 びくっと怯えたように縮こまったミモザが、あたふたと両手を振った。

 そういえば起こされている間に、サフィリアが何とかと言っていた気がする。

 どうしたのかと問えば、ミモザはすっと真顔になり、それを保とうとして失敗したみたいな顔で笑った。


「殴ってでもひっぱたいてでも突き落としてでもいいから、なんとしても叩き起こせ」

「……はい?」


 今、あまりにもミモザにそぐわない台詞が聞こえなかったか。

 唖然とするティリエルに、ミモザは今度こそにこっと笑った。


「サフィリアさんからそう言われたんですー」

「……今の、フィーの、真似?」


 サフィリアが言ったならば納得だ。

 しかしまさかあの変な笑顔も真似なのだろうか。


「そうですー。似てましたか?」


 えっへんと胸を張りきらきらした子供のような目で見詰められ、ティリエルがかろうじて浮かべられたのは乾いた笑み。

 とっさに思い浮かべた、見慣れた涼やかな微笑みには程遠かった気がするのだが、気のせいだろうか。


「似てたなら嬉しいです! サフィリアさんってかっこいいですよね。憧れてますー。あんな風になりたいなー……なんて思ったりして」


 えへへと照れるミモザはかわいくて癒されたが、似ている似ていないの問題以前に、あまりにも似合わなすぎる。憧れる方向が正反対だ。サフィリアがかっこいいことは否定しないが、絶対やめたほうがいい。

 子供が背伸びして大人を真似た時の滑稽さと似ていると言えばいいのか。……ミモザはサフィリアより年上なはずだが。


「ミモザ」

「はい、なんですか?」


 ティリエルはミモザの肩にぽんと手を置き、その橙の瞳と目を合わせた。


「ミモザはミモザでいいんじゃないかしら、うん」


 というか是非そのままでいてください。人間諦めも大事だ。

 伝わったのか伝わらなかったのかわからないが、ミモザは困惑したように頷いた。

 ミモザがサフィリアみたいになったら……と思うと、ぞっとする。

 サフィリアが聞いたらこれまた素敵な笑顔をくれるだろうことを思いつつ、ティリエルはほっと息をついてぐるりと部屋を見回した。


「……なんでフィーが起こしにこなかったの?」

「『よろしくお願いしますね。私はちょっと情報収集に行って参ります』って、ものすごくイイ笑顔で言われて、無理ですと言えなかったんです。もちろん引き留めることもできませんでした」

「それは……お気の毒様」


 ティリエルでも無理かもしれない。


「で、フィーは情報収集? 何の?」

「あ、そうでした! 事件なんですティリエル様!!」

「事件って……」


 朝っぱらから物騒(めんどう)な。

 思わず眉をひそめたティリエルには気付かず、内緒話をするように耳元に口を近付けるミモザ。


「まだ公にはされてないんですけど、実は――――……」


 話を聞くにつれて、ティリエルの面差しに険が宿っていく。

 聞き終えたティリエルは、至極静かにミモザに待機を命じた。


「着替えるわ。すぐに出られるように準備していて」

「……はい」


 不気味なほど静かな声音に何かを感じたのか、ミモザは一礼すると黙って部屋を出ていく。

 しかし直前で振り返って、窺うように扉の陰から顔を覗かせた。


「あの……」

「どうかした?」

「昨日は、大丈夫でしたか?」


 ティリエルは虚をつかれて言葉に詰まった。

 それからふと力を抜くと、微笑して頷いてみせた。

 答えるようにぱぁっと笑ったミモザの頭が引っ込む。

 幸せ者だなぁと、思った。

 目を伏せて動かなかったのは数秒、顔を上げたティリエルはサフィリアによって用意されていたドレスを手に取ると、手早く身につけていく。

 相変わらず抜け目のないことに、シンプルで軽く動きやすいデザインが選ばれていた。


(公にはされてないって、言ってたわよね)


 少し首元の開いたドレスにチョーカーを巻き、腰のリボンを結べば終了だ。

 本当は髪結いもやってしまいたいのだけど、昔から一向に上達せず壊滅的に下手なままなので諦める。


(ミモザは多分スザク様……というか上司からの情報)


 だがこんな機密情報をサフィリアに話すとは思えない。

 ならばサフィリアが自分で情報を得たとする方が正しいだろう。そしてミモザは隠すのを諦めた……と。

 さすがのサフィリアも夜中に後宮内を歩き回っていることはないはずだから、情報は「誰か」から得たはずだ。

 となると怪しいのは――



「――うん、当たり。シュウだよ」



 一瞬、息が止まった。

 声には、出してないはず。

 振り返る。

 にっこり笑った黒髪の侍女が、当然のように髪紐と簪を手にして、いつの間にかそこにいた。


「っ、……相変わらず気配の消し方は完璧ね。フィー」

「あれ、あんまり驚かないね。宰相にやった時は面白い反応が見れたのに」


 やったのか。シーグレイ相手に気配を消して背後を取ったのか。

 確かに文官でそういったことに疎いとは言え一国の宰相相手に、暗殺を疑われても仕方ない。


「……考えなきゃ駄目じゃない、そういうことも」

「だってシュウがやれって言うから」


 肩をすくめるサフィリアに、ティリエルの目が据わった。

 彼女が「あとで兄をとっちめよう」と決意したことは明らかだった。


「それで、どうだったの?」

「うん、どこから説明しようか? 何があったかはミモザ様から聞いたよね?」

「詳しくは聞いてないわ。できれば全容から話してもらえる?」

「了解。ついでだから髪も結っちゃおう。こっちおいで。

 ミモザ様は?」

「お願い。

 ミモザには話を聞いてからどこまで伝えるか決めるわ。どのみち騎士団の方から連絡がくるでしょう。……あ、その前に」


 鏡の前に連れてこられたティリエルは、ぽんと拳で掌を打った。

 髪を梳こうと触れたサフィリアの手に、思い出したように訴え始めた頭の痛みをそのまま、にやりとした笑みを作る。


「フィー、あなたミモザに面白いお願いをしたわね」

「? ……あぁ、もしかして起きなかったの?」

「ええ、なにせまだ四時でしたからね」


 にこやかな微笑みを添えて鏡越しにそう言うと、サフィリアはばつの悪そうな顔になった。

 俯くように目を逸らし、無意味に何度もティリエルの蜂蜜色のくせっ毛をくしけずる。


「フィー、悪いことをしたらどうするんだっけ?」


 久々に優位に立てたことをこっそり嬉しく思いながら、ティリエルは幼子に言い聞かせるようにゆっくりと口にした。

 サフィリアは髪を動きやすいようにまとめて髪紐で結い、簪を挿し終えてから、ぽつりと「……ごめん、ぼくが悪かった」と呟いたのだった。




続きますが、宿題の関係で次はいつ投稿できるかわかりません。

全然終わってないんです(笑) ほんとに泣きたい……

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