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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
51/57

 ******

遅くなってすみませんでした!


サブタイトルあんまり関係ないです。



 ユリウスの目に光が戻ったと思ったのも束の間、彼はいびつな笑顔を浮かべて歩き出した。

 慌てて追い掛けたツァイスは、しばらくしてユリウスが誰を目指して歩いているのか悟った。

 落ち着いているが暗くはない萌黄色のドレスを着た、蜂蜜色の髪の令嬢だ。


(さっき協力を頼むと言っていた令嬢か)


 どうやら若き宰相閣下は本気で王子様を怒らせたらしい。

 一体何をしたのか、微妙に知りたい気もしたが、何だかろくでもないことな予感がひしひしとしたので、結局ツァイスは沈黙したまま後ろを歩くことを選んだ。

 賢明である。


「――ツァイス様、ユリウス様、妹に何か御用でしょうか」


 横合いからそんな声をかけられたのは、それからまもなくのことだった。

 まさか王子(じぶん)たちに、しかも中立を貫く特に目立つ訳でもない王子に話し掛けてくる強者(つわもの)がこんな壁際にいると思っていなかったツァイスは、やや驚いて左を向いた。

 ユリウスが息を呑む音が聞こえる。

 かちんと固まった義弟を横目に、ツァイスは咄嗟に頭に浮かんだ、噂で聞いたことのある二つ名を呟いた。


「――『傾城の美女』」

「あら嫌ですわ、そんな大した者ではございません」


 緩やかに波打つ蜂蜜色の髪、陶器のような滑らかな肌、奇跡のように整った顔立ち、浮かべられた艶やかな笑顔。

 絶世の美女と名高い彼女をツァイスは一度も見たことがなかったが、なるほど騒がれるのも無理はない。

 妙に納得しながら、ツァイスはこれまた噂で知っていた名前を呼んだ。


「リリアナ・スカーレットか。どうかしたのか」


 リリアナは何か珍しいものを見たような顔をしたように見えた。


「……何か?」

「いえ、珍しい反応でしたので」


 お気になさらず、と口許に手を当てて目礼し、すっと表情を改めた。


「無礼を承知でお尋ね致します。私の妹に何か御用でしょうか」

「用があるのは私ではなくユーリだが……問題があるのか?」

「僕ちょっとティリエル嬢に頼みたいことがあって」


 ようやく復活したらしいユリウスが胸の前で手を合わせて「お願い!」とポーズを取る。

 リリアナは一度目を瞬かせ、申し訳なさそうに微笑んだ。


「では少々お待ちいただけますか。今の状態の妹に話し掛けるのは、避けていただきたく存じます」

「……どういうこと?」


 今度はユリウスがきょとんと瞬く番だった。

 今の状態も何も、壁際でどこかを見ているようにしか見えない。


(それにしても存在感のない娘だな……)


 仮にもリリアナの妹とは思えない。

 ツァイスは疑問に思ったが、正直なところ自分には関係ないので口は挟まずにリリアナを一瞥するに留めた。


「ユリウス様ならお分かりになるかと。……よく今のあの子を見付けましたね」


 二人の王子に見詰められてなお艶やかな笑みを崩さず、ゆるりと首を傾ける。拍子にさらりと流れた髪も首の角度も、全てが彼女を美しく飾る。

 美の女神に祝福された女。まるで動揺を誘うかのように。

 今度はユリウスは動じなかった。

 天真爛漫な彼には珍しく鋭く目を細め、リリアナの妹だという令嬢を見据える。

 そのまま長考に入りそうな気配だったので、ツァイスはちょっと困った。

 今のリリアナの発言の意味を知りたかったのだが、ユリウスは訊いてくれなさそうだ。


「……どういうことか、教えてもらえるだろうか」


 ユリウスが名指しされたということは、多分精霊絡みだろう。

 尋ねられたリリアナは白い手で妹を示した。


「あの子、影が薄いと思いませんか?」


 肯定していいものか迷うところだ。


「まぁ……そうだな」

「今のあの子は普通のひとからしたら透明人間です。そこにいるのに気付けない」


 何せ存在感が皆無ですからね、と肩をすくめるリリアナ。


「わかった」


 全く理解できないツァイスの横で、ふいに顔を上げたのはユリウスだ。

 半信半疑な顔でユリウスは答えを口にする。


「ティリエル嬢は精霊たちの世界にいるんだね?」

「精霊たちの世界に……いる?」

「うん。僕たちのいる世界と重なっているもうひとつの世界。そっちにいるから、存在感がないように見えるんだよ」


 すごいな、あんなに完全に同調できるなんて……とユリウスは感心しきりだ。

 一方のツァイスはとてもじゃないが納得できる話ではなくて、思わずリリアナを振り向いた。


「どういうことだ?」

「ユリウス様のおっしゃった通りですよ」

「だから」

「あの子の意識は今コル……精霊に向いているんです。完全に。私たちが見ているのとは違う世界を視ています」


 ……わからない。

 ツァイスが理解してないのがわかったのか、リリアナまでもが困った顔になる。

 途端、広間のあちこちから遠慮容赦のない殺気が飛んできた。


『リリアナ様を困らせやがった』

『俺たちの女神を』

『話してるだけでも許し難いというのに』

『呪うか』

『呪おう』


 ……リリアナ・スカーレットには婚約者がいると噂に聞いていたのだが。


「大丈夫ですか?」


 ダラダラと冷や汗をかいていたツァイスは、訝しげなリリアナに乾いた笑みを返した。

 自分は一応王子だ。あの妙に真に迫った呪詛は空耳に違いない。

 というかそうであって欲しい。


「義兄さん、精霊を視る時って普段と意識が違うでしょう?」


 そんなツァイスの様子をわからないからだと勘違いしたのか、ユリウスが割って入ってきた。


「僕たちの『違い』をさらに深めて、完全に普段とは意識を違くしてしまった状態」

「……つまり今あの子はこちらの世界のことは何もわからないということか?」

「そういうこと――だよね?」

「はい」


 躊躇いなく頷くリリアナ。


「つまり、……ユーリ、お前より力の強い【霊才者】ということか?」

「そういうことになるね」

「そんな馬鹿な……」


 アルフレッドの力がどのくらいなのかは知らないが、ユリウスの力は兄弟の中でも一際強い。

 アルフレッドとユリウスを除けば次に強い力を持つのはハーヴェイだが、ハーヴェイとユリウスの間にはどうやっても越えられない差がある。

 そのユリウスより力が強いひとなんて、父以外にお目にかかったこともなかった。

 けれど外ならぬユリウスがそう認めているならそうなのだろう。


「ハーヴェイ様、ユリウス様」


 驚愕のあまり思考速度が低下していたハーヴェイは、女神と謳われるリリアナらしからぬひんやりとした声音に気付かなかった。

 ユリウスも同じく何の心構えもなくリリアナに意識を戻し、




「くれぐれも他言無用にお願いしますね?」




 揃って息を呑んだ。

 悪意なくにこにこと笑う彼女。

 それなのに背筋が凍るほどの圧力を感じるのは何故だ。

 ツァイスは王族、良くも悪くも命を狙われる立場であり、言葉の裏で交わされる息の詰まるような攻防をよく知っている。

 アルフレッドに敵対する第二王子と第四王子に挟まれた第三王子(ツァイス)は物静かだと評されることが多いが、彼とて必要とあらば笑顔で――いや、彼ならば無表情で――脅しをかけるくらいはやる。実はそういうのは結構好きだ。

 ユリウスだって、ツァイスたち年上の王子ほどスレてはおらず素直ではあるが、外務省で働いているだけあって駆け引きには慣れっこだ。

 それなのに何故、この美しい女の完璧な笑顔を前に足が竦むのか。

 よく有りがちな「目が笑ってない」笑顔でもない。うっとりするほど完成された、一分の隙もない笑顔だ。世の男百人が目にしたら、九十九人は落ちるような。

 落ちなかった希少な二人は、輝かんばかりの笑顔を前にこくこくと首を縦に振ることしかできなかった。

 仮にも一国の王子なのに。


(落ちた方が幸せだったんじゃ……)


 どうせなら女神は女神のままでいてほしかったとは心の呟きだ。


「何かおっしゃいましたか?」

「いや、何も。……ユーリ、ティリエルさんのこと見てなくていいのか?」

「あ、そうだった。こっちに戻ってきたら話し掛けてもいい?」

「ええどうぞ。ただ逃げられるかもしれませんが」

「ああうん、わかってる。僕としても人目がないところで話せた方がありがたいかな」

「人目?」


 訝しげ、というより要注意人物に向けるような胡乱げな瞳を向けられたユリウスは、慌てたように両手を振った。


「違う違う! シーグレイのいないところで話したいだけ!」


 それだけで何かに思い当たったのか、リリアナは得心したように再び笑みを浮かべる。それは思わず見間違いを疑うような、どこか面白そうな、ひとの悪そうな笑顔だった。

 存外女神は面白い女らしい。

 笑みの形に口許を緩めた時、ふいに小さな声が上がった。


「あれ……?」

「ユーリ? どうした?」


 顧みれば、困惑の滲んだ声そのままに眉根を寄せたユリウスがじっと一点を注視している。


「ティリエル?」


 気付いたリリアナが狼狽えたように名前を呼んだ。

 そうだ、ユリウスの視線の先にいるのはティリエルだ。

 遠目からでもわかるほどに血の気を失って、蜂蜜色の髪の令嬢はふらりと一歩後ろに下がった。

 そのまま身を翻し、広間の外へと走っていく。

 ――まるで何かから逃げるように。


「待って!」


 咄嗟に後を追ったのはユリウスだった。

 お前が追ったら大事になるだろうと止めるべきだったのかもしれないが、他のことに気を取られていた ツァイスが慌てて伸ばした手は遅すぎた。

 ツァイスは諦めて、気掛かりの方に視線を移した。

 蒼白だった令嬢の視線の先。

 王太子アルフレッド・シアン・ユーネリア。


(いったい何が……)


 彼の何があの子をそこまで怯えさせたのだ。


「知っちゃったのね」


 失念してたわ、と。

 リリアナが諦めたように呟いたのが、妙に耳に残った。




「ツァイス様は中立と記憶しておりますが」

「ああ、そうだが」

「ユリウス様をかわいがっておられるのですね」

「……そういうことか。フレッド派に見えるか?」

「僭越ながら、見えてもおかしくないかもしれないと思われます」

「仕方ない。甘えてくるユーリを突き放すことは俺にはできない」

「……」

「(中立もラウディオ(たぬきじじい)の思い通りになるのが嫌だったからだしな)」

「小さい頃からかわいらしかったのですか」

「それはもう。陛下は俺が距離をとれなくなるのを見越して俺に近付けたんだろう」

「……(実はすごい裏情報のような気もするわ)」


実はブラコン? なツァイス王子。



次の投稿は明後日の0時です。

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