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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
45/57

 ******

登場人物紹介にユーネリアの王子・王女全13人をアップしました。

前から載っていたひともいますが(笑)



「燃えた跡がない……」


 ユリウスは先程の一連の騒ぎを、中立の立場を保っている異母兄と共に見ていた。

 騒ぎを起こした令嬢四人が連れていかれ、標的となった令嬢も去り。

 騒然とした広間を真っ直ぐに横切って、アルフレッドは妹である第一王女リーシェにダンスを申し込んだ。リーシェもまた、取り乱すことなくその誘いを受けた。

 それを見た王は途絶えていた音楽を再開させるよう楽団に指示し、その隣で王妃は楽しみですねと微笑んだ。

 そうして麗しい兄妹が一曲踊り終えた頃には、驚くことに場の空気はすっかり元通りだった。

 文句を言おうとしていた異母兄弟たちは渋々引き下がった。代わりにアルフレッドの妃候補たる令嬢たちに盛んに話し掛けていたが。


 現在王位継承権を持つのは、男女合わせて十三名。

 ユーネリアでは誰かが王位を継いだ場合、原則としてその兄弟姉妹たちの継承権はなくなる。

 ただし子供を残さないまま、または子供があまりにも幼い内に王・王女共に亡くなった場合のみ兄弟姉妹に継承権が復活する。また従兄弟に継承権は認められない。

 いずれの場合も例外は存在するので、物騒な話だが例えば王の従兄弟にあたる人間が、王の子供たちから兄弟、自分の他の従兄弟、王と王妃を殺し尽くせば継承権は手に入る。

 ただ王族は基本的に【霊才者】として強い力を有しており、また特に現在のように子供が多い場合、それは不可能に近い。

 話は逸れたが、つまりリーシェはアルフレッドに次ぐ王位継承権第二位の地位にいるのだ。陛下、妃殿下、アルフレッドに次ぐ地位の彼女ならば、最初の相手に相応しい。

 前回もいてくれたなら無用な混乱は起こらなかっただろうが、少々事情があったのだから仕方ない。


 現在アルフレッドの下に下り、臣下として働いている兄弟はユリウス一人。五人いる姫は、リーシェはもちろんとしてあと一人ユリウスと同腹の姫がアルフレッド側についている。

 明らかに対立しているのは、一番年長のハーヴェイと三番目のクレイン。

 ハーヴェイ派とされるのが同腹の姫一人と、王子一人。

 クレインの味方は同腹の弟のみ。

 そして中立を保っているのが、残り二人の姫と、最年少の王子と、今ユリウスの傍らにいる二番目の王子ツァイス。王位継承権は第四位。

 その彼は、ユリウスが呆然と漏らした呟きを聞き咎めて眉をひそめた。


「何かまずいことでもあるのか?」

「まずいというか……おかしいんだ」

「おかしい?」

「うん。さっきの令嬢、頭は弱かったみたいだけど、霊才者としての力はそれなりにあった」


 ツァイスは黙って頷く。

 兄弟の中でもユリウスの力は強い。その彼がそう言うのなら間違いないのだろう。


「だから騎士たちも炎を即座に消せなかったんだ。強い力を行使している精霊には、下手に干渉すると暴走してしまう。圧倒的な力で従わせるしかない。精霊の力を精霊の力で打ち消す時も同じなのは知ってるでしょ?」

「あぁ」

「それだけ強い力で燃えていた炎が何の痕跡も残していないのはおかしいはずなんだ。僕が見た限り、床から離れて燃えてるようには見えなかったもん」


 ユリウスは壁に沿うように騒動があった場所まで動いた。ツァイスもそれに続く。

 ほら、とユリウスは床を示してしかめっ面を作った。


「ちっとも焦げてないでしょ?」

「……そうだな」


 ツァイスは頷く。

 確かに赤い絨毯は美しい光沢を保っていた。

 つまり、とユリウスは言う。


「誰かがあの令嬢より先に、燃えない仕掛けをしておいたってことになる。うっすらと水の膜を張っておくとか、方法は色々あるけど」

「……フレッドじゃないのか?」

「もし義兄(にい)さんだったら、そもそも燃え上がらないような仕掛けにしておいたんじゃないかと思うんだ。予想外って顔してたし」


 あれは確実に焦っていた。何か対策を練ってあった顔じゃない。

 ツァイスは顎に手を当てて、その群青の瞳に思慮の色を濃くした。

 彼が中立を保つ理由の一つは、この瞳の色だ。代々ユーネリアの王の瞳は空色。十三人の中で空色を持たないのは、彼と中立の姫の一人、リーシェ、ハーヴェイ派の王子一人の計四人。

 ただ父曰く、空色の瞳の王でなかった時代もあることにはあるらしいので、継承権の順位が入れ代わることはなかった。


「あの令嬢に危害が及ぶことを予期していて、さらに令嬢ではなく床を守るひと……か。本人ではないのか?」

「本人!?」

「違うか? あの炎を鎮めたのも彼女だろう?」

「あれは多分彼女の侍女だよ。でもそっか、そうも考えられるね」


 ユリウスはふむふむと頷いた。確かに彼女ならばやりそうだ。

 反対にツァイスは怪訝そうに目を細める。


「侍女?」

「うん、そう。あの黒髪の子」

「そんな力があるのか?」


 いまいち信じられなそうなツァイスに、悪戯っぽく笑ってみせる。


「あの子は強いよ。多分だけど……すごく」


 ツァイスは頷き、「そうか」とだけ言った。

 ユリウスもうんと頷いた。

 流れていた曲が終わる。

 反射的にアルフレッドに目をやると、もう次の相手が決まっていたようで手を取っているところだった。

 今日のアルフレッドは、リーシェの後も迷わなかった。

 シエラレオネ、フローレア、マリエの順に三人と踊り、それからは来る者拒まず、という感じ。

 ユリウスは自分の方に注意を払っているひとがいないのを確認して、そっと屈んだ。

 絨毯に触れて確認する。瞼を伏せ、呼び掛ける。


《――それは教えられないわ。精霊(わたしたち)が定めた掟に反するもの》


 返ってきた予想通りの答えに、ユリウスは苦笑するしかなかった。

 精霊は誰か一人に思い入れを持つことはない。善人にも悪人にも平等に。というよりも、人間の善悪の区分など精霊には関係ないのだ。

 いざという時には、生まれ持った力と意志の強さだけが問題になる。

 そんな精霊たちが決して破らない掟。今回引っ掛かったのは『他人の情報を流さない』だ。

 精霊は情報を得ることには協力してくれる。けれど人間に関する情報をくれることは、まずない。


(そっか、ありがとう)

《いいえ。でもあなたの予想は間違ってないわよ》


 ユリウスが喚んだ水精は、そう言うと艶やかな笑みとともに光の粒子となって散った。

 立ち上がってツァイスに向かって首を振る。

 そのユリウスの顔がふと曇った。


「――どうした?」

「あとね、義兄さん。僕もう一つ気になってることがあるんだ」

「何だ?」


 ユリウスはくしゃっと顔を歪めた。

 本当は言いたくない。けど言わなくちゃいけない。

 背伸びして、長身の義兄の耳元に口を近付ける。


「                    」


 察して身を屈めてくれたツァイスは、彼の言の意味を理解するに従ってゆっくりと目を瞠った。まるで、そんなこと考えたこともなかった、そんな顔で。

 ユリウスだって考えたことがなかった。まさかそんなはずはないからだ。

 ――――だけど。

 ユリウスはツァイスの袖を掴み懇願した。


「義兄さん、多分気付いたのは僕だけだ。だからお願い、誰にも言わないで」


 芽生えてしまった疑念はあまりに重く、自分一人では抱えきれなかった。だから義兄に話した。義兄は中立だから。そして懐いているユリウスには、ちょっとだけ甘い。

 今にも泣き出しそうなユリウスを見て、ツァイスが邪険にできる訳がなかった。


「わかった。そもそも言い触らせるような話じゃない。大丈夫だ」


 安心させるように頭に乗せられたツァイスの手は、優しい。――その厳しい眼差しとは裏腹に。

 その眼差しの先にいるのは、アルフレッドではなくラウディオだ。


「ユーリ。父上に伺ってみよう。絶対何か知ってるはずだ、あの性悪」

「……わかった。ありがとう、アイ兄さん」


 静かなツァイスの声は頼もしくて、ユリウスはようやく微かな笑みを浮かべた。途中おかしな単語が聞こえたのは気のせいに違いない。

 ほっとしたユリウスは思い出したように周囲の様子を窺い、しばらくして憮然とした表情になった。

 何故なら――――


「ほら見て! とても仲睦まじいご様子よ」

「えぇほんとね。シーグレイ様とユリウス様もいいけど、あのお二人もアリだわ」

「ツァイス様のあの慈愛に満ちた眼差し!」

「それを見つめ返し微笑むユリウス様!」

「あら、ユリウス様をからかうシーグレイ様だって素敵よ」

「拗ねるユリウス様もかわいらしいわ」

「「「どっちが本命なのかしら……」」」


 うっとりした様子の令嬢数名。

 勘違いも甚だしい。ユリウスに別にそっちの気はないのだ。


「……それももとはと言えばシーグレイが…」


 ぶつぶつと呟き始めたユリウスを、ツァイスは苦笑気味に見守る。


「惚れ薬でも仕込もうかな? いや僕が手引きしてシーグレイの寝室に女性を多数送り込むとか………あぁそっか、ティリエル嬢に協力を頼めばいいんだ」


 にやりと笑うユリウス。しかし完全に目が死んでいる彼の笑みは、どう贔屓目に見ても死神の笑みにしか見えなかった。

 ユリウスの呪詛が聞こえない令嬢たちの妄想は留まることを知らない。

 そんな両者を交互に眺め、ツァイスはそっと息をついた。


「……世の中知らない方がいいこともある」


 それこそが真理なのだと、ツァイスは遠い思考の中で悟った。










 ――――どうしてアルフレッド(にいさん)はあの時、動こうとしなかったのかな

 【霊才者】として、取り分け強い力を持つ王家。

 その嫡子たる彼が、何故。

 その問いはまだ、ユリウスの胸に秘められている。




次の投稿は明後日の7時です。

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