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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
43/57

 ******

今回も短いです。


……そして多分次回も短いです。



 怖い思いをした少女を待っていたのは、姉と兄からのお説教だった。

 最初のうちは神妙に聞いていた少女だが、十分を過ぎた頃から面倒になってきた。兄は短時間で叱って最後には微笑んで頭を撫でてくれたのだが。

 姉はいつまでも少女を叱り続ける。

 昔から、姉は妹である少女に対して少し過保護な部分があった。特に遅くまで外にいたり、一人になったりすることに、過剰なまでの心配を見せる。

 あまりに理不尽だと思い、一度お姉ちゃんに聞いてみたところ、お姉ちゃんは複雑な目をして、ここにね、と少女の胸の辺りを示し。


『深い傷をね、負ってしまったんだ。それがずっと癒えなくて、だから怖いんだよ』


 とてもとても切なそうに笑った。

 当然のように隣で聞いていた兄も、同じ顔をしていた。

 少女は、その根底にあるものが何かはわからなかったけれど、ただ黙って頷いた。そうするのがいいと思った。

 だからたまに面倒だなと思っても、少女が聞くことを投げ出すことは決してない。あんな心配そうな顔をされたら、なおさら。


「まぁまぁ、そのくらいにしてあげてよ。さっきぼくからも注意しといたから」


 さすがに見かねたのか、お姉ちゃんが苦笑気味に割って入る。

 はっとしたように口をつぐんだ姉に背を向けて、お姉ちゃんが少女の前に膝をついた。目線の高さを合わせて、翡翠の瞳が少女の薄茶の瞳を覗き込む。


「ぼくがきみを見付けられたのは、お姉さんがシルフの気配を掴んでくれたからなんだよ」


 ちゃんとお礼言ってね、と翡翠の瞳が笑う。

 少女はうんと頷き、ととと……と走って行って姉のドレスの裾を引いた。


「ありがと、姉様」

「……どういたしまして」


 照れ臭そうに笑う姉を見れば、長いお説教に鬱屈していた気分も吹き飛んでしまう。

 その一連の女たちのやり取りを黙って見ていた兄は、満足そうに一つ頷き、姉に向かってこう言った。


「ところでそろそろ戻らなくて大丈夫?」

「あ、忘れてたわ。姉様残してきたのに……」

「それに関しては大丈夫だろうと思うよ。義兄さんもいることだしね」

「そうね。でも急いで戻るわ。フィー」


 素早く身を翻す姉が、肩越しにお姉ちゃんを呼ぶ。

 途端に兄が不機嫌になったが、それはさておき、少女は慌てて姉を呼び止めた。まだあのことを話していないのだ。


「どうしたの?」

「あの……あのね」


 余程切羽詰まった声音をしていたのか、姉の眉が心配そうに寄る。

 話しあぐねる少女の肩に置かれた手は、宥めるように優しく二度、そこを叩いた。


「ティルにはぼくから説明しておくよ。だからシュウにはきみが説明してくれる? ――ルナ」


 ここに戻ってくる道すがら、お姉ちゃんにはたどたどしくはあったが説明してあった。根気強く聞いてくれたおかげで、大体のことは伝わっていると思う。

 よろしくね、と笑うお姉ちゃんに、任せて、と頷いた。

 にっこりと笑ったお姉ちゃんに促されて足早に去っていく姉たちを見送りつつ、兄がくすりと笑う。


「相変わらずルナリアはフィアが好きだね」


 兄には言われたくないが。


「うん、大好き!」


 だからこそ少女――ルナリアにとって、お姉ちゃんの言葉は絶対であるのだった。






   ◆   ◆   ◆






 広間への道は閑散としている。

 それはそうだろう。せっかく王太子とお近づきになれる機会であり、さらに今日は王太子以外の王族の皆様もいらっしゃる。好き好んで出ていくひとは少ない。

 付け加えるなら、とある青年によって中庭が使えなくなっていたことも理由の一つだろう。

 その廊下を淑女にあるまじきスピードで進みながら、ティリエルは侍女の語る話に耳を傾けていた。

 大体を話し終え、最後に、ルナじゃなかったらあそこには辿り着けなかっただろうね、と苦笑気味に付け加えるサフィリア。

 彼女が言うには、あそこには様々な仕掛けがしてあったそうだ。

 ルナリアは類い稀なる危機察知能力でもってその仕掛けを全て避け、優れた身体能力でもって道なき道を行き、さらに精霊による妨害も知らぬ間に無効化していたとのこと。我が妹ながら恐ろしい。


「それでさっきの話は本当なの?」

「おそらくね。ルナがぼくに嘘をつく理由は思い当たらないし、あの子は賢い。聞き間違いの線も考えたけど、あれだけ念入りに人払いしてあったから」

「人払い?」

「高度な精霊結界だよ。物理的にもだけど、ちゃんと精神的結界も張られていた。ルナもぎりぎり引っ掛からなかったくらいの強さだよ、多分。リリアナなら引っ掛かってたかもしれない。かなりの霊才者(つかいて)と見ていい」


 風を操る風精、土を操る土精、水を操る水精、火を操る火精。

 それだけが彼らの能力だと思っている人間は多いが、実際にはこれらは彼らが引き起こせる事象の一つに過ぎない。彼らの能力はあくまでも膨大なマナを自在に操ることにあり、本質的には「世界に働きかけること」だ。

 風精ならば風に、土精ならば土に、水精ならば水に、火精ならば火に、マナを変換する術を持っているから、彼らが干渉したマナが、人間世界では風や、土や、水や、火になって見えるというだけの話。

 本来ならばもっと精神的作用が強いものなのだ。

 そう例えば――何となく近寄りたくないな、と思うように働きかけたり。

 ただしそれができる【霊才者】はかなりの力を持つ。視ることも聴くことも可能なら、無自覚であったとしてもある程度マナを操ることも可能なはずだ。


「返す返すも、あなたがその声を聞いていないことが悔やまれるわね……」

「あそこの精霊たちはその誰かの支配下にあったから、迂闊に干渉できなかったし……これはシュウからの情報待ちかな」


 サフィリアは肩をすくめてあっさりそう言い、ふっと表情を消した。並んで歩いていた足を半歩下げ、俯きがちにティリエルの後ろに付き従う。


「――誰?」

「足音より一人、女性と推測されます」

「女官かしら」


 ティリエルは歩を緩めて姿勢を正した。

 次いで耳が微かな足音を拾う。

 やがて見えてきた人影に、ティリエルは大きく目を瞠った。


「え……」


 ふわふわした金色の髪。

 柔らかな薄紅色のドレス。

 背筋を伸ばして優雅に歩く、その人は。


「フローレア様……?」

「……ティリエル様。奇遇ですね」


 互いに歩み寄り、三歩の距離を残して止まる。

 目の前で愛らしく笑うその令嬢は、フローレア・ローダンセ公爵令嬢に間違いなかった。




次の投稿は明後日の7時になると思います。

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