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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
35/57

第24話【改】 伯爵令嬢、愚痴を言う

改稿しました。

また新キャラが出てます。ごめんなさい。




「ふぅん、そんなことがあったの。災難ね」


 全く心のこもっていない相槌に、ティリエルもまた他人事のように頷いた。


「で、そいつ結局どうしたの?」

「騎士団に引き渡したわ。私は何も」

「えーもったいない! そこはきつくお灸を据えて見せしめにするとこでしょうが」

「あれ以上やったら精神を病みそうだったのよ。仕方ないじゃない」

「……サフィリアちゃん何やったの?」


 わくわくして尋ねるミーナに、お茶を淹れていたサフィリアが涼やかに微笑む。隣にはミーナの侍女のヤナもいて、お菓子を並べていた。


「少々お話を伺っただけです」

「どんな風に?」

「面白いことはありませんよ?」

「いーや、絶対面白い!」

「そこまでおっしゃるなら……」


 黙って聞いていたティリエルは、意外とあっさり口を開きかけたサフィリアに慌てて両手を振った。


「駄目駄目! 精神衛生上良くないに違いないから言わなくていいわ!」


 えーと不満そうな声を上げるミーナは、その実あまり残念そうでない。

 こいつのこういうところが嫌いだと、ティリエルは思う。一番ムカつくのは逆の立場なら多分自分も同じ反応をしたことだ。


「いいじゃん教えてよサフィリアちゃん」

「申し訳ありません。主の命ですので」

「けちー」

(……やっぱりしないかもしれないわ)


 少なくともむくれて机に身を投げ出したりはしないはずだ。

 そのミーナの頭を、少しかさついた小さな手が叩いた。


「はいはい、みっともないですよミーナ様」

「だってティリエルが意地悪するー」

「子供か、あんたは」

「ティル様、言葉遣いが乱れていらっしゃいます」

「でもほんとに子供みたいですから」


 苦笑するのは水色の髪の少女だ。

 肩辺りまでのボブカットで、大きな瞳は透き通った青色。

 同い年のサフィリアと比べるとやや小さい印象を受ける、かわいらしい少女だ。

 ちなみに同じく同い年のティリエルよりは大きい。

 言うまでもないが彼女がヤナである。


「ほら、お茶がこぼれますから早く起きてください」

「……お菓子」

「ありますよ」


 花屋で仕事をしていたところをスカウトされたという彼女の手は少しかさついている。花をいじること自体が好きでよく水に触れているからだそうだ。

 さっきのスザクの話を思い出して視てみれば、異様なまでに水精に好かれた少女だった。なんだあれ。


「ティリエル様も、よろしければどうぞ」

「このお茶も、いただいたものですよ」


 お菓子を差し出してくれたヤナの横から、サフィリアがそう付け足す。

 そもそもお茶をしようと乗り込んできたのはミーナだが、何から何まで用意してもらったのは少し申し訳なかった。


「ならさっきの話聞かせなさいよ」

「だっ……からひとの心を読むな!」

「あんたがわかりやすいのが悪いんでしょ」


 いつの間に復活したのか、腕組みして笑うミーナ。

 家族からも常々わかりやすいと言われるティリエルには否定のしようがなく、やさぐれた目でお茶に手を伸ばした。


「――で、わざわざお茶をしにきた訳をそろそろ教えてほしいのだけど?」

「サフィリアちゃんの話を聞かせてくれたら」

「くどいわ」


 はいはいと肩をすくめて、ミーナは居住まいを正した。

 この親友が、何の目的も無しにお茶をしにくるなんてティリエルは最初から思っちゃいない。

 出無精な彼女が、わざわざ騎士が会議でいない時間にやってきたなら、大方。


(いらない情報でも入ったのかしらね……)


 ティリエルはもはや厄介事を持ち込まれたことを疑ってはいなかった。
















 話を聞き終えたティリエルは、難しい顔で考え込んだ。

 ミーナが持ち込んだ情報は、厄介事というほどではなかった。

 後宮内と城の事情を粗方調べ終えて、その情報を持ってきてくれたのだ。

 厄介なことに違いはないのだが。


「王太子の記憶がないというのは本当なの?」

「ほんともほんと。間違いないわよ」

「根拠は?」

「王太子サマって隠されて育ったじゃない? でもどうも完全に外と交流がなかった訳じゃないらしいのよ」


 もし本当なら由々しき事態であるはずのことの裏付けが、ミーナの口からすらすらと語られていく。

 もとよりミーナの持ち込んだ情報に間違いなど期待していないティリエルは、頭を抱えたくなった。むしろ耳をふさぎたい。

 しかも先の出来事で思い当たる節があるティリエルは、苦い顔をした。


「お偉いさんとか、将来付き合っていくだろう人たちとは多少会っていたみたいね。マリエ・アスターは知らないけど、少なくともシエラレオネ・アザレアとフローレア・ローダンセは幼い頃の王太子サマと面識があるわ」

「確かに。記憶があるなら今までのあの反応はおかしいわ。でもただ忘れているだけの可能性もあるでしょう?」

「ええ、あるわ。でも私の読みだと、多分王太子サマは十歳の頃以前の記憶がない」


 限られた空間と限られた交流の中で出会った人物のことを綺麗さっぱり忘れているとは考えにくいと、ミーナは言う。


「どうして十歳の頃なの?」

「それ以降王太子サマに会う女の子がぱたりと途絶えているのよ」

「つまりその時に何かきっかけがあったんじゃないかと?」

「あくまで推測だけどね」


 あとは任せたと言わんばかりの態度である。

 実際、二人の間ではそういう役割分担の意識が何となくあった。

 広範囲がミーナ、限定したのはティリエル。実行は二人で。


「王太子が十歳って言うと、今から十年前くらい?」

「正確には十一年前ですね。殿下は二十一になられるはずです」

「じゃあ十一年前を徹底的に洗うしかないかしら」

「何も出て来ない可能性の方が高いですが……」


 サフィリアの言葉はもっともだ。

 確かに今は問題なく過ごせているとは言え、記憶がないというのはあまりよろしいことではない。きっかけとなるものが何らかの事件であるなら、なおさら厳重に秘されているだろう。

 そして十中八九本人も知らない。


(あれ? でも記憶って戻りかけてるのかしら)

『――花をくれたのは…』


 そうだとしたら、朝のあの発言にも納得がいく。本当に記憶が混乱していたのだろう。


「あ、一個忘れてた」


 決まり悪げに頬をかくミーナに、思索に耽っていたティリエルはぴくっとこめかみを波打たせた。

 絶対重要なことに違いない。

 素で忘れていたミーナは、ティリエルからゆらりと立ち上がった怒りのオーラに頬を引き攣らせた。


「あー……怒ってる?」

「怒ってないわ。人間誰しも間違いはあるものね。えぇ、寛大な心で聞いてあげるからさっさと吐きなさい」


 やっぱり怒ってるじゃん! という突っ込みを全力で飲み込む。今回は全面的にミーナが悪いので。

 ミーナはこの数日で得た情報の中で、一番不可解だった情報を頭の隅から引っ張ってきた。所々に散らばった情報を根気よく集めて繋げた結果。


「十一年前、城の離宮で火事があったのよ。どうしてだか、公の記録からは抹消されているんだけど」

「抹消されて?」

「ええ。ヤナがたまたま城下で仕入れてきてくれた情報よ」

「……無断外出は禁止のはずよ?」

「カタいこと言わないで。それでね、その時離宮にいたのが王太子だけじゃなかったようなのよ」


 それ以上のことはわからなかった。

 一応それとなく年配の女官などに探りを入れてみたが、知らないと首を傾げるかやんわりとごまかされるかの二択。しかも知らない方が圧倒的に多い。

 知っていると確信できたのは女官長一人だけだった。

 が、いつの時代も女官長は強いものだ。いろんな意味で。

 という訳で聞き出せていないのだ。


「あ、でも一人気になる子がいたのよね」

「誰?」

「えーっと確か……アイフェ・ツェターニアだったかしら。女官の一人で、私たちより少し上だけどかなり古参な感じだったわよ。一体いつからいるのかしらね」


 ツェターニア、と聞いて思い浮かぶのはツェターニア子爵家だ。

 ティリエルは数秒かけて、ツェターニア子爵家の家族構成を引き出しの奥から引っ張ってくることに成功した。


「……ツェターニア子爵には確か娘が一人しかいないんじゃなかった?」

「そう。だから気になったのが一つ。それから私が年配の女官に話を振った時、傍にいた彼女が反応した気がするのが一つ」


 普通、一人娘なら婿を取るために大事に大事に育てるものだ。あるいは嫁に出すとしても。

 それがどうして城で女官を、しかもかなり昔からやっているのか。

 行儀見習いにしては早過ぎるとミーナは読んだのだ。

 ティリエルは得た情報を整理して、やるべきことに順番を付けていく。

 しばらくはサフィリアに働いてもらうことになりそうだ。申し訳ない。


「あ、今回はおもし……大変そうだから私ももうちょっと調べるわ。あんたの言う通りに動いてあげる」

「素直に面白そうって言えばいいじゃない。まぁ助力はありがたく受け取っておくけど」


 顔を見合わせてにっと笑い、手にしたカップを打ち合わせる。

 それを見た侍女二人が、実に嫌そうな顔をした。

 主たちが気付くより先にお互いがそのことに気付き、隅に下がっていた二人はひっそりと語り出す。



「ティル様とミーナ様は、大変仲がよろしいように思われますが、二人がその気になると、ロクなことにならなそうで」

「サフィリアさんもそう思われますか? 実は私も心配なんです。妙な対抗意識を燃やして無謀なことを仕出かしそうで」

「奇遇ですね。考えることが同じなんて」

「お互い苦労しますね……。なんか、仲良くなれそうな気がします」

「それは嬉しいです。こんな(なり)ですから、私はあまり友人がいないのです」

「私も孤児ですから、侍女仲間とは全然。馬鹿にされるばっかりですし」

「変わった主で苦労しますしね」

「ほんとです。でもそんなひとに惹かれちゃったから仕方ないんですよね」

「ヤナさんのおっしゃる通りです」

「ヤナでいいですよ。敬語もいらないです」

「私もサフィリアで構いませんよ。ただ素はちょっと独特ですから、この喋り方の方がよろしいかと」

「えー聞きたいな。大丈夫、私も怒ると凄いことになるから、多少独特でも驚かないよ」

「………………」

「ダメ?」

「…………ヤナはずるいなぁ」

「だって仲良くなりたいもん。私たちが組めば心労も減りそうだし」

「それは確かにね。ぼくたちはうまくやれると思うよ」

「これからは情報交換も密にやろうね」

「うん。よろしくお願いするよ」

「こちらこそ、だよ」



 侍女二人はがっちりと握手を交わす。

 散々な言われようだが、幸いにも主二人は密かに結成された同盟のことなど知らなかった。

不穏な気配だけは感じつつも、計画を詰めていく。


「王家側から当たっても多分何も出ないわ。ミーナはとりあえず、過去王太子に会ったことがある人たちをリストアップしてちょうだい」

「了解。火事の時にいた人が絞れそうなら絞っておくわ」

「私はアイフェ・ツェターニアを洗ってみるわ。ミーナの勘は外れないものね」


 不思議なのは、シエラレオネやフローレアが会ったことがあると態度で示さなかったことだ。二人とも、いかにも初対面という感じだった。

 それは本当に初対面なのか、忘れているのか、それともそう装っているのか。

 装っているのだとしたら、何のために。

 その辺りも調べる必要がありそうだなぁと、ティリエルは深い溜息をついた。

 裏の事情を把握しておくに越したことはない。いらない情報はない。

 特にこの情報は、知っておかないとまずいとティリエルの直感が言っている。

 必要性に駆られているのだから仕方ない。

 仕方ないのだが、やはり面倒なものは面倒なのであった。




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