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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
33/57

第22話【改】 伯爵令嬢、鍛錬する 2

4/1 改稿しました。

3月中に終わらなくてごめんなさい!




「嘘だろ……」


 傾けた頭のすぐ横、直前まで頭があったと予測できる位置に剣が突き立っている。

 壁を背に動けずにいるのがミモザ。

 動作の名残か髪が緩やかに波打っているのがサフィリア。

 無手のミモザの首元には、逆手に握られた剣がぴたりと据えられている。

 それは嘘のような一瞬の決着だった。


「おい、ティリエル……」


 予想外だったのか目を見開いたスザクが、視線は二人に固定したままティリエルを呼ぶ。


「ミモザはあれで結構強いんだ」


 特に答えが欲しい訳ではないと思うので、ティリエルは黙っていた。


「飛び抜けて才能がある訳じゃないが、そもそも女で騎士になる奴は稀少だからね。基礎能力は高いんだ。だが逆に女だからこそ暑苦しい訓練は嫌がることもある」


 これはミーナに聞いた話だが、どうも親に放り込まれる貴族の娘もいるらしい。

 例えば娘が沢山いる家や、あまり器量の良くない娘など。

 貴族の娘というと一般的に嫁に出して縁を繋ぐのに使われるものだが、それによる利益があまり得られない場合は騎士団にいた方が繋ぎや情報収集に役立つことがある。

 そういう人は尚更嫌だろう。


「ミモザはベテランではないけど、努力するのを厭わない。巡回の応援なんかも進んで行くから、実戦経験も年にしてはある方なんだ。だからこそ」


 スザクは剣を引かれたにも関わらず未だ動けずにいるミモザを見遣る。


「だからこそ――粘り強い」


 あぁ、とティリエルは納得した。

 多分スザクは、ミモザが負けたことに驚いているのではない。

 余りにもあっさり決着がついたことに驚いているのだ。

 でも今回ばかりは運が悪かったと諦めてもらうしかない。いや、相手か。

 ミモザが粘りの剣なら双剣のサフィリアはその真逆。

 一瞬とは言わずとも、短時間で勝負をつけることに長けた剣なのだ。

 慌てず焦らず過たず、的確に敵の急所を狙う戦い方。

 まるで何かを彷彿とさせる――――。


『フィア、君の剣はまるで―――のようだ』


 だからこそサフィリアは双剣を避ける。

 その痕跡を消し去って、なかったことにしたいかのように。

 視線の先で、サフィリアが弾き飛ばした剣を拾いに行く。


「ミモザも油断していたのかもしれませんね」


 ティリエルはとりあえず当たり障りなさそうなことを言ってみた。


「……どちらにせよ、ミモザが負けたのは事実で、サフィリアが強いのも事実だ」


 差し出された剣を受け取って、ようやくミモザは動きを見せた。

 にぱっと笑って何かを囁き、サフィリアの手を引っ張ってティリエルたちの方へ走ってくる。

 隣でスザクが微笑む気配がした。


(ミモザは、凄いわ)


 やっぱり年上なんだな、とティリエルは思う。

 そういう部分では、ティリエルももちろんサフィリアも、まだまだ勝てないのだろう。

 と、しみじみとした気分になっていたところに。


「――欲しい」

「はい?」


 間抜けな声になったのは仕方ないことだと思う。

 脈絡がない。むしろ意味がわからない。というかわかりたくない。


「欲しい」


 恐る恐る隣を見れば、スザクは子供のように目をキラキラさせて、もうすぐそこまで来ていたサフィリアを見詰めている。

 ティリエルは何だか妙に嫌な予感がして顔を引き攣らせた。


「負けちゃいましたー」


 えへへと笑うミモザに必死で目配せを送る。


(スザク様が怪しい! 何とかして!)

(へ、何ですか?)

(とにかく怪しいのよ!)

(そんなこと言われましても……)


 何故か会話が成立した気がするティリエルである。

 一方で何故か何となく言いたいことがわかったミモザは、ティリエルの隣に視線を移した。

 己が隊長は、顔を伏せてぷるぷると身体を震わせている。


(確かに怪しーですけど)


 ミモザは首を傾げつつ、あのー、と声を上げた。


「隊長?」

「――っ素晴らしい! 是非騎士団に入ってくれないかサフィリア!!」

「は!?」

「へ!?」

「!?」


 ティリエルとミモザの声が重なる。

 サフィリアは声を上げこそしなかったが、珍しく驚愕も露わにのけ反った。


「その剣の腕、観察眼、冷静な思考能力……完璧だよ。どうして見逃していたのか不思議なくらいの逸材だ」


 にじり寄るスザク、後退るサフィリア。

 ミモザと共に傍観者と化していたティリエルは、我に返って二人の間に割り込んだ。


「駄目! フィーは私の侍女よ!」

「侍女にしておくのはもったいない!」

「でもそうなの! フィーはあげないんだから!」


 どうやらかなり本気らしい彼女から庇うように両手を広げる。

 きっと睨みつければ、スザクはふっと笑ってみせた。

 なんかムカつく、と思ったのは秘密である。


「サフィリアはどうなんだ?」

「どうとは?」

「騎士になる気はあるワケ?」


 ティリエルは思わず、きゅっとサフィリアの服の裾を掴んだ。

 何かを答えかけたサフィリアはそれに気付き、涼やかに微笑んでぽんぽんと頭を叩いてくる。

 あぁ大丈夫だ、と、ただそれだけでティリエルはひどく安心した。


「お誘いありがとうございます。ですが私の主はティリエル様ただ一人です」

「侍女の仕事も続ければいいじゃないか」


 多少の無茶なら通すぞ、とスザクは言う。

 むぅ、と眉をひそめたティリエルを知ってか知らずか、サフィリアの声がほんの少しだけ硬質になった。


「――騎士団は王に仕える。私はティリエル様以外の誰にも仕える気はありません」


 言葉に詰まったスザクを見て、サフィリアはふと微笑んだ。


「もちろん広義には私も王に仕えております。ですが騎士団に入れば一番の優先事項を変えざるを得なくなるでしょう。規則とはそういうもので、集団とはそういうものですから」

「そういうことですから、諦めてください」


 ティリエルは何とか自分を奮い立たせた。

 サフィリアは断った。そしてサフィリアの主はティリエルだ。

 収拾をつけるのはティリエルの仕事。

 どうしてもというなら、と茶化すように付け加える。


「力ずくで取ってみてください。ただしこちらも全力でお相手します。剣だけなんて甘いことはしませんよ?」


 しかもサフィリアと二人でだ。シュウランも快く手伝ってくれるだろう。負ける気がしない。


「……わかった。とりあえず今は引いておくよ」


 スザクは肩をすくめて一歩下がった。

 今は、というのが不穏だったが、ティリエルはほっとして、肺が空になるまで息を吐き出す。


「もう隊長! サフィリアさん困らせないでください!」


 ミモザががくがくと隊長を揺さぶり、スザクははいはいとその手を払う。

 それを眺めていたサフィリアが、ふいに視線を上げて首を傾げた。




「スザク様。あの窓はいつも開けていらっしゃいますか?」




 骨張った細い指が差した先は、天井近くに並んだ窓の内の一つ。


「いや、訓練の時以外は……」


 振り向いたスザクの顔が強張る。

 サフィリアの手がティリエルの腕を掴む。

 ミモザがちらりとこちらを見て走り出す。


「伏せろ!」


 窓の外に何か光るもなが見えた、と思った瞬間、スザクの叫びと共にサフィリアに頭を抱え込まれ、床に膝をついた。

 耳に痛い金属音が、一回。……二回。


「ミモザ、追え!」

「スザク様、ティリエル様をお願いします」

「サフィリアさんどこ行くんですか!?」

「二階から飛び降ります。ミモザ様は表から回ってください」


 訳がわからない間に温もりが消え、視界が晴れる。

 気配が二つ遠くなり、代わりにスザクの姿が見えた。


「怪我はないか?」

「え……あ、はい」


 反射的に返事をして、ティリエルはようやくスザクが持っている何かに気が付いた。


「私、射られたのね……」

「あぁ。サフィリアに感謝だね。気付かなかったあたしも迂闊だった」


 とは言え多分、気付いていなくても反応できたのだろう。隊長クラスがあの程度の不意打ちでどうこうされるとは思わない。


「フィーとミモザは?」

「二人とも犯人捕まえに飛び出して行ったよ」


 さっきの会話はそれか、と思う。

 確かに入口は開いていた窓から遠い方にあるから、サフィリアは窓から飛び降りたのだろう。

 スザクは拾った矢が量産品の安物であることを確認して舌打ちをした。これでは犯人の手がかりにはならない。


「ティリエル、お前何か心当たりあるか?」

「理由の心当たりはありますけど、人の心当たりはありすぎて誰だか」

「そんなに恨み買ってるのか?」

「スザク様、初日の夜会の話聞いていらっしゃいませんか?」

「あー……聞いてる。それが原因?」

「そうですね。昨日のお茶会で不利だなーと思ったお嬢様方が仕掛けてきたんじゃないかなーと」


 てへっと笑ってみせると、スザクは胡散臭そうな顔をした。酷い。

 とは言え自分でも白々しいことはわかっていたので真顔に戻ると、スザクははぁっと溜息をついた。


「……馬鹿だな」

「言わないであげてください。自分の行動が何をもたらすかも考えが及ばない残念な方たちなんです」

「お前も大して言ってること変わってないようにあたしには聞こえるんだけど」

「ふふふ、気のせいですよ」


 ティリエルはくるりと背を向けて右手を顔の前に掲げた。


「おいで、シルフ」

《ティリエル、大丈夫?》


 ふわりと白い光が浮かんで、少年とも少女ともつかない小さな人影が現れる。ちなみに少年だと本人は言っているが。


「大丈夫よ。フィーたちが何してるかわかる?」

《サフィリア? サフィリアなら外で変な男をいたぶってる》

「いた……っ!?」

《ミモザ? だっけ、あの子も一緒》

「ミモザも!?」

「おいティリエル、何を騒いでるんだ?」

「いやだって今シルフがフィーとミモザで男をいたぶってるって」


 怪訝そうな声に一息でそう答えると、スザクは驚いたように目を瞠った。


「お前、シルフの声が聞こえるのか」

「え? あ、はい」


 反射的に頷いて、そんなに驚かれることだろうかと首を傾げる。

 力が強くないといけないとはいえそれほど珍しくはないはずだ。


「さっきウンディーネとも話してたよな?」

「はい……あの?」

「ティリエルお前、二属性持ちなのか」


 聞こえた単語は多分抱いた疑問の答えなのだけど、残念なことにティリエルには聞き覚えがなかった。

 よくわからないが、二属性も何もシルフもウンディーネもサラマンダーもノームも聞こえる。家族は皆そうだし、サフィリアもそう。


「二属性持ち、って?」


 尋ねると、スザクは信じられないとばかりに溜息をついた。


「スザク様?」

「あー、ティリエルはユーネリア生まれのユーネリア育ち?」

「はい、そうですけど」

「生粋のユーネリア人なのかな。あのな、例えばあたしは母がナカレイムの出身で、その血が濃く出てる。だからあたしはサラマンダーと相性がいいけど、他とはそれほどでもないんだ」


 言われて、ティリエルは【眼】を凝らしてみた。

 確かにスザクの周りには火精が多い。


(あ、それでか)


 ティリエルは王都に来てから気まぐれに視ていた人たちの色が偏っていた理由をようやく悟った。


(でも属性なんて意識したことなかったわ……)


 本人も周囲もことごとく規格外なのだから仕方ないのだが。

 スザクによると、ユーネリアとミスティノを除く四ヶ国は一つの属性が出やすい傾向にあるらしい。

 ナカレイムは火。

 シルクーアは水。

 ツェインドは風。

 グランディルは土。

 別に他の属性の精霊が感じられないという訳ではなく、むしろ一つの属性に特別秀でた能力を持っている、ということらしい。

 ただ例えばスザクなら火精の声は聴こえるが、他の精霊の声は聞こえず、また特に水精との相性はよくないそうだ。

 ティリエルはあまり好きではない言い回しだが、精霊を使役する時において、力の強さが段違いなのだという。だが使役できない訳ではない。

 ティリエルは知らなかった話に驚くばかりだ。


「ただどうしてかユーネリアとミスティノは複属性持ちが生まれやすい。複属性というか、全属性だな」


 ちなみにミモザは土だぞ、とスザクは締めくくった。

 ちょうどそのタイミングで。


「ただ今戻りました」

「お待たせしましたー」


 サフィリアとミモザの声が響く。

 振り向いたティリエルとスザクの前に、どさっと何かが無造作に放り出された。

 迷彩色のぼろ雑巾のような何か。


「……これは?」

「それがティリエル様に矢を射た者です。逃げようとしていたので捕らえるのが少々手荒になりましたが」

「……………そうなの」


 少々じゃないでしょう、という突っ込みを、ティリエルはかろうじて飲み込むことに成功した。

 触れてはいけないことは、世の中に沢山存在している。見極められるか否かが人生の分かれ目。


「私が行った時にはサフィリアさんはもう捕まえていたんですー。で、お話を聞こうと思ったんですけど、なかなか恥ずかしがり屋さんで口を割ってくれなくて」


 ミモザはサフィリアと顔を見合わせてにこっと笑う。

 ティリエルはさすがにぼろ雑巾が憐れになってきた。

 見下ろして、尋ねる。


「何をされたの?」

「あんたの手下は鬼だよ!! 何とか言ってく、ひっ!?」


 きん、と硬質な音がしてぼろ雑巾……改め刺客の顔が恐怖に歪んだ。

 恐る恐る目を動かせば、刺客の足元に突き立てられた剣が二振り。


「自発的発言を許可した覚えはありませんが」

「訊かれたことにだけ答えてくれればいいんですよー」


 涼やかな微笑みと無邪気な笑顔が刺客に向けられる。


「あ、やっぱりもういいわ」


 震え上がった刺客が本格的に憐れになったので、ティリエルは一つだけ、どうしても聞きたいことだけを尋ねることにした。



「結局、あなたは誰に雇われたの?」




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