第18話【改】 王太子、遭遇する
1月22日、改稿しました。
遅くなってすみません。
インフルエンザでぶっ倒れていました(笑)
ようやく回復したのでとりあえず二話ほど改稿します。
授業に遅れているので、しばらく更新速度はカメになると思いますが、お付き合いくださいませ。
諸々の後始末を終えてサロンを出たアルフレッドは、物思いに沈みながら回廊を歩いていた。
護衛のためにとついてきた騎士には、頼んで後ろを歩いてもらっている。
この回廊は王族及び一握りの重臣しか通ることを許されないし、存在も知られていない。ここで殺されるのならばそれもまた一興。
そもそもが茶番なのだ、とアルフレッドは思う。
王太子妃を選ぶという触れ込みのもと令嬢を集めたが、はじめから候補は絞られていたのだから。
父が何のためにこんなことをさせるのかさっぱりわからない。候補たる九人だけを呼べばよかったのだ。
九人の内訳は、公爵令嬢が二人、侯爵令嬢が四人、伯爵令嬢が三人。
順に、
シエラレオネ・アザレア
フローレア・ローダンセ
キキ・グレンホール
アメリア・イェルグ
ハルシュ・ツィーリータ
ミリアネイ・ヨークウェン
ニーフェ・ホロカルム
ミーナ・サナルシィ
ティリエル・スカーレット
だ。
他の令嬢には、万が一にも可能性がない。
それは彼女たちが悪いのではなくて、アルフレッドに原因がある。
『何でって、そりゃお前……』
そうだ、わかってる。
(全部余のせいだってことくらい、わかってる)
誰よりもよく、わかってる。
苦く笑ったアルフレッドは、突然目の前に現れた騎士の背中に瞠目した。
「レオン?」
「――王太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく」
高い、声。
これは。
「ご挨拶に参っただけですよ。そのような怖い顔をなさらないでください、副団長様」
柄にかけられた手が戸惑うように緩んだ。
見える。五歩先、分岐路のところ。クリーム色のドレスと、真っ直ぐな橙の髪。
「誰だ。ここはあんたみたいな嬢ちゃんが来るとこじゃねーぞ」
「私をここに入れたのは皆様もよくご存じの方ですよ」
「質問に答えろ。さもなくば捕らえる」
再び騎士――王立騎士団副団長かつ黄竜隊副隊長のレオンの手が握り込まれる。
まぁ怖い、と彼女は笑って、優雅に一礼した。
「はじめまして、王太子殿下。サナルシィ伯爵家が長女、ミーナと申します」
◆ ◆ ◆
「よかったのですか、義父上」
「あーまぁ、いいんじゃね?」
隣を歩く男を見上げて、青年は溜息をついた。
「そんな適当な……」
「危険はないから大丈夫だって。それにお前もあいつからのお小言は減らしたいだろ」
「は? 何でそれが出てくるんですか」
「……お前、あの子誰かわからなかったとか言わねぇよな?」
「当たり前です。どちらにせよ彼女が何かしたところで、私への小舅じみた小言がなくなるはずがないでしょう、と言っているんです」
「…………そうだった、あいつはそういう奴だった。父親似じゃなくて祖父似だった。俺が悪かったよ畜生」
「言葉遣いに気をつけてください」
「ほんっとかわいくねぇよな、お前」
「そう育てたのは義父上でしょう」
「いーや、昔からだね」
「矯正する機会はあったのでは?」
義父と呼ばれた男は苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。
青年が再び溜息をついて、ちょうど到着した目的地の扉を開ける。
「ほら、彼女の話が本当かどうか確かめるのでしょう?」
「あの子は嘘を言わないって言ってるだろーが!」
「ほぉ……あなたともあろう人が小娘の話を丸ごと信じて行動すると?」
「小娘言うな!」
ぶち、と何かが切れた音がしたような気がして、男は固まる。
がちがちになった首を回した先で、青年が穏やかに微笑んだ。
「あ……」
「いいから、さっさと、確認してこい!!」
「おいちょっと待っ」
問答無用で男を部屋に叩き込み、青年は三度溜息をつくのだった。
◆ ◆ ◆
絶句するレオンも珍しい。
幼少の頃からお互いに見知っている数少ない一人である彼だが、こんな顔は見たことがなかった。
毒気を抜かれたのか振り返ったレオンを下がらせ、アルフレッドはミーナ・サナルシィと相対した。
流れるような動きでミーナが膝をつく。最上級の礼。
「改めまして、王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「御託はよい、顔を上げよ。一歩間違えば頭と胴が離れていたのだぞ?」
「存じております。ですが敵意もない小娘を、回廊にいたからという理由で殺すなら、その程度だったということでしょう」
顔色一つ変えずに言い放ったミーナに、アルフレッドは青ざめた。
必死に殺気立つレオンを抑える。真面目に彼女の首を刎ねかねない。
「それに、すぐに殺されるのでなければ確実に助かるとわかっておりましたので。勝算もなくこのようなことはいたしません」
アルフレッドの苦労を知ってか知らずか、ミーナはそんなことを言って肩をすくめた。
「それで? 危険を押してまで余に何用だ?」
「少々お伺いしたいことがございまして、こうして参った由にございます」
「許す。申してみよ」
床を見つめていた、髪の色よりもいくらか暗い橙の瞳が、ゆっくりと動く。
「わたくしの友人であるティリエル・スカーレットの件にございます」
あれだけ言われたのに不敬を恐れない瞳が、ひたとアルフレッドを見据えてきた。
その瞳の奥に、蜂蜜色の髪の少女ともう一人、若草色の髪の青年が見えた気がして、アルフレッドは息をのんだ。
「殿下はティリエルを妃とする気がおありですか?」
「……、何?」
仮にも妃選びの最中の王太子に、そんなことを訊くのか?
虚をつかれて間抜けな顔をしたアルフレッドより先に、もとより気の長い方ではないレオンが動いた。
「ミーナ・サナルシィ! いい加減にしろ!」
「レオン、よい」
「ですが、陛下!!」
振り返ったレオンの顔には、はっきり「こいつムカつく」と書いてあった。
アルフレッドは呆気に取られた。いや、ムカつくって、
「そなた余より年上だろう!」
「えぇそうですよ。年上の意見は聞いたらどうですか!」
「そんな子供みたいな理由の意見を聞けるか!」
「じゃあ殿下はそう思わないんですか!」
「――副団長様」
笑みを含んだひやりとするような声が、言い合いを断ち切った。
出所はもちろん、淑女然とした笑みを浮かべたミーナ・サナルシィ。
「恐れながら、わたくしの発言を許可なさったのは殿下にございます」
だからお前に咎められる覚えはない、と。
音になってはいないがそんな声が聞こえてきそうな笑顔と、それに盛大に顔を引き攣らせたレオンに、アルフレッドは慌てて咳ばらいをした。
(何故余が気を回さねばならないのだ……)
一応一番偉いはず。たぶん。
「ミーナ・サナルシィ、何故そのようなことを聞く」
渋々、といった体でレオンが退く。
最後に投げられた一睨みも軽く受け流して、ミーナは手を組んで頭を下げた。
「率直に申し上げても?」
「構わん」
「――妃になってほしくないからにございます」
「それは、ティリエル・スカーレットにか?」
「は」
何故か懐かしさを覚える小柄な令嬢。
『それに彼女、正妃になりたいとは欠片も思っていないと思いますよ』
シーグレイの台詞が蘇る。
彼女に抱く気持ちが何なのかはわからないが、こうも寄ってたかって反対されると、それはそれで面白くない。
「そなた、自分が言ったことを理解しているな?」
「十二分に理解しております。それでもわたくしは、ティリエルを妃にしたくないのです」
それが切実な願いであることくらいはアルフレッドにもわかった。
だから興味が湧いた。
「……何故、そこまでする」
友人でも、所詮は他人なのに。
不確定要素が多く握り潰されるかもしれない願いを、危険を押してまで、何故。
ミーナは笑った。
「あの子から救いを、光を、……取り上げないでほしいのです」
それは本当に淡い笑みで。
「光?」
「あの子には婚約者がどうしても必要で、」
もうあんなティリエルは見たくないのです、と。
「――それに結局のところ、貴方様とだけは結ばれることはないのですから」
打って変わって確信に満ちたその言葉は、深い響きを持って回廊に反響した。
「……どういう意味だ」
ミーナは微笑むばかりで何も言わない。きっと絶対に口を割らないだろう。
(父上は何かご存じだろうか?)
とりあえず後で聞いてみよう、と決めたアルフレッドに一礼してミーナは辞去しようとする。
アルフレッドは半ば自棄になって呼び止めた。
「待て」
こうなったら気になることは聞いておこう。
お茶会の間中感じた、異質な視線。
敵意も害意も殺意もなく、ましてや好意など欠片も感じられない氷の視線。
「シエラレオネ・アザレアを知っているか」
「知っているかと問われれば、存じておりますが」
振り向いたミーナが怪訝そうに眉をひそめる。
視線の話をすると、得心したように頷いた。
「シエラレオネ様はわたくしどもからしても不思議な方です。いつだって冷たい目で、どこかを見つめていらっしゃる」
「交友関係は?」
「オルガナ公爵夫妻とは仲が良いようですが、その他は存じておりません」
「オルガナ、か……」
「シエラレオネ様は有能で合理的な方です。『引きこもりの王太子』に良い印象は持っていらっしゃらないでしょうから、氷のようだと感じたのでは」
そうかもしれない。観察するようだったあの視線。
見極めようとしていたのだろうか。
「そうか。……最後にもう一つ」
「何でしょうか?」
「そなたを回廊に入れたのは誰だ?」
途端、背後でミーナを睨みつけていたレオンの目が輝いた。
レオンは強いひとが好きなのだ。
さすがにぎょっとした顔をしたミーナは、人差し指でこめかみをかいた。
「えぇと……ヴィンセント様の妹君をご存じですか?」
「? 妹がいることなら知っているが」
ミーナは調子を取り戻し、首を傾げてにこやかに笑う。
「実はその方、わたくしの母でして」
「……は?」
「つまりヴィンセント様はわたくしの叔父ということになります」
今そこで、と回廊の先を指差し。
「……彼にお会いしまして、王太子殿下にお伺いしたいことがとお願いしたら、あっさり入れてくださいましたよ。優しい叔父を持ってわたくしは幸せです」
「…………………そうか」
そうか。奴の仕業か。
遠い目をしたアルフレッドを面白がるように見て、その矛先はレオンに向く。
「副団長様、犯人は前宰相閣下にございます。わたくしへの文句は全て彼にお願い致します」
ぱくぱくと口を開閉させるレオン。もはや何も言えないらしい。
一人笑顔のままのミーナはいっそ腹立たしいくらい綺麗に一礼すると、今度こそ踵を返して去っていった。
「……殿下」
「なんだ」
「お願いですからあの女だけは妃にしないでくださいね!?」
「そう願いたいものだな」
消去法でもなくば選ぶものか。ヴィンセントにぐちぐち言われるのは願い下げだ。
そう、ヴィンセント。
そもそもの元凶はヴィンセントだ。
問い詰めても姪がかわいいからとかじゃなくて面白そうだからとか言うに違いない。あぁそうだとも、ひとの困り顔を喜んで鑑賞するような男だ。
「――レオン、ヴィンセントがどこにいるか知っているか」
ふふふふふと微妙な笑いを漏らしたアルフレッドに半ば反射で背筋を伸ばしたレオンは、そこらに漂っている風精を捕まえてヴィンセントの行方を尋ねた。
気まぐれな風精はくるくると回ると、すいっと手を差し延べて先導する。
騎士になるには霊才者としての力が不可欠だ。そしてレオンは副団長になるだけの力がある。
故にレオンには風精がびくついているのが視えていた。
原因はおそらく、妙なプレッシャーを放つアルフレッド。
「でん」
「そなたも手伝え、レオン。一発殴らないと気がすまん」
「いや」
「奴は無駄に万能だからな。余一人じゃかすりもしないだろう」
ふははははと完全に危ない高笑いと共に風精を追っていくアルフレッドを止める手段を、レオンは持たなかった。気乗りしないままアルフレッドを追う。
「……俺もあの方に勝てる気はしないんですけど」
強いひとは好きだし尊敬もするが、ヴィンセントだけはどうにも苦手なんだよなぁとぼやくレオンだった。




