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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
20/57

第15話【改】 令嬢、お茶会 3

12月29日、改稿しました。

できあがったものを手違いで消してしまい、遅くなってすみません。




「――お嬢様、こちらは塩を少し入れてお飲みくださいませ」

「あら、そうなの? わかったわ」


 淡々とした侍女の台詞に目を瞠り、マリエはしっかりと頷いてみせた。

 この侍女は父と兄が自分のためにと見繕ってくれた侍女だ。

 任せておけば問題ないとマリエは信じていたし、実際侍女は有能だった。

 塩を頼もうと横を見れば、騎士が何とも言えない目でこちらを見ている。


「何かしら?」

「いえ、何も」


 本日通算十二回目の会話であることに、マリエは気付かない。


「騎士様、塩を取ってくださいな」

「……どうぞ」


 左隣、白虎隊を表す白のタイを締めた騎士は、半拍の沈黙の後、慇懃に塩の入った容器を差し出した。

 その淡白な表情から彼が何を考えているのか窺い知ることは難しい。

 が、もとより騎士の言動など半分も気にしていないマリエは、微妙な間に気付くことなく横柄に容器を受け取った。


「お茶に塩なんて変な組み合わせよね」


 呆れたような声音でそう呟き、添えられていたスプーンいっぱいに塩を掬うマリエ。

 見ていた騎士はぎょっとしたが、その殺人的な量の塩がお茶に投入される前に、慌てた風もない侍女がやんわりとマリエを押し止めた。


「塩は一つまみで良いのです、お嬢様」

「先に言いなさいよ、そういうことは」

「申し訳ありません」


 当然のように容器を侍女の方へ押しやった主に従って、侍女が塩を入れ、掻き混ぜ、どうぞと差し出す。

 甲斐甲斐しく、という言葉に似合うくらい事細かに世話をしているのに、どうしてかその言葉は侍女にしっくりこないのだな、と騎士は思った。

 現実逃避気味だったことは否めないが。


「あら、塩辛くなくておいしいわ。これは?」

「ツェインドで栽培されている茶葉にございます。お飲みになられるのは初めてですか?」

「お父様もお兄様も飲ませてくださらなかったわ。今度からは出してもらえるように頼んでおいて、エレーナ」

「かしこまりました」


 唇を尖らせるマリエと、それに恭しく頭を下げる侍女とを半ば唖然として盗み見ていた騎士は、冷や汗を拭いながら同僚を心の中で罵っていた。


(筆頭候補だから教養は問題ないとか言ったのはどこの誰ですか)


 実は言い出しっぺは宰相だとは知らない騎士である。

 このお茶に関して、問われる力の比重が大きいのは侍女だ。

 つまり紛れ込ませたネルの果汁を分離することが第一目標。

 ツェインドのこの茶葉はあくまでもついで。香りが独特であり、また特殊な飲み方で有名なので当然対処できるだろう、くらいの狙いなのだ。

 まさかそんなものに筆頭候補の一角が引っ掛かるとは、発案者も立会人の騎士もこの場にいる令嬢も、誰一人想像していなかったに違いない。

 そしてそんな主に反して、侍女の方は大変出来が良いようだった。

 戸惑うことなく水精を呼び出して確認した手際は、文句なしに及第点。その後の対応もそつがなく、むしろマリエよりしっかりしている。

 貴族令嬢の侍女は貴族であることが多いから、彼女もおそらく貴族なのだろう。マリエより教養もありそうだ。

 何故そんなひとがマリエの侍女をやっているのだろうか。


(……人徳、きっと人徳)


 けれど呪文のようにそう心の中で繰り返す騎士を嘲笑うかのように、あっという間にお茶にも飽きた風情でマリエは言うのだ。


「エレーナ、王太子殿下はまだなのかしら」

「わたくしにはわかりかねます」

「いつまでこんな騎士なんかとお茶しなくちゃならないの!」

「お嬢様……いえ、殿下がいらっしゃるまでかと」

「大方他の男性に靡かせようって魂胆なんだろうけど、私に相応しいのは殿下なのよ。殿下の妃はこの私。なのに何でこんな、」

「お嬢様!」

「何よ、侍女の分際で私に声を上げるんじゃないわ!」

「……申し訳ございません」


 眉一つ動かさず頭を下げた侍女の返答が半拍遅れたことに、マリエはもちろん騎士も気付かなかった。

 何だかんだでお茶会の一番肝となる目論見は見抜いていたことは驚きだったが、客観的に見て今のはマリエを止めた侍女が正しい。侍女がいなければマリエの評価は暴落していただろう。

 もともと落ちるほど高い位置にある評価でもないが。

 有能な侍女がいる、ということは、それだけで一種の強みになる。有能であるが故に全くの無能につくことは少ないからだ。

 この侍女が仕えるほどの価値がマリエにあるのかは疑問だったが、侍女に免じて先程の発言は水に流すことにした騎士である。


「まったくだわ。身の程を知りなさい」

「まぁまぁ、お茶菓子でもいかがです?」


 侍女は侍女らしく黙って仕えていればいいのに、と人形のような侍女を睨みつけていたマリエは、声が聞こえた方にちらりと視線をくれた。

 にこにこ笑った優男風の騎士がミニケーキの乗った皿を差し出している。

 そういえばこんな顔をしていたな、と何度目かわからない認識を経て、おいしそうな匂いに少し機嫌を直したマリエはケーキに手を伸ばした。

 矯めつ眇めつしていると、皿を置いた騎士が困ったように肩をすくめる。


「そんなに警戒しなくても何も入っていませんよ」


 味も保障する、と自信満々に言い切る騎士。

 警戒って何のことかしら、と思わなくもなかったが、わざわざ言う必要性も感じなかったのでマリエは黙ってケーキをかじった。オレンジの爽やかな味が口の中に広がる。

 実は珍しがって見ていただけだと知ったら騎士はさらに幻滅しただろうが、幸い勘違いしたままだった。


「おいしいわ、これ」

「城に勤めるシェフたちのこだわりの一品ですからね」


 確かにその通りだ、とマリエは思った。

 城で出される物にハズレがあるはずはない。

 キラキラしていて、贅沢で、夢みたいな、そんなところ。

 自分に相応しいところ。

 それなのに。

 マリエはむかむかする気分そのままにテーブルに戻されていた皿から取れるだけケーキを取り上げて、ろくに数も確認せずに口に放り込む。

 当然のことながらマリエは噎せ返り、顔を赤くして呻いた。

 横合いから黙って差し出されたコップを奪い取り、一気に呷る。

 一連の粗野な仕種は侯爵令嬢に相応しいものではなかったが、マリエは気にしていなかった。

 何故なら咎められたことがないからだ。

 父も長兄もマリエが何をしても怒らないし、可愛いと褒めてくれる。

 そんな父と兄がマリエは大好きだった。

 ただ一人、次兄だけは嫌いだが。

 いつもいつも冷めた目でマリエを見て、話すことなど何もないと言わんばかりにいなくなる。マリエが敬愛する父と長兄に、はっきりと侮蔑を浮かべた瞳を向ける。

 それなのに、母が特別愛したのは次兄だった。


『……お前が王妃? 国が滅ぶな』


 数日前、久方ぶりに口を開いたと思ったらそう言ってせせら笑った次兄。


「大丈夫ですか?」

「っ、大丈夫よ!」

「そうですか」


 我に返ったマリエは、コップを侍女に押し付けると、精一杯優雅にティーカップを持ち上げた。

 先程から一貫して無表情な騎士に馬鹿にされているような気がして、ますます苛立ちが増す。

 後宮に来れば、人生薔薇色のはずだった。

 大勢に傅かれて、好きな服を着て、おいしい物を食べて、やりたいことをやって。

 自分には、そんなきらびやかな場所が相応しい。

 王太子妃になれないなんて有り得ない。

 そうであるにも関わらず、夜会では恥をかかされ、騎士には馬鹿にされ、散々だ。


(それもこれも全部……っ)


 あの生意気な伯爵令嬢がいけないのだ。

 いきなりやってきてマリエに苦言を呈し、あまつさえ王太子と最初に踊った、あの。

 末席に座って対面の令嬢と談笑するティリエル・スカーレットを見遣る。

 姉のリリアナと違い、大して名も知られていない彼女。マリエとて知ったのは夜会の後だ。


「気に入りませんか、彼女が」


 突然静かになったマリエの視線を辿り、騎士は得心したように頷く。


「邪魔なのよ」

「邪魔、ですか?」

「そう、邪魔」


 シエラレオネもフローレアも、皆。

 それが完全なる八つ当たりだとは夢にも思わないマリエである。


(私が一番綺麗で可愛いのよ。お父様もお兄様もそう言っていたもの)


 どこよりも誰よりも自分に相応しい、きらびやかな王城と王太子。

 負けるはずはない。

 それはマリエにとって譲れない一線で、プライドで、覆ることなど天地天明に誓って有り得ないと言える事実だった。


「気に入らないなら、どうするのですか?」


 決まってるわ、とマリエは笑う。


「でも教えてはあげないわ」


 魅力的な笑みを付けてあげたのに、「そうですか」とだけ言った騎士の声は淡々としていて、マリエは面白くなかった。

 そんなマリエを知ってか知らずか、騎士は飄々とうそぶく。


「それにしても何故、殿下は彼女に声をかけられたのでしょうね」


 さぁ、とマリエは首を傾げた。それはこっちが訊きたかった。

 無視してやろうかとも思ったが、相変わらず平淡な声に僅かだが本物の疑念が乗っていたので、マリエは真剣に考えてみる気になった。


「……珍しかったんじゃないかしら? あるいはリリアナ・スカーレットに興味があったのかもしれないわ」

「私が見た時は、宰相閣下と一緒にいらっしゃったのですが」

「何ですって? 殿下にお目をかけていただいておいて、実は宰相狙いとか言うんじゃないでしょうね!? なんて生意気なの、あの娘!」

「……………」


 力任せにぎゅっと手を握ったマリエは、視線を感じて隣を見た。

 騎士は黙ってティーカップを傾けている。

 気のせいだったかなと思ったけれど、マリエは一応、訊いてみた。


「何か?」

「いえ、何も」


 間髪入れずに返ってきた答えはやはり、本日十三回目のものであるのだった。

 もっとも、マリエにそんな意識はないのだが。

 お茶を飲み干して、確認するようにマリエは呟く。


「障害は、取り除けばいいのよ。お父様とお兄様がやってくれるもの」


 いつものことだ、と。

 そんな呟きを掻き消すように、ふいに上座にある扉がぎぃっと重い音を立てた。




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