第秘話【改】 とある女の密談
お待たせしました。
無事崩壊したテストも終わり、そろそろ冬休みなので、ピッチを上げて改稿を終わらせたいと思います。
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改稿しました。それほど変わってはいません。
「ミーシャ、調べはつきましたか?」
後宮「空の宮」の一室。
窓際に立った女性は、感情の一切が抜け落ちた声でそう囁いた。
「はい、姫様。まず警備についてですが、対象の行動パターンは変則的なのに対し、必ず一人は腕利きが 悟られないよう付き従っております。本人もそれほど弱くはないかと」
対してこちらの声も淡々としている。ただし感情が抜け落ちたのではなく、意図的に消し去ったような声音。
必要最低限の調度品しかない部屋の様子と相俟って、その会話はひどく無機質だった。
「それは予想できたことです。続きを」
「は。続いてここ一週間の予定ですが、明日は王城において大規模な茶会を催される見通し。ふるい落としの意味も兼ねているでしょう」
「ふるい落とし」
「はい。何をしてもいいと言った手前、王側から動くことはおそらくないと思われますが、だからこそ見えるものはあります」
基本的に催されるものは全て試験会場と思って間違いはありません、と侍女は言う。
故に目に見えずとも、無能たちは切られていくでしょう、とも。
いくら主しかいないとはいえ、あまりにも明け透けな物言いだった。
しかし女性は気にした風もなく、つと頷く。
「なるほど。決行はそれ以降の方が良さそうですね」
「はい。さらにその翌々日には王家主催の大規模な舞踏会が。その三日後には小規模かつ非公式の食事会がございます。一人には絞れなくても、少なくとも数人に絞ってしまうつもりでしょう。食事会に呼ばれたひとたちが最有力候補ということになると思われます。以降の後宮は荒れるでしょうね」
無機質な声に憂いを乗せて、侍女は小さく呟く。
後宮の女たちの真骨頂は、情報戦だ。
如何に非公式にしようとも、ばれるのは時間の問題だろう。
では何故王太子たちがそんなことをするのかと言えば、ばれても構わないと思っているからだ。
「もとからある程度は絞り込まれているはずです。体面上伯爵家以上の家全てに通達を出したのだと思いますが、あの条件に当て嵌まる方はそう多くない。選択肢にすらならないひとの方が多いはずですから。おそらく選ばれるのはあの条件に当て嵌まった方のみでしょう。――そして私も、選ばれる」
それは、宣言ですらなかった。
どこまでも淡々とした、決定事項だった。
選ばれないはずがない。
それが当然のことのように。
「選ばれるであろう姫の人数は確認できていますか?」
「あの条件に当て嵌まるのは十一人。さらにあの王太子の目に留まる人がいなければ、これだけになると思われます。もっとも、私が把握できている人数が正しいのかどうか、また王家側がどこまで把握しているのかは不明です」
「十一」
「食事会に呼ばれるのも彼女たちでしょう。決行はその時がよろしいのでは?」
「考えておきます。――少なければ少ないほど好都合です」
その一刹那だけ、女性の瞳に焔が灯った。
「私は決してあの人を許しません。このためだけに、私は後宮へ来たのです」
冷ややかな宣言。
激してはいない、むしろ囁くような低い声に。紛れも無い怒りと憎しみを乗せて。
そこに見えるのは、底無し沼を覗くかのような深い闇。
十人いたら十人とも凍り付いて動けなくなっていたであろう、ぞっとするほどの憎悪がその場に渦巻く。
彼女が燃やすのは、瞋恚の炎。
けれど次の瞬間には、その声からはやはり感情が抜け落ちていた。
「チャンスは一度きりです。失敗は許されません。決行の時は慎重に見極めましょう。いつになってもいいよう、全ての準備を整えるように」
「仰せのままに」
一礼した侍女らしき人影が静かに部屋から出ていく。
一人になった部屋で、女性はそっと窓に手を添えた。
外はまだ明るいものの、部屋はどこか薄暗い。
しばらくして、誰もいないはずの室内で物音がしても、女性は驚かなかった。
「見逃してくれたってことは、この間の話は了承ってことでいいんだな?」
若い男の声。
女性は振り向きこそしなかったが、否定もしなかった。
「そうか。なら予定通り俺たちも一枚噛ませてもらうぜ。ちょうど邪魔だったからな、あいつ」
「私はあなたたちに協力はしません。当然、あなたたちの望む通りにも動きません。だけど邪魔をしないなら、私のすることを利用するのに文句は言わないと約束しましょう――と伝えておいてください」
「はいはい、わかってるよ。ちゃんと兄貴に伝えとくって」
軽い答えに眉をひそめ、女性は隠すでもなく嘆息した。
「あなたもよく後宮まで来ますね。一応男性の出入りは厳しく制限されているはずですが」
「警備の騎士やら女官やらだって派閥争いに大忙しだからな。陛下のおかげで爆発はしていないが、上手くやれば侵入くらいはちょろいもんだぜ」
「王太子のために新設されたここでもそんなことが蔓延っているなんて、救いようがありませんね」
「まだ出てきたばっかりのお坊ちゃんにそこまで求めたって無理な話さ。ま、俺にもできるとは思わないけどな」
「身の程を知るのは大切なことです。その観点からすれば正しいのでは?」
きっついねぇ、とおどけたように言って、男が肩をすくめる。
「こう見えても俺、お前のこと結構気に入ってんだぜ」
「私はあなたの姿を見たこともありませんが」
「何かやってほしいことあれば言えよ」
「では今すぐ出ていってください」
「つれないねぇ」
けたけたとした笑声を残して、やがて男の気配は消えた。
侍女と話している間も、男が話している間も、髪一筋たりと動かなかった女性は、やがてふらりと動いて傍らのベッドに腰掛けた。
膝に肘をついて手を組み合わせ、顎を載せる。
薄暗い部屋の中、ただ女性の瞳だけが光を放っていた。
随分長い時間が経って。
「お兄様……。あの人は、私を見ても何の反応もしませんでした」
ぽつりと、女性はここにはいないであろう兄にそう語りかけた。
「きっと覚えていないのでしょう。私は一日たりとも忘れたことはありませんのに」
誰にも聞かれることのない独白。
外の麗らかな天気に似合わぬ、深い闇の声。
絶望を知っている者の、声。
「お兄様、必ずや」
ふと、声が強さを増す。
怒り、恨み、憎しみ……暗い感情がぎっしりと詰まったその声に、一滴の悲しみを垂らして。
「必ずや――アルフレッド・シアン・ユーネリアに復讐を」




