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精霊に愛された娘  作者: 宵月氷雨
第一章
13/57

第9話【改】 護衛騎士、出勤する

11/03 改稿しました。よろしければ読み直していただけると幸いです。


ミモザの性格が微妙に変わっているかもしれません。




 まだ薄暗い部屋の中で目を覚ました。

 同室の子の静かな寝息が聞こえる。まだ四時なのだから、当然かもしれない。

 騎士の眠りは基本的に浅い。

 起こさないようにそろりと気配を消して起き上がり、制服に手を伸ばした。

 ミモザは、王立騎士団朱雀隊所属の女騎士だ。

 王立騎士団には五つの隊が存在する。


 一つ、王族の近衛の役割を担う黄竜隊。王立騎士団の中でも腕利きが集められる。騎士団の中でもエリート中のエリートだ。

 二つ、王宮の警備が主な青龍隊。腕だけでなく比較的頭も良い者が所属する。貴族の男子が多いのが特徴。

 三つ、王都を巡回する白虎隊。自由奔放な嫌いがあるが、自立性のある者が集まる。実力主義が一番よく現れていて、自らこの隊を選ぶ庶民も多いという。

 四つ、地方へ飛ぶことが多い玄武隊。機動力に長けた者が多い。一番騎士の数が多い隊で、個人の実力は折り紙つき。ただし個性的なひとも多い。

 そして五つ、後宮等女性にしかできない仕事のためにある朱雀隊。やはり純粋な戦闘力では他四つの隊に劣るが、基本的には何でもこなす万能型が見られる。

 朱雀隊に所属しているのは女騎士だけだが、女騎士は朱雀隊だけにいる訳ではない。

 だけど、今回集められた令嬢の護衛についているのは皆朱雀隊の騎士だ。

 実は人数ぎりぎりで、五十二の令嬢に対して朱雀隊の騎士は七十三。そのうち隊長と副隊長は待機、さらに二十人弱が普通の仕事のために必要なので、残りの騎士は全員が誰かを護衛することになっていた。


 ベテランと新人を除いて選ばれた五十二人の中で、自分が目立たない存在であることは理解していた。

 剣の腕は普通、容姿も平凡、むしろ幼く見えるせいでナメられがちだ。

 護衛というのは「威嚇」の意味がある。

 何かが起きてから動くのはもちろんだが、起こさないようにするのも仕事の一つだ。

 その観点からすると、ミモザの容姿は足手まといになる。

 そういったことを正確に理解しているミモザは、だから最後まで残った時も何も思わなかった。

 一緒に残ってしまったセシリアはミモザと同期で、いかにも真面目な見た目をしているだけにお嬢様方の受けが悪い。

 本当はそう真面目な訳でもないのだが。


「これでよし、と」


 手早く着替えを終えたミモザは、鏡の前に立って襟を整えた。

 騎士団の制服は、隊や階級によって多少の違いがあるとはいえ基本は同じ作りをしている。

 正装の場合は飾りがたくさんついた豪奢なデザインで、白のシャツに黒の上着、同色のズボンまたはスカート。

 肩や裾には金糸でこれでもかと刺繍や飾りが入り、襟元には所属隊を表す色別のタイを締める。

 平服の場合は飾りが極端に減り、左腕にタイと同じ色のラインが入る。

 ミモザは朱雀隊を示す赤のタイをテーブルの上から取り上げながら、はてと首を傾げた。


「どうして、制服は黒でも何も言われないんだろう……」


 彼女はそのせいで大変な思いをしているのに。


『明日は五時に来ていただけますか? 他の家のことは存じておりませんが、スカーレット家の朝は早いのです。ティル様は五時半には起床されます』


 平然とそう言った彼女に思わず大声を上げてしまったのは苦い思い出だ。といっても昨日のことだが。

 ミモザが思い浮かべた彼女――つまりサフィリアが抜かりなく風精を喚んで音を閉じ込めてくれたので、大事には至らなかった。

 でなくば夜中に騒ぐなと苦情が殺到しただろう。

 若干ふらつきながら宿舎に戻ったミモザは、とりあえず見回りのシフトの変更をお願いしたのだった。

 一日につき三十人ずつを三組に分けて交代で見回りなのだが、最後の時間に入ることは無理そうだったので。

 同僚の憐憫混じりの視線は妙にいたたまれなかったが、ミモザは実は結構喜んでいるのだ。

 期間限定の主となった少女は、風変わりではあるけれど、綺麗で頭も良くて気さくで立派なひとだとミモザは思う。

 つまりこれは、すっかり好きになってしまったということなのだろう。

 だから、ミモザは願うのだ。

 どうかティリエルの後宮生活が平穏でありますように――と。


 ミモザはきゅっとタイを締め、鏡の中の自分に向かってにこっと笑いかけると、よしと気合いを入れて踵を返した。

 扉脇に立て掛けてあった細剣を腰に佩き、外に出る。

 誰もいないだろうと思っていたのに、ほとんど同じタイミングで開いた扉があった。


「あぁ、おはようミモザ」

「セシリアおはようー」


 薄桃色の髪をうなじの辺りで緩く括り、ミモザと同じ服に身を包んだセシリアは、ミモザを見ると苦笑するように頬を緩めた。


「セシリアももう行くの?」

「うん、五時半に来てって言われたから」

「私と同じだぁ」


 さすが親友、よく似ているらしい。

 二人は顔を見合わせ、並んで歩き出した。

 玄関で寮長のおばちゃんに「もう行くのかい?」と驚かれたが、それ以外にひとに会うこともなかった。

 今朝食を、と言ってくれたが、用意してくれると聞いていたので丁重にお断りする。

 外に出てふと立ち止まったセシリアは、まだ深い藍色に支配された空を見上げて柔らかな声で言った。


「なんかお互い、不思議な主人に当たったみたいだね」


 そうだねー、と返し、二歩ほど先行していたミモザはくるりと後ろを向く。

 ほら、と向き合ったセシリアの背後を指差し。


「でも悪くないでしょ?」


 促された通り振り返ったセシリアは、地平線から漏れ始めた澄んだ光を認めて破顔した。












「おはようございます、ミモザ様、セシリア様」


 五時二十分。

 足を踏み入れた後宮は、さすがに厨房の灯はついていたが、それ以外は静まり返っている。

 自然足音を忍ばせてティリエルの部屋に辿り着いたミモザと、一つ先の部屋が目的地のセシリアが見たのは、いくつかの箱を抱え上げている黒髪の侍女の姿だった。


「おはようございます」

「おはようございますー。えーっと、それは?」


 上品な作りの後宮の中で隙なく侍女服を着こなした彼女が持つと妙に不釣り合いな白一色の飾り気のない箱。

 これですか? とちょっと掲げてみせたサフィリアは、今日も朝から当然のごとく浮かべられている微笑に悪戯っぽさを加えた。


「そうですね……贈り物、です」


 もちろん、それをそのままの意味で受け取ってはいけないことくらい、昨日で学習済みである。

 それゆえ頭の上に疑問符を浮かべたミモザの横で、セシリアは得心がいったように二度頷いた。

 置いていかれた気がしてじーっとセシリアを見詰めると、「昨日心配していらしたから」と呟いた。

 聞いていたサフィリアが微笑を深める。


「ミーナ様にありがとうございますとお伝えください。おそらく本人同士はそういった話を一切なさらないので」

「わかりました」


 応えるように微笑んだセシリアが隣の部屋に消え、サフィリアの両手がふさがっていることに気付いたミモザは慌ててティリエルの部屋の扉を開けた。


「ありがとうございます」

「いえー」


 部屋の中はまだ薄暗い。

 ティリエルが寝ているはずのベッドは、一部屋しかない代わりにわりと広い部屋の一番奥の端にあり、衝立やら棚やらで上手に隠れている。

 サフィリアはちょうどベッドと反対の角の辺り、つまり扉のすぐそばに箱を置くと、「これは」とミモザを振り向いた。


「後宮流の挨拶ですよ。込められた意味は『邪魔』『調子に乗るな』辺りでしょうか」

「あ……証拠って、もしかして」

「はい、これのことです。……それにしても意外でした」


 もっと驚いて大騒ぎするかと、と口の中で呟いたサフィリアだったが、如何せん静かな部屋の中では丸聞こえだった。

 いや、もしかしたら意図的に聞かせたのかもしれない。

 ミモザは唇を尖らせ、小声で抗議した。


「いくらなんでも酷いですよー……。私、騎士ですよ? そのくらいは理解してますよ?」

「申し訳ありません。最初に反応がなかったのでてっきりご存じないのだとばかり」

「知ってはいるけど見たことはなかったんです。王妃様に手を出したら陛下のお怒りを買うことは周知の事実でしたから、……えぇ、それはもう凄まじいことになったと思いますー」


 その日の内に後宮が半壊したに違いない。

 うっかり想像してしまったミモザは、容易に浮かんだ悲惨な光景に遠い目をした。

 国王夫妻が二人でいる時の空気はとても穏やかで、束縛している訳でもべたべたしている訳でもない。

 けれど陛下の目を見れば、彼がどれだけ王妃を大切にしているか子供でもわかる。

 後から召し上げられた側妃たちが、くだらない嫌がらせをを断念するくらいには。

 そうだから、現在ほど王位争いが激化することは、本来ならなかったはずなのだ。

 原因はひとえに不審感。

 ――隠されるように育った王太子に、何か問題があるのではないか、という。


「でも、みんな同じ箱なんですねー」

「後宮側で用意されているものですよ。余計なものの持ち込みは禁止されていますからね」


 しゃがみ込んでぺたぺたと箱を触るミモザに「開けないでくださいね」とだけ言い置き部屋の奥へ歩いていったサフィリアは、やがてミモザが飽きた頃にコップを三つ持って戻ってきた。

 一つをテーブルの上に置き、立ち上がったミモザに右手のコップを差し出す。

 さらりとした薄い緑の液体が揺れた。


「『梅』をご存じですか?」

「ウメ? 何ですか、それ」


 聞き慣れない響きの単語に首を傾げる。

 ユーネリアでは聞いたことがない。


「はい、ミスティノにある果実です。ユーネリアにはあまり入って来ていませんから、知らなくても仕方がありません」

「そうなんですかー。サフィリアさんはどうして知ってるんですか?」

「……これは梅をジュースにしたものです。昔初めて飲んで以来ずっと好きで、取り寄せていただいています。さっぱりしていておいしいですよ」


 水滴のついたコップを両手で受け取り、軽く掲げて透かし見る。

 そうして、恐る恐る口をつけた。


「酸っぱ……甘い?」


 決して弱くはない酸味だが刺激的ではなく、包み込むような優しい甘さもある。喉越しはすっきりしていて、鼻を抜ける香りは爽やか。


「おいしーです、これ」


 夜警の時とか目が覚めていいかもしれない。

 予想外のおいしさにごくごくと飲んでいると、サフィリアはそっと目を細めた。


「お気に召していただけたのならば幸いです」

「これ、ジュースとして売ってるんですか?」

「いえ、手作りですよ。よろしければ一瓶どうぞ。まだたくさんありますし」

「ぜひ!」

「では今日の夜にお渡ししますね」

「お願いします。それにしても手作りなんてすごいですねー」

「ありがとうございます」


 自分の分のジュースを飲み干し、サフィリアはもう一つ、先程テーブルに置いたコップを取り上げる。

 そろそろティル様を起こして参りますと、やはり微笑して告げる彼女に時計を見れば、既に針は六時を指そうとしていた。


「ティル様のお支度が整うまで、少々お待ちください。それほど時間はかかりませんから」

「わかりました」


 サフィリアが衝立の向こうに消える。

 それからほんの十分ほどで、サフィリアは再び現れた。

 そしてその後ろから、もう一人。


「おはようミモザ。朝早くからごめんね」

「おはようございます。 仕事ですからー」


 部屋着なのか簡素な藤色のドレスを纏い、緩く髪を結い上げて、しっかりした足取りでミモザの前まで歩いてくる。

 一応騎士なので立ち上がって敬礼したミモザににっこり笑って、ティリエルはくいっと右手を振ってみせた。


「もう一杯飲む?」

「飲みます!」


 はいっと勢いよく上がった手に、蜂蜜色の髪の令嬢と黒髪の侍女は揃って微笑んだ。




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