第伝話 トルティージャの英雄
すみません!ほんとはもった早くに投稿するはずだった話です。遅くなりました……。
この話の舞台となる大陸に古くから伝わるお話。
遥かな昔――――
今ではトルティージャ、と呼ばれるその大陸に国はなく、大陸に住む人間たちは小さな地域ごとにまとまって、互いに助け合いながら暮らしていた。
トルティージャの特別なところは、精霊が住む大陸だということだった。
人々は精霊の姿を見て、精霊の声を聞くことができた。精霊と言葉を交わし、力を借りることができた。
それは、火種をもらったり、洗濯物を乾かすのを手伝ってもらったり、大した力ではなかったが、たまに水害などの自然災害が起こりそうになると、何人もが集まって精霊に助力を乞うた。
ただ一つ言えることは、精霊が大きな力を人間に貸す時、そこに必ず人間の真摯な願いがあったということだ。
人間は精霊を敬い、精霊は人間を愛した。人間は精霊に感謝を忘れず、精霊は人間を慈しんだ。
そうして人間は、平和に、そして少しだけ便利に暮らしていたのだ。
――だが。
その生活は、突如として崩壊した。
大陸を恐ろしい勢いで「黒」が侵攻していった。
作物は枯れ、水は汚れ、生き物たちは苦しみにのたうちまわりながらどす黒く染まる。
大陸の南東から広まっていった、原因不明の疫病が、世界を壊していった。
世界から色が失われる中で、人間だけは、その疫病に罹らなかった。
故に人々は飢え、心は荒み、やがて争いが起こった。
子供が死にそうだと訴える親、妻が病気だと泣きつく夫、母の最期においしいものをと乞う娘。
ただただほんの少しの情けをと願った者たちすら飲み込んだ大きなうねりは、人々に武器を取らせた。
――得るためには奪うしかない、と。
そんな世界を憂えた精霊たちは、人間の前から姿を消した。
最後に、この疫病の原因は、他でもない精霊にあると伝えて。
大陸の南東には、祠があった。
その存在を知り、なおかつ精霊の言葉を信じた青年がいた。彼はすべての元凶は疫病だと承知していた。疫病が収まれば、人々も元に戻っていってくれるだろうと信じていた。
この争いを止めたい――その真摯な願いに、精霊は応える。
青年の前に現れた精霊は、自らを光の精霊だと称した。
そうして彼に力を貸すと約束した。
この疫病の原因は、封じられていたはずの闇の精霊。けれど目覚めさせようとしているのは人間だという情報とともに。
急ぎ祠へ向かった青年が見たのは、漆黒の髪を持った男だった。
彼と青年は、親友同士だったはずだった。
けれど男は闇の精霊を目覚めさせるまであと一歩というところまで来ており、非情にも、青年には悩む時間も、話をする時間も残されていなかった。
青年はすべてを飲み込んで剣を抜いた。
祠があった場所は広い荒野。切り結んだのはたった二人。
しかし周囲の精霊を巻き込んだそれは、三日三晩に渡って続いたと言われている。
四日目の夜明けとともに、男を制した青年は光の精霊の力で闇の精霊を封じ直した。
朝焼けの赤との色合いが、残酷なまでに美しく、醜悪なまでに幻想的な、漆黒の大地に立ちつくしていたのが、青年の最後の目撃談だ。
その後の消息は不明。
けれど青年のおかげで疫病は消え、世界は徐々に色を取り戻した。
人々もやがて我に返った。
顔を覗かせ始めた緑を見て、泣きながら武器を手放した。ああなんて、愚かだったのだろう――と。
人々は協力して、荒れた大地を耕し、水の中からごみを拾い、争乱で命を落としたすべての生き物を埋葬していった。
世界にもとの姿を取り戻させる、数十年かかったその作業とともに、青年の話は大陸全土に広まった。
最後の戦いを見ていた者たちにより、口伝てに伝えられたその話は、人々の間で長く語り継がれることとなる。
それからしばらくして、トルティージャ大陸は六つの国に分かれた。
光の国、ユーネリア。
風の国、ツェインド。
土の国、グランディル。
火の国、ナカレイム。
水の国、シルクーア。
そして闇の国、ミスティノ。
前の五カ国は、日々の感謝とあの惨劇を忘れないために。
ミスティノは、闇の精霊を封じ続けるために。
各王家は統治する者であると同時に、祈りを捧げる者となる――――。