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作者: 古河晴香

語り手が三人、舞台上にいる。

大勢の聞き手がそれに相対して静まり返っている。


語り手の三人の若い女は、

黄白色のライトに照らされ、

明るく鮮明に姿は見えるのだが、


まるで三つの影のようにひっそりと

舞台上にたたずんでいる。

両手は体の横にぶらさげてある。

ライトで、真っ白になった木の床が足元にある。


おもむろに真ん中の一人が口を開く。

スラーユイユイユイー・・・

それは沖縄の言葉で、

そら、よいよいよい、という掛け声だ。

これから物語を始めるそ、という幕開けの声である。


この一声で、これから始まる物の色づけがされる。

この音階からして、どうやら沖縄の歌らしい。

民謡調の素朴な感じである。


そして、三人の若い女は、

沖縄の語り部の娘に姿を変える。


スラーユイユイユイー

その言葉にかぶさるように、

同じくおもむろに、

より低い声で右の娘が口を開く。

スラーユイユイユイー

そしてまた間を空けずに、

左の娘は、一番高く、澄んだ声で告げる。

スラーユイユイユイー・・・


これで幕が明けた。

三つの声には何の感慨も含まれず、

若い娘のそのままの声というだけである。


しかしそのメロディーが三つ合わさったところには、

幻想的で感情を持たない和音が残され、

白い霧が絶え絶えになった間から、

広い川にかかる一本の橋が立ち現れる。


これが舞台設定である。


これから、物語が語られる。

右の娘が、重々しく、語り始める。

それは、昔の伝説を語る声である。

ウマドゥーシラレユル・・・

沖縄の言葉で、「よく知られている」という意味である。

その声が語り始めるとわずかな間しかおかず、

真ん中の娘が、そして左の娘が、

口々に語りだす。


それは重々しく始まるが、

自由に伸びていき、活き活きと動き始める。

収集がつかないほど、口々に語っている。


ふと気づくと、そこには一人の声しか残っていない。

ユールー・・・ユールー・・・

波が消えたように静寂が訪れる。


そして再び、ウマドゥー・・・、

と、重々しく語りが始まり、

同じように波が現れ、

消えていく。


それは、過去を一時、目の前にリアルに浮かび上がらせたのち、

また過去のもやの中へ返す作業のようである。


その三人の娘は、すでに時の流れに消えていったはずのものを、

召喚する、という霊的な語り部なのだろうか。


召喚する対象は、よく知られている伝説である。


昔、橋のところで会おうと約束をした男女がいたが、

橋が水に流されて、会えなかった、という伝説だ。


ただ会えなかったというだけなら伝説になるはずはない。

たとえばその日に駆け落ちをするはずだった、

とかいう背景か何かがあって、

その日会えなかったことが重大なことだったから、伝説になったのだ。


しかし、聞き手はその物語を知らない。

歌い手の言葉は、スラーユイユイユイ、ウマドゥーシラレユル、

のみである。


沖縄の言葉であるので、意味もよく分からない。

だから聞き手は、「橋」という題名とその歌の中身とを一致させようとして、

その真摯な語りを聞く結果、

漠然ともやに包まれた伝説の片鱗をうかがい知る。


語り部は、そうして過去を完全にたぐり寄せた。

突然場面が変わり、三人が声を合わせて、

大きく口を開けて高らかに歌う。


そこに突然現れたのは、明るい太陽の陽差しである。

パーっと強い光が現れる。

そこに現れたのは、過去の、日常の、「ある日」、である。


ある日、そこには橋がありました。


少しニヒルに皮肉味を帯びて声たちは下降する。

それはゆらぐ、南の島の熱すぎる太陽かもしれない。


そんな気だるい昼下がりの、いつもと同じ情景。


歌が止まる。


何か切迫したような速さと慌しさ。

慌しさは、人の息切れのように一旦静まったかと思いきや、

再び始まったときはより一層激しく切迫し、

耐えられなくなって、

切ないあせりと嘆きの声がその中から飛び出してくる。


ここに来て、さっきまでの明るく気だるい日差しが、

恋人たちの幸せな日常へと重ね合わせられる。

そして、それが、自分たちでどうすることもできないものに

阻まれたときの、驚きと嘆き。


そして次にはやり場のない怒りが現れる。


激しく胸の奥からこみ上げてくるように、

低いところから始まって高くつきあがっていく声。


そして、あきらめたように、泣き崩れたように、

勢いをくすぶらせたまま収束していく。


後には静寂。


そして召喚は終わり、過去は過去へと帰っていく。

そんなお話がありました。

一息ついたように、語り部は明るくありのままの声で、

歌い始める。


それは、幕開けとまったく同じである。

スラーユイユイユイー・・・。


それは幕開けとまったく同じようにおもむろで、

何の感情もこもっていない。


それなのに、さっき呼び出されて、

娘の霊が憑依していたような、

あの嘆きの声は、

聞き手の中に残っていて、

語り部の背景のイメージとしてもやもやと漂っている。


語り部は、そ知らぬ顔で、幕開けとまったく同じように歌う。

そしてまた同じように波が来ては去る。

さっきのあれはなんだったのだろうか。

語り部はあの話を忘れてしまったのだろうか。


そう思っていると、再びあの太陽のような光の部分がやってくる。

しかし、もう過去は召喚されない。

それは、嘆きや哀しみがあったということを、

過去へしっかりと閉じ込めておくための、

慰めだ。


だからその太陽は、過去のリアルな太陽の再現ではなく、

レプリカの、回想の中の太陽である。

その伝説は、過去へと鎮められた。

太陽の光は、白く、ノスタルジックに現れたかと思いきや、

失速しながらフェードアウトするように消え去る。


その残響の中には、全てを飲み込んだ語り部が残されている。


やはり、語り部は初めから全てを知っていたのだ。

素知らぬふりをもうやめた語り部が、

そこにしんと落ち着いてたたずんでいる。


痛みを悼み、半ば憔悴して、

でもそこにはしっかりと足を踏みしめて、

自分の役目を終えた語り部が三人、締めくくる。


昔、そういうことがありました。

よく知られた話です。


右の娘が澄んだ声で、過去にいたその娘の輝きの名残を響かせて、

語りは終わる。


最後に残ったのは、何度架けなおされたか分からないが、

昔から同じようにそこにある、

広い川にかかる一本の橋である。



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― 新着の感想 ―
[一言] 始めまして。 静かですね。聞こえるような見えるような感じで、頭の中がしんとしました。
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