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BAND  作者: こう
BAND

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7/15

第7話 朝倉凪

「もしもし」


『……もしもし』


数秒。


「久しぶり」


『何年ぶり?』


「知らん」


『最低』


坂東はソファにもたれた。


豪が横からスマートフォンを覗こうとする。


「凪?」


坂東が手で押し返す。


「近い」


電話の向こうから声がした。


『豪ちゃんもいる?』


豪が反応する。


「おるで!」


『うるさ』


「久しぶりに聞いた第一声それ!?」


『元気そうでよかった』


「雑やな!」


坂東が笑う。


「凪」


『ん?』


「明日、時間ある?」


少し間があった。


『何時?』


「昼過ぎ」


『仕事』


「何時まで?」


『三時くらい』


「ほな、そのあと会社来て」


『NEX?』


「うん」


『何? YouTubeの案件?』


「ちゃう」


『じゃあ何』


坂東は少しだけ黙った。


「開けてほしい扉がある」


沈黙。


『……は?』


豪が吹き出す。


「俺も同じ反応したわ」


『豪ちゃん黙って』


「なんで俺だけ!」


坂東が続ける。


「電子ロック」


『業者呼べば?』


「呼ばれへん」


『なんで?』


「説明したら長い」


『怪しい』


「怪しくない」


『航がそれ言うと怪しい』


「明日説明する」


『犯罪?』


「ちゃう」


『ほんとに?』


「多分」


『多分って言った』


豪が笑う。


『……まあいいや』


「来れる?」


『行く』


「助かる」


『その代わり』


「何?」


『ご飯』


「はいはい」


『高いやつ』


「豪ちゃんが払う」


「なんでや!」


電話の向こうで凪が笑った。


『じゃ、明日』


「おう」


通話が切れた。


坂東がスマートフォンを置く。


豪が腕を組む。


「変わってへんな」


「お前もな」


「俺は成長してる」


「どこが?」


「全部」


「便利やな、それ」



同時刻。


大阪市内。


高層マンションの一室。


デスクの上には三台のモニター。


配信用マイク。


オーディオインターフェース。


カメラ。


照明。


壁際には、綺麗に並べられた服。


バッグ。


キャップ。


サングラス。


その一方で。


デスクの端には、一般的な配信者の部屋には少し似つかわしくないものが並んでいた。


電子基板。


工具。


小型端末。


ケーブル。


そして、分解されたカードリーダー。


朝倉凪はスマートフォンを机へ置いた。


二十代。


百六十七センチ。


細身。


肩にかかる金髪。


整った顔立ちは、モデルと言われても違和感がない。


実際。


彼女の仕事は、画面の向こう側にあった。


登録者数。


百八十二万人。


ゲーム実況。


ファッション。


ガジェット。


企業案件。


ライブ配信。


大学時代。


豪に、


――誰が見るん?


そう言われたYouTubeは。


今では、百八十万人以上が見るチャンネルになっていた。


凪は椅子を回す。


「開けてほしい扉……」


机の上のカードリーダーを見る。


少しだけ笑った。


「ほんと変わんないな」



翌日。


午後三時四十七分。


株式会社NEX。


エレベーターの扉が開いた。


一人の女性が降りる。


黒のキャップ。


サングラス。


金髪。


ジャケットに細身のパンツ。


一目で上質だと分かる服装。


派手ではない。


だが。


目立つ。


受付にいた美月が顔を上げた。


女性が受付へ歩いてくる。


美月は立ち上がった。


「朝倉凪様ですね」


「はい」


「お待ちしておりました」


凪がサングラスを少し下げる。


美月を見る。


「ありがとう」


そして。


「航、もういる?」


美月の表情が、一瞬だけ止まった。


「……はい」


すぐに仕事の顔へ戻る。


「社長でしたら、会議室におります」


「社長」


凪が少し笑う。


「まだ慣れないな」


美月は何も言わなかった。


凪がサングラスを外す。


美月はその顔を見て、少しだけ目を見開いた。


画面で見るより。


ずっと綺麗だった。


凪が手を差し出す。


「朝倉凪です」


美月も手を出した。


「白石美月です。坂東の秘書をしております」


「美月ちゃんね」


「……はい」


「よろしく」


「よろしくお願いいたします」


凪が笑う。


「そんな固くなくていいよ」


「勤務中ですので」


「真面目」


美月が軽く頭を下げる。


「ご案内します」


二人はオフィスの奥へ向かった。



会議室。


豪は椅子にもたれながら時計を見る。


「遅ない?」


坂東はノートパソコンを見ている。


「まだ三分や」


「三分前行動やろ」


「お前が言うな」


「俺は時間守るで」


「たまにな」


「毎回や!」


ノック。


「どうぞ」


扉が開いた。


美月。


その後ろから凪が顔を出す。


「久しぶり」


豪が立ち上がる。


「おお!」


坂東も顔を上げた。


数年ぶり。


それでも。


一瞬だった。


昔の空気に戻るまで。


凪が坂東へ近づく。


「航」


「ん?」


そのまま。


腕を坂東の肩へ回した。


「久しぶり」


「重い」


「第一声それ?」


「あと」


坂東が凪を見る。


「会社やぞ」


「知ってる」


「離れろ」


「久しぶりなんだからいいじゃん」


豪が笑う。


「俺には?」


凪が坂東から離れる。


「久しぶり、豪ちゃん」


「なんで坂東だけ肩組むん?」


「豪ちゃんデカいから届かない」


「そこ!?」


凪が笑った。


その後ろ。


美月が立っている。


「……社長」


坂東が振り返る。


「ん?」


「会社です」


「俺さっき言うたで?」


「社長もです」


「なんで俺まで?」


豪が美月を見る。


口元が緩む。


「美月ちゃん」


「はい?」


「嫉妬してたな」


「してません」


即答。


凪が美月を見る。


「してた?」


「してません」


「顔ちょっと怖かったよ」


「通常です」


豪が吹き出した。


「絶対してたやん!」


「真田さん」


「はい」


「お仕事してください」


「今会議や!」


凪が笑う。


「美月ちゃん、おもしろいね」


「朝倉さんまでやめてください」


坂東だけが首を傾げている。


「何の話?」


豪と凪が同時に坂東を見る。


数秒。


凪が言った。


「……航はそのままでいいよ」


「何が?」


「全部」


「意味分からん」


豪が腹を抱えて笑った。


美月は小さく息を吐く。


「コーヒー、お持ちします」


「美月」


「はい」


「俺ブラック」


「知ってます」


「俺も!」


豪が手を上げる。


「真田さんは自分でお願いします」


「なんで!?」


扉が閉まった。


凪が椅子に座る。


「いい子だね」


坂東がパソコンを閉じた。


「せやろ」


凪が坂東を見る。


少しだけ笑った。


豪も笑っている。


坂東が眉を寄せる。


「……なんやねん」


「別に」


凪はキャップを取った。


金髪を軽く整える。


そして。


表情を変えた。


「で?」


坂東を見る。


「開けてほしい扉って何?」


坂東も笑うのをやめた。


テーブルの上に一枚の資料を置く。


白鳳総合医療センター。


旧病棟。


研究管理区画。


そして。


カード式電子ロック。


「これ」


凪が資料を手に取った。


目が変わった。


数秒。


「……病院?」


「うん」


「航」


「何?」


「最初から説明して」


坂東は椅子へ深く座った。


「長なるで」


凪は資料から目を離さない。


「聞く」


坂東と豪が顔を見合わせる。


そして。


坂東は話し始めた。


ライオン運輸。


B-24。


医療用の保冷ケース。


大量の現金。


複数の携帯電話。


そして。


倒れていた男。


凪は途中から一度も口を挟まなかった。


坂東が続ける。


「そのあと拓海君に調べてもらった」


「拓海君?」


「相馬拓海。大学の先輩」


豪が補足する。


「白鳳の副院長」


凪が坂東を見る。


「副院長?」


「うん」


「航、医者とも繋がってんの?」


「昔からの知り合い」


「相変わらず人脈おかしいね」


「ほっとけ」


坂東は話を戻した。


「白鳳でも、薬品の数字がおかしかった」


凪が資料を見る。


「これ?」


「そう」


一部の薬品。


仕入量。


使用量。


そして院内移動記録。


移動先。


旧病棟・研究管理区画。


凪の指が止まる。


「今使ってないんだよね?」


「基本は」


「なのに薬が運ばれてる」


「そういうこと」


凪は資料を置いた。


「で、この扉?」


坂東が頷く。


「拓海君のカードでも開かん」


「写真ある?」


「ある」


坂東がスマートフォンを操作する。


画面を凪へ。


凪が拡大する。


電子ロック。


カードリーダー。


扉。


しばらく無言。


豪が聞く。


「いけそう?」


「写真だけじゃ分かんない」


「開けられへん?」


凪が豪を見る。


「豪ちゃん」


「何?」


「私、魔法使いじゃないよ」


「でも得意やろ?」


「得意と万能は違う」


「蹴った方が早い?」


「それは豪ちゃんだけ」


「俺もそう思う」


「褒めてない」


坂東が聞く。


「現物見たら?」


凪はもう一度写真を見る。


「それなら、もう少し分かる」


「ほな行こか」


凪が顔を上げる。


「今から?」


「今日」


「行動早すぎない?」


豪が笑う。


「航は昔からこんなんや」


「知ってる」


凪は小さく息を吐いた。


「……分かった」


「助かる」


「でも」


「何?」


「これ、普通の仕事じゃないよね」


坂東は答えなかった。


凪が続ける。


「電子ロックだけの話じゃない」


「せやな」


「誰が何のために使ってるかも分からない」


「うん」


「危ないかもしれない」


「うん」


「それでも行く?」


坂東は即答した。


「行く」


凪は数秒、坂東を見る。


そして笑った。


「ほんと変わってない」


豪が立ち上がる。


「ほな決まりやな」


「豪ちゃん」


「ん?」


「まだ夕方」


「腹減った」


「それは知らん」



午後五時二十三分。


NEX。


三浦はデスクで電話をしていた。


「はい。そこは契約書通りでお願いします」


少し離れた席。


水野が資料を確認している。


伊集院はパソコンの画面を見ながら、何かを入力していた。


「はい。では、明日こちらから改めてご連絡します」


三浦が電話を切る。


「……疲れた」


水野が顔を上げる。


「まだ五時やで」


「今日は濃いねん」


「いつも言うてるやん」


「今日ほんまに濃いって」


伊集院が画面から目を離さず言った。


「三浦さん」


「ん?」


「明日の派遣スタッフ、一名変更になってます」


「誰?」


伊集院が答えようとした。


その時。


受付から声がした。


「三浦さん、お客様です」


三浦が振り返る。


「俺?」


「はい」


少しして。


一人の男がオフィスへ入ってきた。


黒髪。


センターパート。


綺麗に整えられたスーツ。


小さなシルバーのピアス。


一見すれば。


どこにでもいる、真面目そうな会社員。


三浦が立ち上がる。


「……神谷さん」


神谷直人。


三十四歳。


ライオン運輸の案件をNEXへ持ち込んだ男。


神谷は軽く頭を下げた。


「三浦さん。先日は申し訳ありませんでした」


「いや……神谷さんが謝ることじゃないですよ」


「私からご紹介した案件ですので」


「でも、神谷さんもあんなことになってるって知らなかったんですよね?」


「はい」


神谷は迷わず答えた。


「まったく知りませんでした」


三浦が頷く。


「坂東さんはいらっしゃいますか?」


「あー……今、会議中やったと思います」


「そうですか」


「呼びましょうか?」


「いえ」


神谷は微笑んだ。


「今日は三浦さんのお顔を見に来ただけですので」


「俺の?」


「はい。少し気になっていました」


三浦が笑う。


「大丈夫ですよ。ピンピンしてます」


「それなら安心しました」


水野が三浦の横へ来る。


三浦が紹介する。


「水野沙耶です。うちの社員です」


「水野です」


神谷が頭を下げる。


「神谷直人と申します。よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」


そして。


神谷の視線が伊集院へ向く。


伊集院も顔を上げる。


一瞬。


二人の視線が重なる。


「伊集院慎太郎です」


「神谷です。よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」


それだけだった。


三浦が言う。


「せっかくなんで、コーヒーでも」


「ありがとうございます。ただ、このあと予定がありますので」


「忙しいっすね」


「三浦さんほどではありませんよ」


「いやいや」


神谷は時計を見る。


「では、私はこれで」


「また何かあったら連絡します」


「もちろんです」


神谷はもう一度頭を下げた。


「それでは、失礼いたします」


神谷がオフィスを出る。


水野が三浦を見る。


「真面目そうな人やな」


「やろ?」


「紹介した案件であんなことあったから、わざわざ来たん?」


「多分」


水野が少し感心したように言う。


「ちゃんとしてるやん」


三浦も頷いた。


「俺も最初会った時、そう思った」


伊集院は何も言わない。


パソコンへ視線を戻す。


ただ。


キーを打つ手だけが。


少し止まっていた。



午後六時十一分。


地下駐車場。


神谷は車の運転席に座った。


エンジンはまだかけていない。


胸ポケットから煙草を取り出す。


一本。


火をつける。


深く吸う。


煙を吐く。


そして。


スマートフォンを取り出した。


発信。


数秒。


『はい』


神谷は煙草を指に挟んだまま言った。


「お疲れ様です」


『お疲れ様です』


「先ほどはありがとうございました」


『いえ』


神谷はフロントガラスの向こうを見る。


「三浦さんは、特に問題なさそうですね」


『そうですね』


「ライオン運輸の件も、現時点では表立って動いていません」


『はい』


「ですが」


神谷は煙草を吸う。


「坂東さんは、思っていたより勘がいいですね」


電話の向こう。


少しだけ沈黙。


『……昔からです』


神谷が僅かに笑う。


「そうなんですね」


『気になったら止まらない人なんで』


「なるほど」


神谷は灰を落とした。


「少し厄介ですね」


『……』


「白鳳総合医療センターまで辿り着いています」


『はい』


「旧病棟についても?」


『……そこまでです』


神谷の目が細くなる。


「分かりました」


また煙を吐く。


「引き続きお願いします」


『はい』


「伊集院さん」


『……はい』


「無理はなさらないでください」


一瞬。


電話の向こうが黙る。


『分かりました』


「では」


通話が切れた。


神谷はスマートフォンを助手席へ置く。


煙草を吸う。


表情は変わらない。



午後八時三十八分。


NEX。


坂東が鞄を持つ。


「ほな行こか」


豪が立ち上がる。


「おう」


凪はキャップを被る。


「病院で相馬さんに会うんだよね?」


「うん」


「そのあと旧病棟?」


「今日はまず話聞く」


「珍しく慎重」


「俺いつも慎重やで」


豪が笑う。


「どこがやねん」


「うるさい」


その時。


「私も行きます」


三人が振り返る。


美月。


坂東が眉を寄せる。


「美月も?」


「はい」


「仕事終わりやろ」


「社長がこれから病院へ行くのも仕事ですよね?」


「仕事……なんかな」


「では何ですか?」


坂東が考える。


「……分からん」


「でしたら行きます」


豪が笑う。


「強いなあ」


美月が豪を見る。


「真田さん」


「はい」


「何か?」


「ありません」


凪が美月を見る。


「美月ちゃんも来るんだ」


「はい」


「心配?」


「秘書ですから」


豪と凪が顔を見合わせる。


美月が眉を寄せる。


「……何ですか?」


豪が笑う。


「いや」


凪も笑う。


「何でもない」


「絶対何かありますよね?」


坂東がエレベーターを呼ぶ。


「はよ行くで」


美月が三人を見る。


「ちょっと!」


扉が開いた。



午後九時十四分。


白鳳総合医療センター。


夜間入口。


タクシーが一台停まる。


坂東。


豪。


凪。


美月。


四人が降りた。


凪が病院を見上げる。


「大きいね」


「拓海君、副院長やからな」


「まだそれ信じられない」


豪が笑う。


「俺も久しぶりに会った時思った」


美月が聞く。


「相馬先生って、社長の大学時代の先輩なんですよね?」


「うん」


「真田さんも?」


豪が頷く。


「俺も知ってるで」


「皆さん昔から一緒なんですね」


凪が美月を見る。


「気になる?」


「何がですか?」


「航の昔」


「仕事上必要ですので」


豪が笑いを堪える。


美月が睨む。


「真田さん?」


「なんも言うてへん!」


凪が笑う。


坂東は一人、先に歩いている。


「置いてくで」


「社長!」


四人は夜間入口へ向かった。


自動ドアが開く。


そして。


閉じる。



病院から少し離れた道路。


黒い車が一台。


エンジンはかかったまま。


運転席には、一人の男。


その後ろ。


後部座席。


赤い光が灯る。


煙草の先端。


神谷は深くシートへ腰掛け、窓を数センチだけ開けていた。


煙がゆっくり外へ流れていく。


視線の先。


白鳳総合医療センター。


坂東たち四人が建物へ入っていく。


神谷は煙草を口から離した。


スマートフォンを取る。


発信。


数秒。


『はい』


「私です」


『どうされました?』


「今、白鳳総合医療センターです」


『……病院?』


「はい」


神谷は窓の外を見る。


「坂東さんたちが入りました」


『誰がいます?』


「坂東さん。真田さん。朝倉凪さん」


少し間。


「それと、白石さんです」


『四人ですか』


「はい」


『どうします?』


神谷は答えない。


煙草を吸う。


運転手も何も言わない。


車内に、煙だけが漂う。


数秒。


神谷は煙を吐いた。


そして。


それまでの丁寧な口調を捨てる。


「坂東を処理しろ」


沈黙。


『……了解』


通話が切れた。


神谷はスマートフォンを横へ置く。


新しい煙草を一本取り出した。


火をつける。


前方。


運転手がバックミラー越しに一瞬だけ神谷を見る。


神谷は何も言わない。


ただ。


白鳳総合医療センターを見ていた。


煙が、後部座席をゆっくり満たしていく。

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