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理系少女「あなたを解剖したいわ」 文学少年「僕の死を美しく飾ってくれるのかい?」 周囲「「「お前らもう結婚しろよ(遠くに行け)」」」

作者: 大山小水
掲載日:2026/04/25

この話はフィクションです。

現実の個人や団体とは一切の関係はありませんし、一切の犯罪行為を助長するものではありません。

世間一般に、高校2年生の放課後といえば、部活に汗を流すか、あるいは駅前のスタバで新作のフラペチーノを啜るのが正解のはずだ。 間違っても、理科室の片隅で「いかにして自分たちが法を擦り抜けつつ、最も美しく心中するか」をガチのトーンで議論することではない。


「……却下よ、芥川君。そのプランはロマンチックかもしれないけれど、致死量に至るまでの計算が甘すぎるわ。確実に死ぬ前に、あなたは胃洗浄を受けて醜くのたうち回ることになる。それはあなたの言う『美しき人生の終止符(ピリオド)』と矛盾するんじゃないかしら?」


そう言って、氷室零ひむろ れいは無機質な眼鏡の奥の瞳を細めた。 彼女は天才だ。ただし、共感能力を母親の胎内に忘れてきたタイプの。マグカップのように手に持ったビーカーの中では、たった今調合されたばかりらしい「何か(飲んだら人生が強制終了するやつ)」が毒々しい紫色に濁っている。


「手厳しいね、氷室さん。でも、計算通りに心臓が止まるなんて、まるでお役所の事務仕事みたいで味気ないと思わないかい? 僕は君という『残酷な運命』に翻弄されながら、予定外の死を迎えたいんだ」


うっとりと頬を染めて答えるのは、芥川章あくたがわ あきら。 彼は秀才だ。ただし、現実とフィクションの区別をドブに捨ててきたタイプの。手に持っているのは、彼女に捧げるための(血文字にしか見えないインクで書かれた)遺書という名のラブレターだ。


僕は教室の入り口で、忘れ物の教科書を手に取ることすらできず、彫像のように固まっていた。


(……いや、もう付き合っちゃえよ、お前ら)


心の中でそう叫んだのは、もう何回目かわからない。 殺害予告と告白の区別がつかないこの二人は、今日も学園の平穏と、僕のなけなしの常識をガリガリと削り続けている。


◇◇◇◇


彼女たちと一緒のクラスになった高2の初め。クラスの自己紹介の時にことは起こった。


彼は前の人がその場に立って自己紹介をしただけであったのに、おもむろに教卓へと上がっていき、始めた。


「みなさん、ごきげんよう。僕は芥川。この退屈な日常という名の檻に閉じ込められた、一人の悲劇作家だ」


彼はそう言って、誰に頼まれたわけでもないのに教卓に片手を突き、ドラマチックなポーズを決めた。


「僕がこの教室で成し遂げたいことはたった一つ。最期の瞬間に、僕という物語の末尾を飾るにふさわしい、完璧な『死の美学』を見つけることだ。協力者はいつでも歓迎するよ。……ただし、美しくない殺し方を提案する無粋な人間は、僕の叙事詩には必要ないけれどね」


そう告げると彼は静かに自らの席へとついた。


静まり返る教室。担任の先生が「あ、えーと……次は次の人、お願いします」と震える声でバトンを渡した。


そうしてしばらくはまた、自らの席から立ち上がって名前と興味のあることを一言二言告げて座る、普通の自己紹介が続いた。


次に立った少女は、芥川とは対照的に冷ややかな鉄の質感を纏っていた。彼女は、一度も名簿から目を離さず、淡々と、しかし全生徒を解剖台に乗せるような冷徹なトーンで言い放った。


「氷室零です。私はこの学校に、学問的な『検証』をしに来ました」


彼女はそこで言葉を切り、焦点があっていない目で教室を見渡してから言葉を続けた。


「具体的には、人間の精神が極限状態においてどのような化学反応を示すか、そして肉体がどれほどの負荷で機能停止に至るかの精緻なデータ収集です。もし放課後、人体の構造に自信があり、かつ損害賠償を請求しない篤志家がいれば、理科室へ。……生きたまま心臓の鼓動を可視化する方法について、共に語り合いましょう」


クラスはみんな心が一つになった。


(((やべえ奴らと一緒のクラスになっちまった)))


その後は何事もなく自己紹介が終わり、そのまま下校した。


◇◇◇◇


翌日。登校した僕たちの目に飛び込んできたのは、理科室の扉に貼られた一枚の「合同演目:地獄の開演」という不吉極まりないポスターだった。


「ねえ、氷室さん。昨日の今日で、さっそく素晴らしい『素材』が転がり込んできたみたいだよ」


そっと覗いた理科室の中では、芥川がドラマチックにカーテンを閉め切り、スポットライト(持参)を自分たちに当てていた。


「ええ、驚いたわ。よっぽど自分の内臓に自信があるのか、あるいは前頭葉に重大な欠陥があるのか……。どちらにせよ、私のメスが鳴っているわ」


氷室がいつの間にか白衣に着替え、鋭利な光を放つ器具をジャラジャラと並べている。その中心で、一人の男子生徒ーーーあとから聞いたところ、初日、勇気を振り絞って氷室に告白したらしい1年の佐藤くんが、パイプ椅子に縛り付けられ、白目を剥いていた。


「ちょっと待て! 何してんの!? 警察呼ぶよ!? せめて救急車はスタンバイさせるよ!?」


僕が理科室に飛び込むと、芥川が優雅な手つきで「静かに」と唇に指を当てた。


「しっ、声を落としてくれ給え。今、彼は僕が書き下ろした『叶わぬ恋の末路に待つ、内臓破裂という名の叙情詩』の第一幕を演じている最中なんだ。彼の絶望した顔……見てごらん、まるでムンクの叫びがそのまま現れたようだよ」


「それは恐怖だよ! ただの物理的な死への恐怖だよ!」


すると氷室が、佐藤くんの側頭部に得体の知れない電極をペタペタと貼り付けながら、ボソリと呟いた。


「脳波の乱れが心地いいわ。芥川君、もっと彼を絶望させて。新生活への期待が『再起不能なトラウマ』へと反転する瞬間に、前頭葉へ磁気刺激を与えて、彼の性格を完全に書き換える実証実験を始めたいの」


「お安い御用さ。さあ、佐藤くん! 君という平凡な物語を、僕が美しいバッドエンドへと書き換えてあげよう。……氷室さん、彼が『僕は……誰だ……?』と自我を喪失したら、それが僕たちの共同執筆(上書き)の合図だ」


「了解したわ。磁気デバイスの出力は最大よ。……ふふ、今年の研究目標、これ一本で完遂できそうね」


「まだ4月だよ!!! 年度が始まった瞬間に、一人の人間の尊厳を完遂させてやるなよ!!」


僕のツッコミは、芥川が奏で始めた(なぜか用意していた)バイオリンの不協和音にかき消された。


◇◇◇◇


その後、結局先生に見つかり、こっぴどく怒られた二人だったが、反省の色はゼロだった。むしろ、職員室から出てきた二人は、さらに絆を深めた様子でこんな話をしていた。


「芥川君。朝の実験中、佐藤君の瞳孔反応は極めて良かったわ。あなたの演出が良かったのかしら? 次回はもっと効率的に脳内のドーパミンを操作するプランを練りましょう」


「ああ、氷室さん。君という冷酷な神が執刀する聖なる儀式……。それこそが僕の物語を完結させる唯一の舞台装置だよ。ねえ、いっそのこと、僕たちの婚姻届の保証人欄、血文字で書かないかい?」


「……。婚姻という名の法的な契約を結ぶことで、あなたの遺体の所有権を私が独占できるのなら、合理的ね。悪くないわ」


それを見守る僕とクラスメイトの視線は、もはや「恐怖」を通り越して「虚無」に達していた。新学期早々、死んだ目をした女子グループの一人が、力なく呟いた


「……あいつら、やってること殺し合いなのに、なんであんなに甘々なわけ?」


「まじそれな〜。あと、一緒にいればいるほど、私たちの生存確率が下がる気がするよね〜」


理系少女と文学少年の「心中(という名のデート)」の相談は、外から見ると不気味でラブラブなトーンで響き渡っていた


◇◇◇◇


時は経ち、文化祭の出し物を決めるHR。


珍しく、例の奴らが静かにしているうちに平和な「ポップコーン屋台」に決まろうとしていたその時、理系少女と文学少年が揃って挙手した。


「普通のポップコーン? 却下よ。もっと視覚的に『生命の燃焼』を想起させるべきだわ。例えば……カプサイシンを致死量寸前まで添加した、『鮮血のレッド・ポップコーン』とか。食べた瞬間に交感神経が暴走して、アドレナリンの過剰分泌が観測できるはずよ」


「素晴らしい、氷室さん! それなら僕は、付け合わせに『毒林檎(を模した激辛飴)』を提案しよう。一口齧れば、甘美な絶望が喉を焼き、死の淵で僕たちは愛を語り合うんだ……」


「「「普通の作らせろよ!!!」」」


クラス全員の猛反対を受け、彼らの意見は「一部採用」という名の妥協点に落ち着いたはずだった。だが、当日。理科室の備品をフル活用して設営された屋台に並んでいたのは、一面「赤」に染まった異様なラインナップだった。


「芥川君。このポップコーン、調合比率は完璧よ。客の瞳孔が開く瞬間を見逃さないで」


「分かっているよ。この燃えるような赤、まさに僕たちの心中を彩る曼珠沙華のようだ……。さあ、学園の皆さん! 命を削る一粒を召し上がれ!」


(((もう勝手にやってろよ)))


彼らは口では物騒なことを言いつつも、持ち前のこだわりで、毒物どころか化学調味料すら一切使わない「超一流のオーガニック激辛スパイス」を独自ルートで発掘していた。


さらに、氷室の「1ミリグラム単位の調合」と、芥川の「無駄に情緒を揺さぶるキャッチコピー」が化学反応を起こした結果、それは僕たちの想像を絶するほど中毒性の高い一品に仕上がっていた。


結局、うちのクラスは全校で売上No.1を叩き出してしまった。


◇◇◇◇


秋。修学旅行の舞台の京都。


クラスメイトたちが縁結びの神社で盛り上がる中、この二人は鴨川のほとりでで、不穏なほど美しいオーラを放っていた。


「芥川君、見て。鴨川よ。入水自殺のポイントとしては少々水深が足りないけれど、今の時期の低水温なら、数分で心肺停止に追い込めるわ」


「古都の風情に抱かれて眠る……悪くないね。ねえ氷室さん、向こうの三条河原で、僕を新選組の隊士に見立てて介錯してくれないかい? 君の手で散れるなら、僕は本望だ」


二人はおもむろに、修学旅行のしおりに「心中ルート」と赤ペンで書き込み始めた。千本鳥居を用いた錯覚による「異界(死後の世界)」の再現や、清水の舞台からどちらが先に地面に到達するか重力加速度を計測しながら飛び降りるプランを真剣に議論している。


美しい京都の景観を自殺スポットとしてしか見ない二人を見たガイドさんが静かに泣き出していた。


もはやツッコミを放棄した僕たちは、東山の山並みに向かってこう叫ぶしかなかった。


「「「お前らもう結婚しろよ(遠くに行け)」」」


◇◇◇◇


それから数年後。 僕の元に届いた一通の封筒は、案の定、不吉なほど真っ黒な台紙に銀色の文字でこう記されていた。


「合同実験:共同研究契約締結会(結婚披露宴)のお知らせ」


謹啓

さて、この度、我々二人は「死が二人を分かつまで、互いの生体反応を監視し続ける」という共同研究契約を締結いたしました。 つきましては、我々の契約締結(入籍)という名の、人生における最大の「敗北」を看取っていただきたく……


「結局、死ぬまで一緒にいるってことじゃねーか……」


僕は招待状を閉じ、窓の外を見た。 あの二人なら、きっと死神すらも「あ、こいつら面倒くせえな……」と避けて通るだろう。


理系少女と文学少年の「心中(という名の新婚生活)」は、これから先も終わらない。 誰かのなけなしの常識と生存確率を削り続けながら、二人は永遠に、この世界のどこかで愛をささやき(自殺予告を)続けていくのだろう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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