婚約者
その子が婚約者と知ったのは、令嬢が屋敷を去って7日がたったころだった。
父親に呼び出された俺は、いつものようにシガーの匂いが立ち込める部屋にいた。
「弟を殺した奴は組織の裏切りものだ。この仕事をしていたら必ず対峙することになるだろう」
そう聞いた俺は、積極的に仕事に臨むようになった。
仕事をしている間は喪失感を軽減できる。
父親の言いなりになるのには抵抗があったが、これも弟の仇を取るためだと思えば痛くも痒くもなかった。
弟は反組織の奴らに殺された。それが最も有力な見解だった。
「で、今日は何をしたらいいんですか?」
「今日はそいつだ」
いつものように父親がテーブルに資料を投げた。
その時だった。
慌ただしい足音が近づいてきて遠慮なく扉が開かれた。
父親は何事だ!と怒りを露わにした。
「ほ、報告です。先ほどリュース様の婚約者である様が崖から転落したとの情報が入りました!」
「なんだと!」
父が慌てて立った反動で椅子が倒れる。
しかしそれもお構いなしに慌ただしく、部屋を出ていった。
部下に手配させた馬車に飛び乗ると、お前もこいと一言告げる。
俺の手を借りたいほど、切羽詰まっているのだと瞬時に理解した。
屋敷からさほど離れていなかったが、雨の影響でぬかるんでいたため、到着はいつもより時間がかかった。
着く頃にはすっかりと日が暮れていた。
ランプを持って必死にあたりを捜索する。
やがて父親がリーセル嬢を見つけ慌てて医師を呼ぶ。
医師は緊張の面持ちで治療に臨んでいたが、しばらくすると手をとめ、ご臨終です。と静かに告げた。
父親はクソと地団駄を踏む。
俺はというと、ただそこに立っていただけ。
あぁ、死んだんだなと達観していた。
そこには悲しみも苦しさも怒りも何も湧いてこない。
そんな自分が少しおかしくて笑えてきた。
「、、、いよいよ人間じゃなくなっていくようだな」
そう自嘲し馬車に戻る。
帰りの馬車では父親が苛立っているのが見てとれたため、俺もあえて関わらないように窓の外を眺めて過ごした。




