美少女宇宙人襲来!
「私と恋愛してみせなさい。そこの冴えない男子高校生」
呼びかけられた肌の浅黒い少年は、仏頂面で振り向く。クーラーボックスに腰掛け、七輪で焼いた串焼きの魚を口いっぱいに頬張っている。まじまじと声の主を観察する。
出会い頭から高飛車な物言いをするだけあって、彼女は実に眉目秀麗であった。潮風に揺られたプラチナブロンドのロングヘアは絹のように柔らかく、真夏の日差しを跳ね返して神々しいほどに輝いており、サファイアのごとく荘厳に煌めく瞳、季節外れの白い肌。セーラー服姿の胸元は豊かに膨らみ、組んだ二の腕にずっしりと乗っかり、袖からスカートから伸びる手足はスラっと細長い。
「……誰だ? アンタ。絶対ここいらのモンじゃねーよな。わざわざこんな離島の田舎に来てから、いきなり『私と恋愛してみせなさい』って、どういう了見だよな」
少年は口の中の焼き魚を飲み下してから、怪訝そうに睨む。
「あなたはこの平日の昼間に、制服は着ているくせに学校には行かず、クーラーボックスと七輪を引っ提げ、麦わら帽子を被り堤防で海釣りをしている」
少女は細い首をグリンと傾げ、「どういう了見なのだとは私の台詞でもありますが」と返す。
「アンタみたいな、見るからに東京の娘っ子からしたらヘンテコかもしれねーけど、田舎の学校はどこもかしこもこんなモンなんだよな。釣りたい時に釣れないようじゃあ人生とは言えねーな」
少年は「あー」と大口を開けて焼き魚にかぶりつこうとするが、
「私の出身は東京ではありません。宇宙の遥か遠くです」
とのカミングアウトを受け、食べる手を止め少女を睨み上げる――が、「カッ」と嘲笑し、次の句には気を取り直して悪態する。
「なるほどね、そりゃ納得だ。こんな別嬪さんが何しに田舎までって思えば、美人は美人でも頭のネジが飛んでやがるわけだ。いわゆる電波系ってやつかい」
「妄言だと?」
「あくまでも宇宙人だって言い張るなら、」
少年は焼き魚を頬張りつつ、「それっぽいことの一つでもしてみやがれってんだ」と咀嚼しながら返す。
少女はキョロキョロと周囲を見回してから、「お望みなら」と海に向かって右手をかざす――開いた手をグッと握り締めると、ちょうど包丁ほどの大きさの青魚が海面から飛び上がり、上空を弧を描きつつ少女の右手に収まった。
「これで満足ですか?」
ビチビチと右手の中で暴れる青魚を、少女は頭からかぶりつく。ボリボリぐちゃぐちゃと、口元をどす黒い血で汚しながら蹂躙する。
「……参ったね。ネジが飛んでいやがる上で、宇宙人ってわけかい」
少年の頬を一筋の汗が伝う。「言ってくれりゃ七輪ぐらい貸したのによ」と虚勢する。
「いちいち肉を焼いて食べるのは、そうしなくては食することの出来ない代物しか泳いでいないような星だからでしょう」
少女は真顔のまま反駁する。「全ての生き物は収穫した段階で美味しく頂くことの出来る状態でなくてはならない。私の星の生物は全てそのように調整されています」
「じゃ、アンタは今、最悪の気分ってわけだ」
「無です。完全生命体であるこの私には、いわゆる『不快』に該当する感情は備わっていません。不要な機能だからです」
少女は魚の尻尾を摘まんで頭上に持っていき、残りを丸呑みする。口元を親指で拭うと、元通りの清廉潔白な肌に戻っている。
「随分と脱線しちまったが」
少年は食べかけの焼き魚を七輪に戻し、「結局どういう意味だよ。『私と恋愛してみせなさい』ってのは」と憔悴した面持ちで尋ねる。
「私の住む星はあらゆる生物が最適化されています。食べ物は先ほども申し上げた通りで、そして人間はというと、全人類が漏れなく『超人』である」
腕組みしつつ、少女は堤防の縁に立って大海原に向かう。
「頭脳、身体能力は卓抜し、容姿も同様です――私の星に行けば、私のような美貌の持ち主が至る所に存在しています」
「はあ。そりゃ楽園だね」
「ですが、我々は何も、全ての問題を克服したわけではありません」
少女は振り向き、
「同じ見た目の人間しか存在しないのです」と。
「……それの何が問題だ? みんな美男美女なんだろ? それに越したこたねーじゃねえか」
「最適化の行き着く先は画一化です」と少女は人差し指を立てる。
「『最も優れた容姿』とされる最高到達点に、全人類が集約されていく――この星では実に無数もの容姿パターンが散見されますが、これはすなわち、この星の人類が種として不完全であることの証左である。それぞれが何らかの容姿的欠陥を持ち合わせているからこそ、それがいわゆる『個性』として相互に了解されているのです」
「まだるっこしいねぇ。もっと馬鹿にも分かるように説明してくれねーかな」
「私の星では同じ見た目の人間しか存在しなくて、いくら容姿が良かろうと選び甲斐がないから、こうしてバラバラな見た目の人間が蔓延る星にわざわざやって来たと言っています」
「なるほどね。最初からそう言いやがれってんだ。どうにも賢い人間ってのは理屈が先行していけねー…………」
と、普段の調子で悪態し始めた少年だったが、少女に右手をかざされて口を閉ざす。「ゴホン」とわざとらしく咳し、
「……俺なんかのトコに来た理由はなんだよ。見るもブ男だろうが」と抑え気味の声音で問う。
「何もあなたが一番目というわけではありません」
少女は腕を組み直しつつ素っ気なく返答。「この星に来てから三日ほど経ちますが、片端から当たっています。あくまでランダムにね」
「つまり上首尾にはいってないわけだ」
「ええ。レベルが低すぎて話にならないというのが正直な感想です」
ふうん、と少年も腕を組む。
「ま、そりゃそうだよな。美人で、頭良くて、超能力みたいなのも使えるような超人様と釣り合うような人間が、こんなチンケな星のどこに居やがるんだって話だ。そうと決まればさっさと別の星に飛んで」
「ここで伴侶が見つからなければ、この星は破壊するつもりでいます」
少年がさりげなく厄介払いをしようとした矢先、少女は堂々と宣戦布告する。「なんで?」と目を丸くする少年に対し、少女は「私の星では常にそうしてきたからです」と返す。
「進化は淘汰無しには有り得ない。弱きを徹底的に排除する姿勢が更なる発展の礎となる――この星を破壊することで、それ自体が我が星の発展に与することはありません。あくまで意識の問題です。モチベーションとも言い換えられましょうが」
「………………」
少年の頬にもう一筋、汗が流れる。
今度ばかりは正真正銘の冷や汗である。目の前の少女には地球を破壊する動機があり、またそれを実現できるであろう能力も持ち合わせている。さていかにしてこれを捌いたものか――――と。
「そりゃ要するに、こらえ性のないお子様ってヤツだろ」
少年は放言する。大胆不敵の物言いの裏で、内心はバクバクしていた。
「というと?」
少女は至って鉄仮面のまま首を傾げる。真夏であるにも拘らず、その純白の肌には汗一つ伝っていない。
「鈍いヤツだね。言葉通りだよ。アンタは三日かそこらでこの星に見切り付けて、しまいには最後っ屁かましてから地元に戻ろうってんだろ? この星じゃそういうの三日坊主ってんだぜ。そのうえ行儀も悪いときた――完全生命体だなんだと偉そうに自称しやがるが、詰めが甘いんじゃねえのかって言ってんだよ」
「見え透いた挑発をされているようですが、あなた如きが私をコントロール出来るとでも? 思い上がりも甚だしい」
少女が、もう九十度に差し掛かるほど首を傾げると、少年の背後で…………ビチビチビチビチ…………と夥しく魚の跳ねる音。
「どう取ってもらっても結構」
ここまで来てしまったからには、もう少年は虚勢を張るしか残されていない。努めて小憎たらしく、ニタリとした笑みを浮かべながら、からかうような声色で。
「ひとまず今の俺じゃあアンタには何したって釣り合わねえし、ときめかせてやれねえから、さっさとこの星を滅ぼすなりなんなりして地元に帰りゃあいいよ。右見ても左見ても似たような顔ぶれが揃い踏みのつまらねえ星に戻って、選り好みすらさせてもらえねーままくたばればいい。それが完全生命体様のお導きなされた最適解ってんならだーれも文句言わねえよ。内心で馬鹿にするだけさね。俺もあの世でほくそ笑んでやらあ」
と悪態をついている間にも、魚の跳ねる音はより一層の厚みを帯びてくる。
背後を振り向くのも憚られるほどの、脳裏に竜巻がよぎるような――が、しばらくすると何事もなかったかのように、スンと静まり返る。ただ寄せて返す波の音だけ。
少女は両目を閉じ、フウと溜め息をつくと、
「分かりました」
と僅かに呆れの混じったトーンになる。冷ややかな目で少年を睨む。
「まだ五年ほど暇があります。ここいらで切り上げて別の星を訪れるつもりではいましたが、予定を変更し、地球で五年間を消費することにいたしましょう――その間に伴侶が見つからなければ、私は私の星の方針に従い、この星を滅ぼします。大海原の如く寛大なる我が慈悲心にせいぜい打ちひしがれていなさい。それでは」
少女がクルリと振り向くと、それと同時に彼女周辺の空間が陽炎のように揺らぎ、元の輪郭を取り戻すころには彼女の姿はどこにも無かった。
「………………」
少年は額の汗を拭い、七輪の上に置きっぱなしの焼き魚を手に取る。目に見えて黒ずんだ腹を控え目に齧る。苦い顔をしつつ、大量の魚の死骸が浮き上がる海面を眺め、
「網でも持ってくるか。大量だ」
と堤防を後にした。
*
「……平日の昼間に何してるんですか、そこの冴えない成人男性」
呼びかけられた、麦わら帽子をかぶった肌の浅黒い青年は、仏頂面で振り向く。真夏の防波堤の先端でクーラーボックスに腰掛け、七輪で焼いた串焼きの魚を口いっぱいに頬張っている。まじまじと声の主を観察する。
五年ぶりに再会した彼女は依然として眉目秀麗の部類には入りつつも、成熟と同時にくたびれてもいた。一つ結びにした黒髪は潮風のせいも多少あるのだろうがボサッとしており、サファイアの如くだったはずの瞳には黒色のカラーコンタクトをはめ、スーツはヨレており、姿勢は前傾がちで、表情にも張りがなかった。
「カッ、一瞬誰かと思ったぜ。随分と地球人らしくなったじゃねえの。ガラガラとスーツケースなんか引き摺っちまってよ」
青年は口の中の焼き魚を飲み下してから返事する。七輪に三つ乗せた魚をクルクルクルと返しつつ、「どんな調子よ。そっちでの暮らしは――つうか、名前聞いてなかったよな」と何の気なしに尋ねる。
「カルネです」と端的に答えてから、彼女はゆるりと頭を振り、俯きながらブツブツと愚痴をこぼす。
「何度この星を滅ぼそうと思ったか分かりません……どいつもこいつも話が通じない。完全生命体であるこの私を、寄ってたかっていじめるのです。極めて不愉快です」
「へえ、そりゃ災難だったな。例えばどんな風に?」
「私が何かしら成果を出せば上司に手柄を横取りされ、日常的にやれ『調子に乗るな』だの『足並みを乱すな』だの言われ、大した才能もなければこれといった努力もしない烏合の衆から絶えず嫉妬の眼差しを向けられ、嫌がらせされるのです」
「カッ、才色兼備も楽じゃないってわけだ。そんでわざわざ芋くさい恰好してるって?」
「こうしている方が幾分かマシなので」
「ふうん。やっぱ都会ってのは窮屈なこったな。まあ大の大人が雁首揃えて、『これが最適解だ』って導き出したのがそのスタイルってんなら、窮屈だろうがなんだろうが我慢しなきゃなんねーもんな」
青年は足元に放ってあったタバコの箱を拾い上げ、箱の中に一緒くたに込めていた安物のライターで着火し、一服する。
「俺は見ての通りだよ。学校出てからは日がな釣りして、たまーにタバコ代とか稼ぎがてら日雇いのバイトしてら。元よりアンタとはまるで釣り合わねえ俺だったが、肺まで悪くなってんだろうぜ」
「はあ、そうですか……」
カルネは俯いたまま、気のない返事をする。ザァと波の音がし、遠くでウミネコの鳴く。
「で、伴侶は見つかったかよ。でなければ今日付けで地球滅ぼすんだろ?」
青年は目を細めつつ、海に向かって煙を吐く。
「……随分と呑気なのですね。この世に未練などないのですか?」
「俺の未練なんか聞いたって仕方ねーだろ。関係あるとすりゃアンタの方の未練だぜ」
青年は振り向き、七輪から串焼きを取り、カルネに差し出す。
「この星でさんざんこき下ろされて、最後は大暴れで終いにすんのかって話だ。恋愛劇の締め括りとしちゃ見当違いもいいところだよな」
「………………」
逡巡の末、カルネは串を受け取る。青年がクーラーボックスの端に寄り、その隣に腰掛ける。
「つーか、平日の昼間に何してんだってのは俺の台詞でもあるんだよな。アンタ仕事は?」
カルネは串の両端を持ち、はらわたにかぶりついていから、
「サボりました。明日どんな顔して出社すればいいやら分かりません」
口元を手で隠しつつ答える。舌先で唇を拭う。
「前、超能力みたいなので魚獲ってたよな」
「今はもう出来ないですよ。なのでぶっちゃけ、地球も滅ぼせないです。今の私の超人レベルは地球の規格内に収まってしまったので」
「月に長く滞在しすぎると、地球に戻ってから難儀するみたいな話か。弱い重力に慣れすぎて筋力が衰えるだのなんだの」
「まあでも、弱くなって良かったこともありますよ。……この星の人間に対して、少なからず恋愛感情みたいなものも湧くようになりました。目線が下がったと言いますか」
「そ。だから三日坊主はいけねえんだよ。何を始めるにしたってそっから辛抱しなきゃ意味ねえんだよな。釣りにしたって、糸垂らしたそばからすぐ引っ張り上げる奴は大馬鹿だ。釣った魚を手掴みでいただく奴とどっちが酷いかって議論はあるがよ」
「五年前の話をいつまでも……、せっかちで悪かったですね」とむくれるカルネ。
「今はそうじゃないってんなら、釣り竿貸してやるからやってみな。どんだけ辛抱できるか試し甲斐があるってもんだ」
青年はそう言い残すと、ひとり堤防を去って自宅へとスペアの釣り竿を取りに戻る。
カルネはその後ろ姿をボンヤリ眺めつつ、灼熱の太陽に照らされてジリジリと焦がれていた。
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、評価やブックマーク、感想等お願いします!