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第8話「ムチとオトコ♂たち」

 エリザベスは朝から苛立っていた。

 あの女に負けたことだけでも最大の屈辱だというのに、しかもあんな変態プレイで負けるとは…。

 エリザベスは唇をぐっと噛んだ。

 しかもあの転生者、こっちに転生してまであんな変態プレイしてるなんて前世はどんな人生生きてきたのよ。気持ち悪くて近づけないわ。

 こうなったらキャンドルを直接倒すのではなく、四天王を攻略するしかない。

 最後の1人は未だに名前すら分からないのが、クリス王子は別格として3人とも私の家より格段に家の格は上だ。

 まずは何より第一候補のクリスから接近するしかない。

 ここでふとエリザベスは思った。

 何故最後の1人の顔も名前も分からないのに、四天王になってるのだろう。

 誰かが意図的に噂を流している…?

 だが、今現在では情報が少なすぎて考えようにも何も思いつかない。取り敢えず最後の4人目は当座放っておくか。


「すまないね。今は女性の事は考えられないんだ」

 エリザベスの腰に据えたムチを見て「ム、ムチ!?!?」と一瞬興奮したかに見えたがすぐに平静を取り戻したクリスの次の言葉がそれだった。

 エリザベスはクリスに優然と向かっていって、結果取り巻きの女たちが大勢いる上で毅然とそう言われた。

 いきなり出鼻をくじかれた感じだった。

 後ろにいる取り巻きの女たちは「キャークリス様、流石高貴で真面目な方だわ!」とか言ってるが、クリスがそう言うってことはあんたたちも対象外になってるってことだぞ。分かってるのか?とまたしてもエリザベスは苛立った。

 エリザベスはそれでもくらいつき、「お勉学も結構ですけど、恋は勉学では得られない人生の勉強でもありますのよ」と言った。

「君の言いたい事は分かる。だが、今の僕は縄の事しか考えられなくてね。すまない。キャンドルのストーキン…美化委員の仕事で忙しいんだ。これで失礼するよ」

 そう言い終えたクリスが踵を返し、私の元から去っていった。

 でも確かにキャンドルがどうとか言ってた…。キャンドルのやろうぅぅぅ。


 仕切り直して今度はエドワードという暴れん坊に近づく事にした。正直、エドワードの様なタイプはあまり好きではないが、あの手のタイプは一度服従させてしまえば、むしろ従順な犬になる可能性は高い。私こそがあのエドワードを犬にしてあげるわ。

 エドワードは中庭にいた。

(あら、乱暴者と言われるエドワードなのに、本を持ってるのね。何の本だろ。しかもクリスも同じ本を持っていたような…)

 そう思いながらエリザベスがエドワードに声をかけると、

「ム、ムチ!?!?!?」

 またしてもクリス王子と同じ様な反応だ。なんなの、この人達。

「あ、あの私の事はご存知でしょう?エドワード様。私はエリザベス。今日はあなたにお伝えしたい事があって…」

「そんな事はどうでもいい!と、取り敢えずそのムチで俺を縛ってくれないか!?」


 …………………は??????????


 ムチは叩くものであって縛るものじゃないだろう。エリザベスはそう考えながらこう言った。

「あの…縛るのは無理ですけど、叩くくらいしか…」

「そ、それでいい。俺をそのムチで叩いてくれ!」

 え!?この公衆の面前で!?

 エリザベスは仕方なくエドワードをびしばしと叩く。おそらくエドワードの友達はさらに減るであろう。

「違う!、違うんだ!キャンドルのはもっとこう…、痛いんだけど痛くないんだ!お前のは痛いだけなんだ!」

 わけがわからない…。エリザベスの空いた口が塞がらなかった。

「すまないな、レイディ、俺とお前とは付き合えない運命のようだな」

 エドワードは若干ハァハァ言いながらエリザベスの元から去っていった。

「告白する前からフラれた…」

 エリザベスはしばらく呆然とその場に立ち尽くした。


 そしてしばらくして気を取り直したエリザベスは今度は四天王3人目のダリル・ベンジャミンの元へと行った。流石主席入学だけあってわかりやすいところにいた。図書室である。

 が、そのダリルにも

「すまないね。私は勉学にしか興味がないんだ。女性は興味がないんでね。すまない」

 と素っ気なく断られた。

 エリザベスは「恋も人生の勉強のうちですわよ」と食い下がったが、

「私の言う勉学とはそういう形而上けいじじょうのようなものではなく、文字として残せるものの類いだ。人生は短い。色恋に時間を割くのが私にはもったいなくてね。何度も言うが、これが私の持論であり結論だ。この結論は変わらない」

 取り付く島もないとはこの事だ。


 エリザベスは昨日に引き続き、敗北感を味わったまま寮へ帰る事にした。その苛立ちから理不尽な八つ当たりを受けた従者は可哀想であった。


 翌日、昼食時間。

 エリザベスは中庭にいた。

 再度を決闘を申し込みたいが、エリザベスにはキャンドルを再戦に乗せるだけのカードはもうない。

 少しとは言え土地を開け渡してしまった事に関しても、エリザベスの父からこっぴどく怒られている。

 こうなったら、当初の予定通り背後から回って不意打ちしてやる。エリザベスはそう考えた。

 幸いにも今日はキャンドル1人で相変わらずテイクアウト用のサンドイッチセットを買って食べている。注意力散漫のはずだ。

 見つかりにくい様に緑のコートを羽織り、目立ちやすい金髪縦ロールもフードで隠している。

 そうして、エリザベスはキャンドルの背後に回ろうとした時にそれは見えた。

 キャンドルの座っているベンチの後ろにある

 植え込みの後ろに、 上半身を縄でグルグル巻きにしたクリスとエドワードを。


(何やってるのあの人達!)

 流石のエリザベスもドン引きである。

 変態すぎる!これでは百年の恋も冷めると言うもの。最もエリザベスの場合は100%玉の輿的政略結婚だが。

 やる気を失いそうになったエリザベスだが、

(エドワードはもういい。昨日の件も引いたし。だが王位第一継承者のクリスだけはどんな変態でも構わない。もうクリスだけに集中して攻めていこう)

 エリザベスがそんなことを考えていると、突然2人の背後に何かが飛んできた。

 クリスとエドワードを結んでいた縄はクリスとエドワードの姿の人形ひとがたとなって飛んできた何かがそれに刺さった。

 その瞬間、縄ははらりと解けて、中には誰もいなかった。

(身代わりの術!?クリスとエドワードは忍びの出なの!?)

 しかもよく見ると、(縄に刺さってるのはクナイじゃない!なんでこの世界にクナイなんてあんの!?)

 もはやツッコミどころが多過ぎてわけがわからなくなった。

 クナイが飛んできた方向を見ると、舌打ちをした様な表情のキャンドルの従者の少年が、クリスとエドワードのいた植え込みのすぐ後ろの樹の上にいた。

 ニコルもすぐさま一瞬にして消える。

 この学校、忍者学校だっけ?


 夜、エリザベスは机に座って宿題を片付けた後に従者の女の子に紅茶を用意させた。

「な、なんなのこの学校。王族と貴族の通うダーニエッタ学園じゃなかったの?変態と忍びしかいないじゃない!まともな四天王はいないの!?」

 ダン!と机を叩いた。

 ひっと後ずさる従者。

「だけどちょっと問題ね、あれじゃキャンドルには二重の警護がついてる様なもの。これじゃキャンドルを不意打ちするなんて無理だわ」

(四天王に直接アタックしてもダメ、キャンドルに勝負を挑もうとしてもダメ、考えつく手段は彼女をクラスから孤立させて、そこへあたしが優しい救世主として現れてキャンドルを服従させるマッチポンプ式だが、そもそもキャンドルはすでにクラスから孤立している。これじゃどうにもならないじゃない!)

 もう一度エリザベスは机をドンと叩く。

 ひっ、と従者が後ずさる。

(なんだか今日のエリザベス様はいつにも増して不機嫌みたい。何があったのかしら…)

 エリザベスがどうしてここまで不機嫌かを第三者が情報もなしに推測するのも難しいだろう。

「本当に一筋縄ではいかないわ。縄だけに」

 はっ!エリザベスは気が付いた。

「ああああああああああああああ!!!あたしまでキャンドルとその変態たちに毒されてるぅぅぅぅぅぅぅぅ」

 エリザベスは机に突っ伏した。


 あまりのショックに目の下にクマを作ったまま教室へ移動していた。

 何か…何が良い方法はないものか…。

 そう考えているうちに、昨日の一場面を思い出した。そういえば、キャンドルにはおよそ従者には似つかわしくない少年がいた。

 そっちから攻めてみるのもありか。

 エリザベスが自分の従者に、キャンドルの従者について調べさせると、どうもあの少年はキャンドルの実の弟だという話だ。

 エリザベスは夜、ニコルの部屋のドアの下の隙間から手紙を投げ入れた。


 翌日の放課後、校舎の屋上にニコルがやって来た。

「来てくれたのね、ありがとう」

 ドアのすぐ近くにいたエリザベスはニコルにそう言った。

「いえね、以前同じ様な手口で謀られた事があったんですが、手紙の最後にあなたの署名もありましたし、来る事にしてみたんです。それでなんです?僕の姉様に関しての話というのは」

「簡単に結論だけ言うわね。もう一度キャンドルと勝負させて欲しいの。この前のは無効だわ」

「無効でも何でもありませんね、あれは完全に姉様の実力勝ちです。姉様のムチは至高のそれです。それともあなたはもう一度姉様に勝負を挑めるだけの取引材料があるというのですか?」

(なんだろう、この言葉の端々から漂ってくるシスコンの匂い。色仕掛けは無理っぽいわね。だがしかし、あのキャンドルの弟。どうせ変態に決まってるわ)

 エリザベスは言った。

「そうね、あんたの言う通りあたしは取引材料は今の所ない。だから、今作る!」

 エリザベスは腰に付けていたムチを外し、地面をバシっと叩いた。

「あたしがあんたに勝てば、キャンドルはあんたの名誉の回復のためにあたしに勝負を挑むでしょ?悪いけど、ちょっと痛い目みてもらうわ」

 ニコルは黙ったまま、武器も取り出さずに棒立ちのままだった。

「えいっ!」

 バシッ!

 ムチが音を立ててニコルの身体を叩いた。

 ニコルは黙ったままである。

「はっ!」

 バシッ!

 もう一度ムチでニコルを叩く。

 ニコルは全くの無反応である。

(こいつ…効いてるの?効いてないの?)

 エリザベスの手が止まる。

(はっ!まさかこいつ、エドワードと同じ叩かれて喜ぶタイプ!?)

「やっ!」

 さらに一撃棒立ちのニコルにムチが叩きつけられる。

 ニコルの体が震え始めた。

(やった!効いて来た!?)


「……ってない」

「は?」

「なってないって言ってんだ!このド3流が!」

「え?は?」

「お前のムチはただ身体が痛いだけだ!ただそれだけのムチだ!姉様のムチは違う。体ではなく心を打つんだ。ムチだけに!」

(こいつ何言ってんだ?ムチは身体を痛めつけるのが本来の使い方だろう)

 ニコルは背中に隠し持っていた縄を取り出し、

「鍛え直してやる…ッ!」

 と言ってエリザベスに縄を繰り出した!


 うぐっ!

 ぐはっ!

 ぐえっ!

 ううっ!

 うはっ!

 はふん!

 はぅあ!♡


 翌日の昼休み時間、ベンチで1人でサンドイッチセットを食べていた私の前にいきなりエリザベスが現れて土下座した。


「キャンド…いえ、師匠!私を弟子にしてください!!!」


作者、体調ダークネスのため、

次回より週1回(月曜日)の更新予定となります。

よろしくお願いします。

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