第5話「ムチとローズエッタ学園寮傷害事件」(前編)
「キャンドル!告白しにきてやったぞ!」
教室のドアを開けて、大声でエドワードは言った。
2日連続でエドワードが朝一でやって来た。
「あの…エドワード様、困ります」
私はエドワードが私の目の前に来たらそう言った。
「俺は諦めの悪いオトコ♂だ!」
どこかで聞いたようなセリフだ。ここで試合終了したくなる。
「とにかく、クリス様のこともありますし、こう毎朝来られては困ります。お返事は後々致しますので、朝にこちらに来られるのはご遠慮ください」
「俺は遠慮なんてしないぜ!」
そうじゃない……。
断ったところでどうせまた明日同じセリフを吐きながらここにやってくるだろう。だったら今のところは答えを曖昧にしておいた方が良い。
「私も騒動のせいでお友達もできていませんの」
「俺も友達が一気に減ったぜ!」
知っている。なんでもこのエドワードという人、昨日のお昼に中庭で樹に抱きついて興奮していたらしいではないか。流石の私にもこの噂は聞こえてきたし、エドワードの友達も減って当然だ。元から出来ない私とは少し違うけど。
「そうだぞ、エドワード。キャンドルが迷惑をしているではないか」
えっ、ニコルが助けに来て…いや、王子!?いつの間にこの教室にやって来たの!?
早いはずである。なぜならクリス王子は早朝からキャンドルがいつも座る席で身体を縄で縛ったまま足元に寝ていたのだから。
そんなクリスはさも自分は正義の側の人間であるかのように言った。
「ここは学業を学ぶ場だ。他の生徒に迷惑がかかるのは当然だろう。それにこの場で迷惑をかければ彼女自身の心象も悪くなる。ここは引け、同志よ」
キャー!流石クリス様!という声が女生徒から上がる。
ごめんなさい、王子。私の心象は既に最悪です。
「分かったぜ、だけど俺はお前のムチを諦めないからな!」
「それは私も同じことだ」
あれ?今王子変なこと言わなかった?
私じゃなくてムチに同意したの?え?
クリスとエドワードはその日の授業が終わった後、翌日が休みということで街中のカフェのテラス席にいた。
「そう!そうなんだよ!あの痛くもない緩すぎないそれでいてちょっと痛いような気持ちいいような!その力加減が絶妙なんだよ!」
「わかるか、同志よ。そう、彼女のムチは心を打つんだよ、ムチだけに。全くお前が羨ましいよ。私なんてムチじゃなくて縄しか食らったことがないんだ」
「いいじゃねぇか、俺なんてムチだけでな。縄を受けたことがないんだぜ!?俺も受けてみてぇよ、あの縄をよぉ。よしもっかい再戦申し込んでみっか」
「やめておけ、ここ数日で彼女は私たち2人と戦ってるんだ。朝にも言ったが学園の立場が悪くなりかねない。…少しだけ…少しだけ間をおこう」
「そ、そうだな。極上品はジラされてこその極上の味を楽しめるってモンだ」
「ところでエドワード、私が美化委員に入ってる事は知ってるな?」
「ああ。でも美化委員の仕事が縄で樹になる事なのか?」
「い、いや、だからそれは…とにかくそれはいい。ちょっとした噂が美化委員会の中であってな」
「なんだよそれ、ムチ以上に面白い事か?」
「そう言われるとそうとは言えないが、お前向きでもある」
「と、いうと?」
「今、うちの学園の寮内で傷害事件が何件も起きている」
「へぇ、面白そうじゃねぇか。いいぜ、その犯人をボコってやる。紹介してくれよ、その犯人を」
「犯人はまだ分かっていない。就寝時間を過ぎて夜中に寮を出歩いてる人間がターゲットみたいで、夜中に暗い廊下で突然拘束されたと思ったら…」
「拘束!?!?」
「興奮するな、エドワード。まずは話を聞け。私まで興奮してくる」
「す、すまねぇ。先を言ってくれ」
「突然拘束されたと思ったら、首の後ろをドンとされて気絶したそうだ」
「それだけ?」
「それだけ。重症というわけでは全然ないが、されど立派な傷害事件だ。美化委員会としては調査せざるを得ない。首を後ろからストンとしただけでテレビやアニメのように簡単に人は気絶しない。普通は首の打撲で終わりだ。これはかなりの手練だな、と思ったわけだ。だからお前に話をしたんだ」
「テレビ?アニメ?お前何言ってるんだ?」
「はっ、今私は何を!?」
「ふーん。でもちょっと興味出てきたな」
「場合によってはお前にも調査、というか巡回を手伝ってもらいたい」
「いいぜ、その暴行魔を返り討ちにしてやるよへへっ」
クリス王子はコーヒーを一口飲み直し、
「今現在分かっているのは被害者が五人出ている事。被害者は全員オトコ♂だ。まあ、夜中にコソコソなんて女子はそうはいないから確率の問題なのかもしれないが、取り敢えず共通点はある。が、それだけなんだ」
「それだけ、というと?」
「共通点が全員オトコ♂というだけで、他にはまるで共通点が見当たらないんだ。5人に交友関係はないし、クラスも違う。特に5人で徒党を組んで何かをしていたってわけでもなさそうなんだ。憶測だがな」
「憶測?推測ですらないのか」
「ああ、就寝時間を過ぎてコソコソしてる様な連中だぞ?後ろめたい事があるんだろう。全員頬を赤くしながら、視線も落ち着かない感じでオドオドしていて、夜中に何をしていたかを話そうとしないんだ」
「なるほどねぇ、めんどくせ。もう全員処罰しちまえよ」
「そう、それだよ。処罰が決まってるならもうそれの処罰を素直に受け入れてしまってそれ以外のことを語らないようにしようといった感じで、まるで全員で示し合わせた様に同じ態度を取るんだ」
「ふーん」
クリスはコーヒーの最後の一口を飲み干し、言った。
「この件に関して協力して欲しい人物がいる」
部屋のドアがコンコンとノックされる。
「はい、どうぞ」
私は言った。
入ってきたのはクリス王子とエドワードだった。
私は思わず何の用事で来たのかドギマギしてしまった。
今は後ろにニコルが控えてるから変な事になるとは思わないけど…。
クリス王子、エドワード、私、ニコルの4人だけが私の部屋に集まり、部屋が少しの間しんとした。
本来、男子が女子寮に入る事は禁止されているのだが、クリス王子の権力と美化委員という立場がそれを許したのだろう。
「あの…それで私に何の用事が?」
クリスが先頭を切って話し始めた。
「今日は美化委員のクリスとしてやってきたんだ。取り敢えず話を聞いて欲しい」
と、クリスは真夜中の寮内で傷害事件が起こっていることを話した。
私は言った。
「なるほどそういう事が起きてるんですね」
「被害者の態度が全員が全員あんな感じだから、判明してるだけで5人。実際はもっと多いのかもしれない」
クリスはそう言った。
「それで…被害者の方は何か盗まれたりなんかはしてるんですの?」
「いや、それが何も、まったく。だから動機の面も分からなくて犯人像が絞り込めないんだ。それで寮内の巡回と犯人逮捕を君に依頼したくて、ね。もちろんタダ働きとは言わない。君のやや苦手な数学の担任に1年生の間だけ単位の確保をお願いしてある」
なるほど、流石王子。取引材料は用意しているわけだ。
「フフフ」
「キャンドル、何を笑っている」
エドワードが言う。
「ニコル、私にメガネと赤い蝶ネクタイを用意してちょうだい!」
「御意に」
ニコルが消えたかと思ったら数分で戻ってきて、メガネと赤い蝶ネクタイを用意してきた。流石有能である。
私はそれを早速身につけた。
「あの…申し訳ないんだが、よく分からない。そのメガネとネクタイにいったい何の意味があるんだい?」
クリスが戸惑いながらそう言う。
「これは身につけるだけで推理力が爆増するアイテムよ!」
「そ、そうかのか?よくわからないが」
「私は今から名探偵キャンドル、この小説のタイトルも次回からそう変えるわ!」
「小説?何を言ってるんだ君は」
「さぁ、早速事情聴取よ!その被害者の5人をここに連れてきて!」
と、いうわけで私の目の前に例の5人の被害者が順番に連れてこられた。
名前は
モブA
モブB
モブC
モブD
モブE
という。
確かに顔にAとかDが書いてあった。
何この人たち!?とわたしはびっくりしたが、クリスが冷静に「作者が考えるのが面倒なんだろう」と言った。
作者って誰?と思ったが、なんとなくこれ以上追求しない方が良い気がしてそのまま流すことにした。
モブ達の証言は大体同じ。
夜中に廊下を歩いていたら、突然ロープの様なもので拘束されて気絶させられた。姿も見ていない。と言う感じだった。
「「ロープで拘束!?」」
とクリスとエドワードが興奮している。
一体なんなんだろう。
まあ基本的にこんな感じなので、何度聞いても同じだろう。
なんだか、クリスとエドワードがチラチラとこちらを見てくる。
しかし、各人、「そういえば、最後に何かを言っていた気がする」と新しい証言が出た。
しかし、それが何かを覚えている人間はおらず、これでは何も分かっていないのと同義だった。
そして最後のモブEが呼ばれた。だいぶぽっちゃりである。
証言のほとんどは他のモブと同じだった。
「やっぱり収穫なしだな」
クリスが言った。
「そうだな、これじゃ犯人像も動機も絞れない。何もどうしようもない。取り敢えず寮内を巡回して現行犯で捕まえるしかないんじゃないか?」
エドワードが言う。
「キャンドル、何か思う事はあるかい!?」
とクリスが言った。
私がう〜〜〜んと考え込んだ。やっぱり情報が少なすぎる。エドワードと同じ意見かな、そう思って言おうとしたときだった。
「あああああああああああ!!!!」
モブEが突然叫んだ。
「そうだ思い出した!!僕、わがままボディだから首をストンとやられた時に気絶するのに少し時間があったんだ。その時に、背後から『私の名前はキャンドルよ』と言っていたよ。今思い出した!」
ええええええええ!?!?!?!?!?