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第4話「ムチとクリス王子の1日」

インフルにかかりました。

みなさまもご注意ください。

 一体どうしてこうなったのだろう。

 私は教室机で頭を抱えていた。


 話は数分前に遡る。

 教室に着いて席についた途端、教室のドアが乱暴に開かれ、

「キャンドル・クイットネスはいるか!」

 と叫ぶ男がいた。

 蒼い短髪に牙の様な八重歯。エドワード・ファングである。

 エドワードは私を見つけるや否や、ズンズンと歩速を早めて私の真正面に来た。

「キャンドル!お前に伝えたい事がある!」

 とエドワードは叫んだ。

 周りがざわつき始める。

 クリスに続いて何やらかしたんだあいつは、みたいな声がかすかに聞こえてくる。

「な、なんですの?この前の事で何か?」

 私は怯えながらそう言った。

「俺は縛られる人生が大嫌いだ!自由に生きたいし、俺の好きな様に人生を歩みたい!だから、両親の言うことにも縛られなかったし、教師の言うことにも縛られなかったし、校則にだって縛られた事はなかった!でも、お前にだけは縛られたい!」

 え…?

「縛られたくないのに縛られたいんだ!何を言ってるのか分からないと思うが、もう俺も自分が何を言ってるのか分からない!」

 私の方がもっと分からない。何を言ってるんだこの人は。縛られたいのか縛られたくないのか。

 こう言う時にニコルは役に立ってもらえない。

 従者は基本的に寮内での生活補助の権利があるだけで、校舎内への立ち入りは禁じられているからだ。学園の生徒の自立を促す意味もあるんだろう。

 つまり、教室内でニコルの助けは期待できない。

「あの…私にどうしろと…」

「だから俺の縛られない人生を縛って欲しいんだ!」

「あの…ですから意味がわからないんですけど…」

「だ・か・ら!お、俺の女になってくれって事だ!」

 エドワードは頬を赤くして目を逸らしたまま、口調だけ強くそう言った。

 恥じる所はもっと他のところにあるべきでは?


 その瞬間、教室がワッと色めき立つ。

 男子からは「あいつやりやがったぜ」とか「エドワードを落とすなんて流石クリス様に勝った女だぜ」「またあのわけのわからない技で勝ったのか?」とか。

 そういえば、あの時の中庭は丁度誰もいなかったっけ。

 女子からはキャー!と面白がる声の他に、ギャー!というエドワードを密かに想っていたと思われる女子からの悲鳴の様な声が上がる。


「と、とにかく俺と付き合ってくれ、いや縛りあってくれ」

「エドワード様…少し…いやかなり動揺されているようですね。この前の決闘のせいだと思います。と、とにかく少し時間を置いて頭を冷やされたらいかがでしょうか?」

「俺に熟考しろって?俺は今まで勢いだけで生きてきたオトコ♂だ!何故なら誰にも縛られずに生きてきたからな!」

 ドヤ顔で言ってる。

 いや、だからそれは分かったって…。とにかく、この頭の中身まで猛獣なエドワードをどうにかしないと…。

「あのそろそろ予鈴がなりますけど…」

「俺は予鈴なんかに縛られない!行きたい時に授業に行くし、行きたくない時には行かないからな!」

 そんなんじゃ留年するぞ、と言いかけたが、そういえばエドワードってクリス王子ほどではないにしろ、成績もそれなりに良いみたいだから、地頭は良いんだろう。脳筋だけど。

「どうだ?返事をしろ、キャンドル・クイットネス。返事の内容はもう分かっているがな!」

 いや、断りたい…この人と付き合ったら疲れそう。いくら超絶美形でも、だ。

 こうなったら仕方ない。クリス王子、ごめんなさい。

「あの…私、クリス王子様からもお誘いを受けておりまして、正直迷ってますの。だから返事はごめんなさい」

「はぁ!?あのクリスの野郎、早くもあのムチ…いや、キャンドルに唾をつけてやがったのか。許せねぇ。どっちがキャンドルのムチに相応しいか、白黒つけてやる!」

 そう言ってエドワードは教室を出て行った。

 と、とりあえずこの場はどうにかなったが、私への嫌悪と奇異の視線がさらに酷くなった気がする。そして私のとりあえず『お友達1人でも』計画はさらに遠のいたようだ。


 昼休み。いつもの中庭。

 中庭には沢山人がいるのに、私にベンチを譲る様に人が去っていくので、幸いベンチで困った事はない。

「やってくれましたね、あの脳筋バエ」

 背後から突然声がした。

 振り返るとやはりニコルだった。

 従者は校舎内への立ち入りが禁止されているのにも関わらず、授業の時以外は堂々と校舎内へ出入りしている。

 不思議に思って聞いてみた。

「すべての教師のスケジュールと通行ルートは把握済みです。他の学校関係者は警備以外は生徒に無関心ですし、簡単なものです。姉様に仕える身としては当然の事だと思いますが?」と言われた。

 やっぱりこの子、隠密向きだと思う。

「それより脳筋がどうとかって何?」

「この前、姉様の名前を使って私を誘き寄せたエドワードとかいうハエですよ。僕に一杯食わせるなんてふざけた奴です。僕たちの半径5m以内には2度と侵入させませんよ」

 ああ…、エドワードとの決闘の時なんかそんな事いってたっけ。


 クリスは昼休みに学園内を見回っていた。

 クリスは自由時間のほとんどをキャンドルのストーキングに費やしていたので、美化委員としての仕事が疎かになり、委員会から注意を受けていたからだ。

 仕方なく渋々クリスは学園内を巡回することにした。身体中を縄でグルグル巻きにしたまま。

 クリスは品行方正として学園内でも有名であり、人望も厚い。

 このローズエッタ学園は王族か貴族しか入学できないため、ローズエッタ学園中等部からの入学者がほとんどであり、それゆえクリスがどんな人物であるかは皆が承知の上だった。あの決闘までは…。

「クリス王子様!」

 華やかで可愛い女子生徒から呼ばれた。彼女はクリスよりも一学年年上なのだが、クリスは優秀なため、二つ上の学年の授業もこなす事が出来、当然飛び級も可能であるが、クリスたっての希望で地道に1年生からやる事になった。

 教科書を持ってクリスに近づくモブ女子生徒。勉強もあるが、クリスに近づきたいという下心もあった。

「クリス様!大変お忙しいところ申し訳ございません!」

(ああ、本当に忙しいよ。あのムチを追いかけるのに)

「また勉強で分からない所があって…」

 モブ女子生徒がクリスの寸前まで近づいた。

 クリスに巻かれていた縄は、ない。

 女生徒の存在に気がついた瞬間に一瞬で縄を外し、背中の上着の中に隠したのだ。

(ふぅ、危ない)

「それで…どこが分からないんだい?」

 クリスはモブ女子生徒に優しく話しかけた。

 クリスはモブ女子生徒の質問を軽くこなし、今度は食堂に向かう。当然再度身体は縄でグルグル巻きである。

 最近食堂で悪ふざけをして食べ物を粗末にする輩がいるらしい。

 クリスが食堂へと向かい、次の曲がり角を曲がれば食堂に辿り着こうと曲がり角に差し掛かった瞬間!いきなり目の前に教師が現れた。

(しまった!)

 全ての動きがスローモーションになった。

 教師の目が正面からクリスの方へ動く!

「…やぁ、クリス殿。美化委員会の巡回ですかな?」

「ええ。我々美化委員としても、風紀を乱す者は一切許せませんからね」

「いや、これは素晴らしい。クリス殿の様な人物ばかりならこの学園も…いや、世界中が規律に満ちた世界になると言うのに、あなたが1人しかいない事はいやこれは残念だ。ところでクリス殿…」

「はい?」

「その襷掛けに肩にかけている縄は一体なんでしょう」

(余りに突然すぎて、縄を解く瞬間肩にひっかかってしまった!)

 クリスは冷や汗をかきながら、余った縄を背中を回し、汗をかいた手で握りしめる。

「いえ、もし乱暴狼藉を働く輩がいようものなら、これで拘束しようかと思いまして」

「なるほどなるほど流石クリス殿、最近学食でふざけている不届者がいるとの噂を聞きました。私もそれで学食をみてきたのですよ。幸い、今日はそうした者はいないようですが、もし学園内に不届者がいるようでしたら、容赦なくその縄で縛り上げて懲らしめてあげて下さい。期待しておりますよ」

「はい、先生方の期待に応えられるよう頑張ります」

 先生はクリスの下を去った。

 そしてクリスは再度身体中がグルグル巻きになっていた。

(もう既に1人縛り上げてますが、ね)

 クリスはドヤ顔だった。


 クリスはさらに中庭へ向かう。中庭は基本的に人が多いので悪さする人間は基本的にいないが、それでもクリスは見回ることにした。

 この背徳感とスリルを味わうためだ。

「また…新たな扉を開いてしまったな…フッ」クリスは微笑んだ。


 人通りの多い中庭は当然視線も多い、人に会っては縄を解き、人がいなくなれば縄を締めるを繰り返すうちに、「フッ、私も胴に入ってきたな」とご満悦の顔つきになった。

 縄解き芸で数多くのクリスへの呼びかけや挨拶をこなしていたその瞬間だった…。

 人間、調子よくリズムに乗っている時は油断が生じがちである。

 クリスは背の高い男子生徒の陰に隠れていたエドワードを認識するのをほんの一瞬遅れてしまった。

(クリス相手に生半可な縄解きは通じない!服の縛った跡のヨレを見逃してはくれない!こうなったら!)

 クリスは最終奥義を繰り出す事にした。


「クリス・ダーニエッタ奥義!

  The Tree of Angel!」


 クリスは縄でそばの木の葉っぱを巻き上げ、そして葉っぱを巻き取りながら、縄で完璧な樹を再現した!

 まさに完璧なるオトコ♂クリスの完璧なる擬態(ぎたい)である。

 通り過ぎる人間誰もこの樹が縄製である事に気が付かない。

 割と鋭い者は、「あれ?こんなところに樹があったっけ」と気づくが、それまでである。


 だが、1人のオトコ♂だけは違った。

「な、縄!?!?」


 クリスは何も見えない、だがこの声は中等部の頃から何度も聴いている。エドワード・ファングの声だ。


「なななななななな縄で樹が出来ている!?!?なななななんて素晴らしいんだ…ついに世界は縄で樹まで創造するに至ったのか!」


 エドワードは思わずその樹に抱きついて頬擦りを始める。

 周りの人間はエドワードの奇行にどよめく。


(く、苦しい…うえに気持ち悪い…)

 いくら縄越しとはいえ、オトコ♂に抱きつかれた上に頬擦りまでされてはクリスは気持ち悪いというもの。

 しかも、縄越しにハァハァという荒い息遣いまで聴こえる!(本当に気持ちが悪い。縄に興奮するなんて一体どういう神経をしてるんだ?)とクリスは心底エドワードに嫌悪した。

 その次の瞬間である。


「あれ…?なんかこの縄の樹妙に柔らかい上に生温かいな…」


 エドワードは思わず縄をズラしてみると、そこにはクリス王子の顔があった。

エドワードは何もなかったかの様に、縄をそっと閉じた…。


 放課後、中庭。ほとんどの生徒が寮へと帰り、日も暮れかけている中庭には、エドワードとクリスの2人だけの姿があった。

 クリスは土下座の形で体の前半分が地面に埋まっている。渾身の土下座だ。


「た、頼む。エドワード!な、なにとぞ今回の事は内密に…」

 クリスは今日の経緯を全て話した。

「てめぇ…そんな変態な事してやがったのか…。1人で楽しみやがっ…。い、いや…『縄を上げな…』いや、『顔を上げな』」

 クリスは地面に埋まった上半身を上げてエドワードを見る。

「俺たちはあいつの縄とムチに魅せられた好敵手(同志)だろ?ある意味、俺たちはもう好敵手(同志)なんだ。そんな好敵手(同志)を売ると思うか?」

「え、エドワード…!」


 2人は焼ける様な夕日をバックに熱い握手を交わし合った。


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